再会のその日まで


 旅立ちの時が来ると、兄妹は涙ながらに別れた。


 ユエルが飛行船「サイトラム」に乗り込むと、炉に火炎炭が投げ込まれる。バチバチと強く燃え、水蒸気により強い圧力が生み出される。飛行船を地面に繋げていた綱が外されると、飛行船は空へ昇っていく。

 兄妹はお互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 飛行船から、都市の家々、工場の数々がとても小さく、一つ一つが見分けられなくなったころ、ユエルは機関室にいた。修理したての機関部の様子を見つつ、窓からの景色を眺めている。一望できる都市と、その都市を囲む美しい草原の景色から目を離すことができなくなった。こんな世界があるのかとユエルは驚きながら、これから訪れるだろうと更なる驚きに胸を躍らせた。

 それからは火炎炭と水、食糧の補給以外の時間は、空で過ごした。

そんな日々が続き、一節が経ったころ、ユエルはトルエに後どれほどかかるかを聞いた。それはあまりにも遅かった。

 トルエは大体目的地に行くまでには一端(十節)かかると言う。

 そうしてユエルは気づくのだった。この旅はとても長くなると。


 それからユエルは心臓部の整備だけではなく、様々なことをした。蒸気船乗組員見習いとして、船内、甲板の清掃、調理室での雑務全般。地上で数日滞在するとなると、蒸気船での仕事と手伝いの他に、仕事を請け負って、汗をいくらでも流し、血を体の至る所から流すようになっても、働き続けた。汚らしく、食いつくように仕事をする姿を何と言われようと、。

 それもすべて、ミリエに写真を見せるという約束を守るためで。ミリエが本当に喜んだ笑顔を見たかったから。そんな思いを原動力にユエルは動いていた。

 



 ユエルと別れたミリエは、ユエルとの約束を果たすため、自分にできることは何でも率先してやろうとした。

 それで兄が喜んでくれたら一番うれしいから。それが兄との約束だったから。そうやって数十日はいつも以上にいごとをしても、兄のいない生活にミリエは耐えることはできた。だが、ユエルは一向に帰っては来なかった。

 さらに日が過ぎていくたびに、ミリエは少しずつ元気をなくしていった。霊力をもってしても、ぽっかり空いたこころを埋めることはできるわけもない。

 再開の時がどんどん遠のいていくようで、ミリエは寂しさで親戚の家に身を寄せていたあの孤独を思い出しては、身体を震わせた。やっと手に入れたはずの幸せと言うもの。なのに、あの頃のつらく、悲しい世界に引きずり戻されことを理解できず、恐怖し続けた。それからミリエの食欲が失せていき、体調を崩し始めた。それでも仕事をしないわけにはいかず、

 工場の人達も気に掛けるが、暗い影が強く支配するミリエからは何そんな日々が続いていき、いつしか工場からも笑顔が消えていた。

 それでもミリエは兄を待ち、仕事を続けた。




 兄弟二人は約束を守り、誓い合ったことを達成しようといていた。

 信じて疑わない再会のその日まで。


 だが、兄の帰りを待ち、疲れ切ったミリエが体を奮い立たせて働く日々が続いたある日、仕事中、ミリエは心臓部で仕事中に足を滑らしてしまった……。



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