第24話「目覚めるは白き修羅神」

 咲駆サキガケエルは燃えていた。

 燃え盛る炎のように、全身から光があふれ出る。

 自分の中で急激に圧縮され、れ出る魔力の輝きだ。

 だが、彼女が感じていることは唯一ただひとつ……背中に背負った、ネルトリンゲンの街だけだ。無数の市民がまだ残された古都を守って、四機の砲騎兵ブルームトルーパー陸上戦艦りくじょうせんかんラーテを押し止める。

 押し切られそうになる中、仲間達も死力を振り絞っていた。


「んぎぎぎぎ……っ! スーパーロボットは、負けないです……負けられないですっ!」


 限界を超えた機体が、各所でプラズマをスパークさせる。

 負荷に耐えられなくなった関節が、バチバチと火花を散らした。

 それでもエルは、相棒たる愛機を信じて魔力を注ぐ。

 01式マルイチシキ"ムラクモ"三号機は、押し当てた巨大な盾を両手で押し返そうとしていた。仲間達も左右で押しているが、山のような圧力でジリジリとラーテが迫ってくる。

 足元の土がめくれる感覚が、ダイレクトに脳裏に伝わってきた。


『機体が危険な状態ですわ。関節がけ切れてしまいますの!』

『すおみは各機の状況を見てて! 霧沙キリサは……もう、苦しいよね? 一度下がって!』

『な、なんの話かな、トモリ。あはは……ボクだって、っ、はあ……くっ! 負けてられないっ!』


 絶体絶命だった。

 四機の砲騎兵ブルームトルーパーがかろうじて押し止めるラーテは、ゆっくりと主砲を持ち上げる。

 すでに照準を補正する必要はない距離だ。

 まっすぐ撃ては、城壁は端微塵ぱみじんに砕け散る。

 そして、無防備になった街と市民が砲火にさらされるのだ。

 そんな中で、みんなのリーダーである朱谷灯アケヤトモリは決断した。


『エルッ! あとどれくらい頑張れるっ!?』

「んと、えと! もう、いっぱいいっぱいです! でも」

『ガッツとファイト、頼らせてもらってもいい? ゴメン!』

「エルにお任せなのです! 全然話がわからないのですが、エルなら大丈夫ですっ!」


 灯はすぐに、緋山霧沙ヒヤマキリサクレナイすおみにも簡単に説明する。

 驚きの声があがったが、誰も異論を挟まなかった。

 それほどまでに、現状は厳しい。

 だからこそ、全員がエルの爆発力に賭けることにしたのだ。

 仲間達のムラクモが、離れてゆく。

 一気に支える質量が増えて、エルの三号機は大きく後ずさった。わだちを引きずる両足が沈み込み、シリンダーがいくつか破裂する。熱したオイルを周囲に撒き散らす様は、まるで出血しているようだ。

 だが、エルはほうきにすがりつくようにして、持てる全ての魔力を奮い立たせる。


『すおみっ、その大砲をもう一回準備して! 私はラーテの砲撃を封じる!』


 きりにぼやけた月の光の、その輝きを拾ってムラクモ一号機がうなる。白刃一閃はくじんいっせん、ラーテの主砲が二門とも、真っ二つに切断された。ガラガラとエルの周囲に、輪切りにされた鋼鉄のかたまりが落ちてくる。

 射撃が不可能になったラーテが、わずかに身じろぐそぶりを見せた。

 まるでいきもののよう……その名の通り、巨大な身体にそぐわぬ臆病さを持った、ただの大きなねずみに思えた。そう感じた瞬間には、エルは身を声に絶叫していた。


「うわあああああっ! ラーテさんはっ、絶対にぃ、通さないですううううううっ!」


 両手で押すシールドを、更に強く押し当て押し込む。

 そうして少し愛機を下がらせると、振りかぶった腕にこぶしを握らせる。

 ガタガタと震える関節が不協和音ふきょうわおんかなでて、流れ出るオイルが装甲を汚した。

 それでも、エルは握った鉄拳を全力で目の前へ……シールドへと叩きつけた。

 同時に、よろよろとコクピットの中で立ち上がる。

 両手で握った箒を支えにして、気合の一撃をじ込んだ。


「ただのぉっ! パァァァァァンチッ!」


 鈍い金属音と共に、インパクト。

 叩きつけた拳の指関節が、弾けて死んでゆく感覚が返ってきた。痛みはないが、愛機の痛みを想像すれば感じられる。

 オーバーハンドのパンチが、わずかにラーテの巨体を揺るがした。

 衝撃でジョイント部分が外れて、合体していたシールドが左右に割れる。

 ラーテの前面装甲には、くっきりとシールドの形にくぼみができていた。

 そして、沸点を超えて限界を突破したエルは、まだ止まらない。


「ガッツとっ!」


 手にした箒を目の前に、両手で握って力を込める。


「ファイトォォォォォォッ!」


 そして、ミシミシと音を立ててたわんだ箒は、

 エルが折ってしまった箒は、二つに別れたどちらからも光をほとばしらせる。

 ムラクモ三号機のひび割れたバイザーは、その奥へ燃え盛る単眼モノアイを光らせる。そのまま、満身創痍まんしんそういの三号機は……分解してしまったシールドを左右の手に握った。


「わたしっ、昔からっ! 泣いてから、強いっ、子ぉ、なんですうううううっ!」


 箒の成れの果てを両手に、エルが拳を繰り出す。

 三号機は一発、また一発と繰り出すパンチでラーテを押し返していった。

 激情に我を忘れる中で、エルははっきりと感じ取っていた。

 魔力を持たされ、人類抹殺を本能として刷り込まれたD計画ディーけいかく……そこには、生物的な恐怖や怯えが存在した。ラーテは、同じ力で駆動しながらも、理論や合理を超えて立ち向かってくる不可思議な力に、恐れを感じているのだ。

 そしてそのマシーンは、最優先で殺すべき人間の姿をしているのである。


『霧沙っ、すおみ!』

『オーライッ! ラストナンバー、行くよっ!』

『88mmカノン砲、砲身展開。容赦はしませんわ!』


 全身のスラスターが生み出す推力を、一点に集束して絞り込む。

 周囲で仲間達が動き出す中、エルはまっすぐ前だけを見て拳を振るっていた。駄々だだっ子のように、両手をでたらめにコクピットで振り回す。

 シールドを手にした三号機は、デタラメな乱撃でラーテを押し返していった。

 だが、遂に機体が限界を超え、それを超えた領域での爆発的な機動に耐えられなくなる。ガクン! と片膝を突いたまま、ムラクモ三号機はその場で動けなくなってしまった。

 前のめりに転んで、エルは前の全周囲モニターへと顔面を強打する。

 鼻血が出たが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で彼女は敵をにらんでいた。


「うう、やっつけるです……みんなを守る正義の盾になるです!」

『お疲れ、エル! あとはボク達にっ!』

『任せてくださいな!』


 なにかがエルの三号機を追い越した。

 疾風しっぷうとなってせるのは、霧沙の二号機だ。その両手に握ったコンバットナイフが、ボコボコに変形してしまったラーテの装甲を切り裂く。耳障りな金属音と共に、十文字に断ち割られたラーテ……それはまるで、罪の十字架を刻まれたかのようだ。

 さらに霧沙は、浴びせられる機銃掃射をロックビートのリズムに乗って避ける。

 そして、再度地を蹴るや肉薄、密着の距離で十字傷にコンバットナイフを捩じ込んだ。

 そのままえぐって傷を広げ、めくれあがった装甲を手で引っ剥がしてゆく。


『すおみっ!』

『はいっ! 零距離ゼロきょり……お見舞いしますわ!』


 強固な分厚い装甲に、霧沙が無理矢理こじ開けた穴。

 そこへと、全速力ですおみが突っ込んできた。彼女の四号機は、まるで馬上槍ランスのように88mmカノン砲を構えている。

 迷わずすおみは、長い砲身を装甲の亀裂へと突き刺した。

 そして、スイッチ……遠慮なく全弾、ラーテの中へと叩き込む。

 身震いするラーテは、断末魔だんまつまのように砲塔を回転させ、短くなってしまった砲身をデタラメに振り回したあと……全身から煙を吹き出しながら停止した。


「や、やった……やったです!」

『まだだよっ、エル! みんなも! あと一台……もう一台、ラーテがいるっ!』


 灯の声はまだ、緊張感を失っていなかった。下段に構えて剣を握る一号機の前に、ゆっくりと再びラーテが現れる。いましがたやっと倒したものと、全く同じ巨大な陸上戦艦だ。

 そして、その砲塔の上に人影……血塗ちまみれの少年を足蹴あしげにした、赤い髪の女の子だ。

 趣味的な軍服を着て、手に箒を持った少女は霧の中で嘲笑わらう。


『お疲れ様ね、魔女さん達。ふふ……もうギブアップかしら? じゃあ、そこで見ていなさい……あの街が戦後の最後の犠牲者。そして、第三次世界大戦の最初の生贄いけにえよ』


 スカーレット・ブラッドベリがうっそりと恍惚こうこつ微笑ほほえむ。その姿をノイズ混じりのモニターで見て、エルは綺麗だと思った。とてもかわいらしい、ビスクドールのような乙女おとめ……だが、彼女は邪悪な意思に満ちて、悪意と敵意を撒き散らしていた。

 許してはいけない……だがもう、エルも仲間達も限界だった。

 折ってしまった箒を握り締めて、エルはうおーんと声をあげて泣くしかできない。自分達に秘められた力があって、その全てを出し切ったがゆえに、無力さに打ちひしがれる。

 スカーレットは足元の平成太郎タイラセイタロウをグリグリ踏みにじりながら……ラーテを前進させようとした。

 その時、ネルトリンゲンの方から声があがる。

 城壁に並んだ市民達が、足元を踏み鳴らして絶叫していた。

 口々に叱咤激励しったげきれいを叫び、応援の祈りと願いが鳴り響いてくる。

 エルにはドイツ語はわからない……だが、その中に日本語の絶叫があった。


『成太郎っ! 死んだらブッ殺すわよ! あんたは、あんたはねえ……この、私がっ! 蘇らせたんだから! クソジジイの犯した過ちをブッ潰す、そのためにあんたが……みんなが必要なんだから!』


 突然、巨大なトレーラーが走り抜けた。目で追うエルは咄嗟とっさに、それが砲騎兵ブルームトルーパーを運搬する専用車両だと気付く。灰色の防護シートに覆われた機体は、白い手足が僅かに見えていた。

 卜部灘姫ウラベナダヒメは、普段の飄々ひょうひょうとした言動が嘘のように激して叫ぶ。

 そしてそのまま……彼女は真正面からトレーラーでラーテに体当りした。

 金属がひしゃげてよじれる音が響いて、エルはコクピットから飛び出す。地面に落下してすぐに立ち上がれば、恐らく正面衝突の直前に脱出したのだろうか……灘姫は停止ししたトレーラーの横に倒れていた。


「灘姫ちゃん! 今、助けるです……あっ」


 駆け寄るエルは目撃した。

 見上げるラーテの上で、成太郎がスカーレットの脚を振り払うのを。そのまま彼は、力なくゆらりと起き上がって……そのままトレーラーの上に落下していった。

 同時に、燃料に引火したトレーラーが、爆発炎上する。

 ラーテの巨体を赤々と染めて、黒煙が濃霧をにごらせていった。


「あ、ああ……指揮官さんっ! 指揮官さん……成太郎さぁん!」


 灘姫に肩を貸して立ち上がりながら、エルは唖然あぜんとその場に立ち尽くす。

 流石さすがのスカーレットも驚いた様子だが、不意に腹を抱えて笑い出した。そのまま身を捻じ曲げて哄笑こうしょうを響かせる。


「あは、ばっかみたい! 無様ぶざまね……自ら死を選ぶなんて! さあ、では始めましょうか……戦争、大戦争を! 次こそは、世界の全てを焼き尽くす……そんな第三次世界大戦を――」


 彼女が高らかにうたった、その時だった。

 不意に爆発の中から、何かが飛び出した。

 それは霧を払って闇夜に昇り、満月の中で振り返る。

 エルはその時、涙にれたひとみにその勇姿を映していた。

 そこには、焼け焦げた防護シートをマントのように羽織はおった、一機の砲騎兵ブルームトルーパーが浮かんでいた。その顔に輝く双眸そうぼうは、怒りに燃える白き修羅しゅらとしてラーテを見下ろしていたのだった。

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