第21話「深い霧の中で輝いて」

 声が、言葉が音に奪われていた。

 爆発音にキャタピラの音、無数にうごめく敵意が押し寄せる音だ。

 それが今、変わった。

 魔力を含んだきりの中に、同じく魔力を乗せた音楽が響く。

 クレナイすおみは、四苦八苦しくはっくして愛機に運ばせる荷物の、その重ささえ忘れそうになった。


『――おみちゃん! なんか――が聴こえるです! これは――』


 ほぼ密着の距離、装甲同士が触れ合う距離でさえ、咲駆サキガケエルの声が霞んで滲む。

 だが、向かう先から割れ響いてくる音楽は、はっきりと耳に届いていた。

 砲騎兵ブルームトルーパーのセンサーが拾う空気の振動が、激しいリズムで気持ちを揺さぶってくる。劣勢の中でれる悲壮感を、蛮勇ばんゆうにも似た無責任な勢いで塗り替えてゆく。

 エレキギターがくように歌い叫ぶ、それは疾走感にあふれたロックビートだった。


霧沙キリサさん、ですわね……でも、これは……」


 すぐにすおみはほうきに腰掛けたままで周囲に両手を広げる。

 呼び出した光学ウィンドウは全て、砲騎兵ブルームトルーパーの……すおみの乗る01式マルイチシキ"ムラクモ"のセッティングパラメーターを表示したものである。その全てを瞬時に、視線ででて変更してゆく。

 最後にすおみは、レーダーを止めてソナーと音響センサーのデータをリンクさせる。それを元に、敵の位置関係を同期させてレーダーの代わりに表示させた。


「霧沙さんの流す歌は、魔力を帯びてますわ……その固有の振動数が空気を伝う中で、障害物に反射する流れ……それを拾って立体表示できれば」


 砲弾が飛び交う中で、動きを止めたすおみをエルが守ってくれる。

 飛び抜けて重装甲と重装備、防御力に特化したエルの三号機でも、集中砲火を浴びれば長くは持たない。

 突貫工事で作業を終えると、すおみは開いた両手を目の前でパン! と叩いた。

 全てのウィンドウが閉じて、コンディション・グリーン……視界を奪われた砲騎兵ブルームトルーパーに、音楽の調べが敵の位置を知らせてくる。すぐにすおみは全機にデータを送信した。


『あれっ? すおみちゃん、レーダーが直ったです!』

「霧沙さんの二号機から出ている音楽は、この霧の中を正確に広がってますの。その波長と音の到達タイムラグを再計算しました」

『えと、んと、とにかく凄いです! これなら敵が見えるです! わっ――』


 まだ、戦闘をひた走る朱谷灯アケヤトモリの一号機が見えない。

 そのすぐあとを追っている、緋山霧沙ヒヤマキリサの二号機もだ。

 だが、魔音まおんレーダーとでもいうべき急造の索敵システムは、二人が向かう先で少しずつ後退する質量を探知していた。大きい……その名の如く、黒い森を海のように馳せる巨大戦艦だ。


「下がってますわ、これは……あの時と同じですの!」


 以前、陸上戦艦りくじょうせんかんラーテと霧の中で戦った。

 その時も、あの巨体を霧の中に見失ったのである。そしてラーテは、驚くべき速度を発揮、後方で指揮する平成太郎の前に現れたのだ。

 常軌を逸した高速に、完敗を喫したのである。

 すおみは愛機を走らせつつ、戸惑いながらもほうきまたがった。

 お行儀が悪いと思って、普段は足を揃えて腰掛けて乗る。しかし、他の三人が跨った姿は、正しく現代に蘇った魔女だ。箒を触媒に魔力を通して、巨大な砲騎兵ブルームトルーパーを操る。遥かなる昔、西洋の魔女達はこうして自分の魔力を発揮したのだ。

 そして、祖父が幼いすおみにしてくれた話が脳裏を過った。


「当時の魔女は、自分の生活に一番身近なもの……普段から使っている箒を触媒に選びましたの。つまり、自分の魔力を物理的な力へ変換するには、感情移入や親しみ、愛着が必要……そういう話がありましたわ」


 ならば、霧沙からほとばしる音楽は彼女そのものだ。

 いつもイヤホンでシャカシャカと、なにか音楽を聴いている霧沙。すおみはこれといって音楽の趣味を持たず、せいぜいクラシックのコンサートに両親と行く程度である。好きだから行くのではない……紅重工くれないじゅうこう御令嬢ごれいじょうとして、そういう社交の場で会わねばならない人間が山程いるのだ。

 その多くが、招来の自分の夫候補、婚約者候補である。

 正直、疲れる。

 誰もすおみを見てはくれない。

 紅重工を手に入れるための、その扉を開く鍵みたいなものだと思われている。

 だが、親のため、そして家のためにすおみが笑顔を絶やしたことはなかった。


「魔音回線、とでも名付けましょうか。もしもし? 灯さん、霧沙さん、そしてエルさん。聴こえますでしょうか?」

『あっ、あれ? 回線が……無線の調子がよくなった? 霧沙、聴こえてる?』

『灯の後ろにいるよ、聴こえてたでしょ? 次のナンバーで決めるよ……あいつ、逃げようとしてる!』


 遠く前を突き進む二人との通信が、回復した。

 同時に、次のトラックに移った音楽が静かに奏でられる。

 どこか物悲しげな前奏リフは、徐々に深みを増して響き渡った。

 霧沙を中心に広がる音楽の、その波長にすおみは自分の魔力を忍ばせる。気付けば自然と、彼女はハミングで初めて聴く知らない曲に気持ちを重ねていた。

 霧に満ちた空気そのものを伝って、お互いの声が再び行き来できるようになった。

 それを察したのか、さらに加速してバックするラーテから、巨大な砲弾が飛来する。


『すおみちゃん、危ないです!』


 咄嗟とっさに避けようとするすおみの四号機は、あっという間に激震の中でよろけた。四号機を挟んで左右へと、土砂が舞い上がって着弾の火柱が上がる。

 至近弾、夾叉きょうさ……二連葬の主砲を持つラーテの、その左右の射撃にとらえられた。

 次は照準を修正し、命中弾が来る。

 動かなければ、やられる。

 だが、すおみはすぐには動けなかった。

 もともと、重量のかさむ50mm口径の対物ライフルを携行するムラクモ四号機。すおみ自身の魔力も加味して、センサー系統の強化と引き換えにわずかばかり軽装甲になっている。

 すおみの魔力は、灯や霧沙に比べて弱いのだ。

 そして、エルのように突然上がったり下がったりということもない。

 残念だが、D計画ディーけいかくへの因縁とは裏腹に、紅重工の罪を背負った彼女は、弱い。

 弱いままでいられないから、必死で砲騎兵ブルームトルーパーの操縦も幼い頃から学んだし、何度もシミュレーターで訓練したのだ。


「この大荷物では……でも、これを捨てる訳にはいきませんわ」


 四号機が抱えているのは、中折式の巨大な大砲だ。88mm口径のカノン砲で、銃身を展開すればその長さは10m程になる。砲騎兵ブルームトルーパーの全高を超える、必殺の破壊力を秘めた武器である。

 もともと砲騎兵ブルームトルーパーは、戦況に応じて武器を持ち替えるために、人間の姿をしている。

 多彩なオプションが存在する中でも、88mmカノン砲は最強の兵装の一つだ。

 だが、射撃時はいいとして、移動中はただのお荷物でしかない。


『すおみちゃんっ、そのを展開するです!』

「ダ、ダスター? ギガ、ランチャー……とは。88mmのことですか?」


 不意にエルの絶叫が飛び込んできた。

 ラーテの射線をふさぐように、彼女のムラクモ三号機が両手を広げてガトリング砲を投げ捨てる。自分の盾になる気だと思った、その瞬間にすおみは息を飲んだ。


「エルさん、いけませんわ。わたくしの方でも回避してみますの」

『ダスターギガランチャーっていうのは、ガンダスターが後半で使う最強のビーム砲なのです! 時間と空間さえ捻じ曲げる、無敵のゴンブトビームがミガーッ! って出るです!』


 なんだかよくわからないことを、エルは早口でまくしたてる。

 そして、謎のポーズを決めたムラクモ四号機の、その両肩から……金属音が響いて、装着されていたシールドが落下した。

 何故なぜかその場で一回転して、ガシッ! ガシィン! とエルは愛機の両手でそれをつかませる。そして、すおみは自分の家で作っている砲騎兵ブルームトルーパー用装備のレパートリーを思い出した。

 コンバットナイフやアサルトライフルと同様に、標準化が検討された装備がある。

 それが、砲騎兵ブルームトルーパー用のシールドだ。

 左腕に半固定状態で装着され、全身を覆えるサイズの防御壁……だが、採用は見送られたと記憶している。近代の歩兵がそうであるように、防御力は着込んだボディアーマー等でおぎない、両手はフリーな状態が望ましい。ただでさえアサルトライフルを持つので、もう片方の手が塞がれるのは好ましくないと判断されたのだ。

 だが、エルはカタログを見てあの装備を選んだ。

 自分が乗ったら、過積載かせきさい一歩手前の四号機は歩かせることすらできないだろう。


『必っ! 殺っ! ダスタアアアアアッ、シィィィィィルドッ!』


 エルは絶叫と共に、

 驚いたことに、その装備は実在した。慌ててチェックリストを表示させたすおみは、現在運用可能なオプション兵装のリストにそれを発見する。

 砲騎兵ブルームトルーパー専用防弾シールド改弍かいに……それが正式名称である。

 開発陣が砲騎兵ブルームトルーパーの肩にマウントする形式に改良して提出したのが、改型だ。

 それも不採用になったため、ヤケクソで左右にマウントし、あまつさえ合体して巨大なシールドになる機構を搭載したのが改弐……現在、のものだった。

 開発した者達も、まさかと思うだろう。

 現実にそれを好んで装備させ、全備重量がかさんでも気にしない女の子がここにいるのだ。


『すおみちゃん、わたしの影に隠れるです! 大丈夫です……ダスターシールドは鉄壁の守りなのです! ええーいっ、ガッツとぉ! ファイトォ!』

「エルさんっ!」


 エルの四号機が、地面に巨大な盾を突き立てる。

 すおみは愛機を屈ませながらも、遠くに砲撃音を聴いた。

 そして、激しい衝撃に激震が襲う。

 一瞬だけ全周囲モニターがブラック・アウトし、エルの噛み殺す悲鳴が響いた。

 防いだ、やり過ごせた……その瞬間にはもう、箒を強く握ってすおみは念じる。敵に次弾は装填させない。今度は倍返し、こちらの番である。


「ありがとうございますっ、エルさん! 今度はこちらの番ですわ……その盾をお借りしますのっ!」


 長い長い88mmカノン砲を展開と同時に、すおみは盾の上にガン! と叩きつける。砲身を盾の上で安定させると、即座に照準を合わせて、スイッチ。

 無敵を誇るD障壁ディナイアルシェードを食い破る、魔力を宿した必殺の砲弾が解き放たれた瞬間だった。

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