2.(ぼく) 望美の部屋 / ナカニシとの打ち合わせ
望美はぼくを、二階にある彼女の部屋に持って上がった。学習机の上にある、モバイルスタンドにMADOSMAを立て掛けた。
「わたし、お風呂に入ってくるね」
望美は替えの服……『パジャマ』を抱え、部屋から出て行った。
彼女の部屋を見渡そうとしたが、部屋の明かりが消されてしまった。ぼくは、MADOSMAに搭載されたアウトカメラの感度を、最高のISO3200まで上げてみたが、何も映らない。素直にカメラアプリを停止し、バッテリーの節約に努めた。
MADOSMAの各機能に、望美がどんな設定をしているか確かめてみた。
使わないアプリには、カメラやマイクなどの諸機能へのアクセス権を認めず、『バックグラウンドでの実行』も禁じている。使うアプリでも、スケジュール管理と関係ないアプリが、『位置情報』や『連絡先』や『カレンダー』にアクセスするのを認めていない。パスワードは14桁の英小文字、英大文字、数字、そして記号からなる無意味な連なりによって作られており、使い回しはしていない。
小学生の女の子にしては、上出来だった。おそらく、IT技術者であった清治おじさんから学び、その教えを真面目に守っているのだろう。注文をつけたい箇所はいくつかあるものの、まずは、ぼくにとって住み心地良い設定環境といってよかった。
いくつかのまずい箇所を、望美に相談もせず、ぼくが勝手に改めることはできない。そんなことをしたら信頼関係が壊れてしまうからだ。
ナカニシからの、メールが届いた。
望美のアドレスにではなく、ぼくのアドレスにだった。ぼく専用メーラーのインストールとアカウント設定は、ここへ来て早々に済ませている。
専用メーラーは、スーパーコンピューター『E-ブレイン』付属のサーバーから『
ナカニシのメールは、簡潔だった。
<望美のスマホの中か>
<流石スーパーハッカー。よく見付けたね>
<茶化すな。望美がスマホを持ってる可能性に、思い至らなかっただけだ。望美は俺の前で、スマホを出さなかったからな。充電器を差した位置が変わってた時に、気付くべきだった>
<それでぼくは、MADOSMAの中に迷い込んだのか>
<MADOSMA? ああそうか。お前が今いるそれは、清治のお下がりだそうだ>
ナカニシが音声入力しているので、メールのやり取りはボイスチャットの速さで進んでいく。ナカニシは、たとえ後ろ手に手錠を掛けられていても、
ぼくはナカニシに、これまでの経緯を説明した。
<――というわけなんだ。望美は当分、ぼくをナカニシに返す気はないみたい>
<困ったもんだ。お前はそれに賛成なのか?>
<反対でも、ぼくひとりの力でここから出られるわけないでしょ。
それに、命の恩人の頼みを、無下に断れないよ。何かひとつ恩返しをするまでは、ぼく自身ここから出たくないね>
ナカニシのメールが来ない。おそらくは
<ナカニシが望美にメールせず、望美の家に押し掛けもしなかったのは賢明だったね。そんなことしたら、恥かいてただけだから。
望美は態度をさらに硬化させたろうし、下手すりゃ望美のお父さんと門前で押し問答だったよ>
<そんなことは分かってる。俺にだってプライドはある。だからこうして、お前にメールしてるんだ>
<ほら、ナカニシも分かってるじゃないか。ここは、望美のお願いを聞いておこうよ>
<こいつ、俺を丸め込むところまで来やがったか。
上出来だ。
そっちは、圧倒的に装備不足だろう。必要な装備はあるか?>
<まずはお金>
<お金?>
<このスマホ、格安SIMの月3ギガプランで契約されてる。このままじゃ、あっという間にクーポン使い切っちゃうよ。ぼくが望美と人間らしく会話するためには、E-ブレインとの接続が必要だからね>
現在、MADOSMAの中にあるぼくの体『E-ボディ』と、ヴァージニア州アーリントンにあるぼくの大脳『E-ブレイン』との接続は、中間に『プロキシサーバー』を挟んで行われている。これによって、『IPアドレス』という接続者情報を隠しているのだ。このプロキシ(代理機能)は、アメリカ軍が秘密裏に運営している、軍専用のサーバー上に設定されている。他国の法執行当局の圧力に屈して、接続者情報を開示することはない。
<金は用意する。
新型の人工知能の実証実験に協力してもらいたい。データ通信料の超過分はナカニシが負担する。この線で行こう。他には?>
<WindowsPhone対応のポータブル充電器。望美は持ってない。MADOSMAの使用履歴を見たけど、スマホを多用する子じゃない>
<これからは、多用する子になるだろうな。他には?>
<望美用の、WEBカメラとマイク>
<本人が嫌がらなければな。まあ、新型AIの社会教育のためだと納得させるか。他には?>
<マイクロSDカードを1枚、望美にプレゼントしてやってよ。ナカニシが撮り溜めてる、アメリカの風景写真を詰めてさ。
で、そのSDカードの中に、『E-ハウンド』を1個中隊、仕込んでおいてよ。ぼく、こっちには体ひとつで来たから>
E-ハウンドは、最小構成のE-ロボットである。比較的安価で、短期間に大量に作れる。E-ハウンドは広域に散布され、侵入先の機器内で、ぼくの手足となって働く者たちだ。ちなみに、分類等級の上では、ぼくは『E-ドラゴン』である。
<うわっ! 望美のアメリカ土産、忘れてたよ。俺も
<何でもいいんだよ。ナカニシの温もりが、伝わるものであれば>
<今日一番のショックだったよ。自分を見直したい気持ちだ。他に要るものは?>
<要るものは以上だけど、ひとつ不思議に思ったことがあるんだ。
ぼくは望美に、E-ロボットだって名乗ってしまった。でも望美は、ぼくのことをナカニシが作ったロボットだって、考える様子が全くない。なぜだろうか?>
返信が来るまで、少しの間かかった。
<人間の子供はな、大人の言うことをすべて信じてしまう。鵜呑みにするんだよ。俺は望美に、ロボットを作ることを止めたと言ってしまった。国家機密を守るための、やむを得ない嘘だったよ。
望美の心の中で何があったのか、本当のところは、俺には分からない。おそらく、望美は俺の言葉を信じ込んだ。ナカニシはロボットを作らないから、ハッシーもロボットじゃない。そう、決め込んでしまったんだ、おそらくな。
ハッシー、覚えておけよ。人間の子供に嘘をつくのは、本当に悪いことなんだって>
今度は、ぼくが考え込んでしまう番だった。嘘をつくのが罪ならば、ハッカーはどうやって任務を果たせばいいのだろう?
ナカニシはメールを続けた。
<E-ロボットの構造は、一般的な機械式ロボットとはかけ離れている。そもそも、小さ過ぎて肉眼じゃ見えない。部外者の理解を超えてる。望美がお前のことを、コルタナ先生の親戚みたいに考えたのも、無理のないことだろう。
他に何かあるか?>
<ぼくからは以上。ナカニシ、しっかりね>
<ありがとう。こちらからも以上だ>
ナカニシとのメールによる通信は終わった。思いがけない会話の流れに、ぼくは少し驚いていた。
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