第20話「あの日見たから、今また響く」

 ネルトリンゲン防衛戦、その戦線は崩壊しつつあった。

 中世の時代より街を守ってきた城壁が、次々と崩れてゆく。人類の歴史をしるした偉大な史跡しせきも、人類もろとも抹殺まっさつされようとしていた。

 D計画ディーけいかくはそのためだけに造られた、恐るべき最終兵器の軍団なのだ。

 それを緋山霧沙ヒヤマキリサは、改めて理解し、熟知する以上に感じ取った。

 だが、絶望的な戦況の中でも、仲間達が必死で戦っている。


「うわっ、トモリってひょっとして凄い? ……やっぱ、自然に生まれた魔力は違うのかなあ」


 四機の砲騎兵ブルームトルーパーは、起死回生の攻勢に打って出た。

 最後尾のクレナイすおみも、防御力に優れた咲駆サキガケエルに守られ突出してくる。その両手には、普段の対物ライフルより何倍も巨大な大砲が抱えられていた。

 防衛省からの補給物資にあった、専用の88mmカノン砲である。

 目には目を、大砲には大砲を……そして砲騎兵ブルームトルーパーとは、多彩な主砲を両手で持ち替え運用する歩行戦車ほこうせんしゃでもあるのだ。


『すおみちゃん! わたしの後ろから撃つです! ――なら、多少は――です!』

『――ルさん。回線が――通信が、届かな――レーダーも、照準も――』


 ますます宵闇のきりが色濃くなってゆく。

 それは正しく、白い闇とでも表現すべきものだ。

 D計画が生んだ巨大戦車、陸上戦艦りくじょうせんかんラーテから発生する、霧。魔力を含んだ神秘のヴェールが、霧沙達の目も耳も塞いでゆく。

 そんな中で、最前線では朱谷灯アケヤトモリが奮戦していた。


「ま、レーダーも無線も駄目な状況なら……近付いてブッタ斬る方の、正解だよ、ねっ! とっ!」


 霧沙は先程の灯の要領で、戦車から戦車へと愛機を跳躍させる。

 全機中最軽量、機動力と運動性に優れた01式"ムラクモ"二号機が、飛ぶ。踏み付けられた敵の戦車は、その鋭い動きを振り向くように砲塔を巡らせるが……霧沙は抜け目なく、両手に握らせたサブマシンガンからなまりつぶてを置き土産に走った。

 その前では、灯が剣を振るっている。

 時折彼女が見せていた、素振りや剣道の所作を霧沙は思い出した。

 洗練された力と技とが、次々と肉薄の距離で敵を切り裂いてゆく。


「そっちの方が手っ取り早いよねっ! じゃあ、ボクもっ!」


 二丁のサブマシンガンを手放し、霧沙の二号機が腰の背後に両腕を回す。

 抜き放たれたのは、雌雄一対のコンバットナイフだ。

 砲騎兵ブルームトルーパーサイズで造られた武器は多いが、標準装備としてアサルトライフルやナイフは基礎設計レベルで戦術に組み込まれている。だが、霧沙の二号機にはそれが二振り装備されていた。

 霧沙は自分でも、不安定な魔力の弱さを知っている。

 遺伝子レベルで調整、精製された、魔力を持たされて生まれた人造人間だからだ。

 灯のような安定性もないし、エルのように爆発的に高まることもない。

 だが、総量で劣っていても、幼少期から訓練させられていたので使い方には自信がある。そして、使い過ぎても今なら激痛と苦しみに耐えられる気がした。


「灯っ、後ろは任されたよっ! ボクが片付けるから、ガンガン進んで! ……って、聴こえないか」


 すでにインカムを通じて繋がる回線は、双方にノイズしか伝えていない。

 時折断続的に、歯を食いしばるような仲間の声が行き来する。背後のドイツ軍からも、悲鳴や絶叫、そして必死の抵抗を叫ぶ声が伝わってきた。

 霧沙は手近な戦車を次々と串刺しにしながら、灯を追って進軍する。

 機械的に淡々と、定められた作業をこなすように思念が砲騎兵ブルームトルーパーを突き動かしていた。その振動の中で、ほうきまたがる霧沙の脳裏をよぎる追憶。


「……昔はもっと、沢山……たーっくさん、仲間がいたんだけどな」


 それは姉妹とさえ呼べる子供達だ。

 子供のまま、霧沙だけを残して永遠になってしまった。

 過酷な訓練と実験、繰り返される調整処理の中で……人造人間の子供達は、一人、また一人と減っていった。もし運が悪ければ、霧沙だってその中の一人だったのだ。

 だが、そんな過酷な幼少期を支えてくれたものを、まだ霧沙は持っている。

 心の中に深く刻んでいる。

 施設と工場を行き来するだけの日々で見た、初めて見た……とても綺麗な女の子だ。


「ほらほら、逃さない、よっ! これで七つ目……うひゃあ、数が多いって! もぉ!」


 独り言で恐怖を逃しながらも、思い出す。

 いつだったかも、何歳の頃かも覚えていない記憶だ。

 砲騎兵ブルームトルーパーを研究、開発する工場で彼女は出会った。

 とても綺麗な身なりをした、愛らしい女の子。自分と同じ年か、少し下か……初めて霧沙は、服に色がある人間を見た。自分の真っ白な、囚人服のようなものとも違う。周囲の大人達の白衣とも違う。

 赤い服に赤い靴、眼鏡めがねをかけたかわいらしい女の子。

 彼女が初めて、世界の色を、彩りを霧沙に教えてくれたのである。


「あーもぉ、いそがしい! 両手で足りない! ちょっとエル、適当でいいからバリバリ撃っちゃってよ! こっちで避けるから!」


 無線はもう既に通じていない。

 小さい頃のように、機械音と爆風だけの静寂……耳をつんざく響きは、それを無視するからなにも聴こえない。彩りもない世界では、霧沙はどこまでも砲騎兵ブルームトルーパーの部品へと純化してゆく。

 そんな中で、あの女の子の追憶だけが色付いて、色褪いろあせないのだ。

 彼女が教えてくれた世界の広さ、多彩さは……霧沙の無機質な世界を揺るがした。


「……もーいいよ、わかった。あったまきたからね? こうなったら……ん?」


 ふと、霧沙は機体をひるがえした。

 同時に、足元で主砲を向けてきた戦車に向き直る。

 持ち上がる砲身をナイフで切断、そのままもう片方の刃を突き立てる。

 そして、その脇に横転した小さな車両を持ち上げた。

 そっと地面に戻すと、ドアが開いて人影が転がり出てくる。

 大破した指揮車から降りた平成太郎タイラセイタロウが、霧沙を見上げてなにかを叫んでいた。だが、この距離でも通信が届いてこない。魔力を含んだ霧のジャミング効果は抜群で、触れる距離でなければ敵も味方も見えない。

 唯一、灯の一号機と、その向こうに山のようなラーテのシルエットが浮かぶだけだった。

 意を決して、霧沙はコクピットを開く。


「成太郎っ! 乗って!」

「霧沙か! 助かる!」


 僅かに身を屈めて、硝煙しょうえんの臭いでけた風を受ける。

 そのまま成太郎を拾って、器用に霧沙はコクピットへ彼を放り込んだ。

 すぐ横に成太郎を転がし、にハッチを閉めて愛機を立ち上がらせる。

 そして、霧沙はすぐさま周囲に光学ウィンドウを呼び出す。無数に重なり浮かぶウィンドウの全てに、念じて視線で霧沙は命令を下した。


「お、おいっ、霧沙! なにを……」

「黙ってて、成太郎」

「しかし」

「全センサー、カット。無線もレーダーも、カット……モニター解像度、最大。CG補正システムもカット。……よしっ!」

「よくない! そんなことをしたら……うわっ!」


 成太郎の声を遮るように、再びムラクモ二号機は走り出す。

 同時に、一つを残して全てのウィンドウを霧沙は片手で振り払った。次々とムラクモのシステムが沈黙し、ただ見えるままの五里霧中ごりむちゅうが広がる。

 血相を変える成太郎を無視し……最後のウィンドウに霧沙は、ついと指を走らせた。


「音量最大……さて、やってみますか」

「なっ、なにを……」

「ん? 決まってんじゃん? そんなの」

「ま、まさか……待て、霧沙っ! そんなことをしたら、敵に居場所を教えるような、狙ってくださいと言っているようなものだぞ!」

「でしょー? むふふ……ボクもさ、あの子のように……目立ちたいって、昔から思ってたんだ。ただ、真っ白過ぎて、なにもなくて、かわいくはなれないから」


 一瞬、ガクン! と二号機が揺れて停止する。

 同時に、自然と霧沙は箒を降りていた。同時に、ヒュン! と手にした箒を翻し……それを楽器のように身構えた。

 そう、弦楽器……ネックから走るげんも、それを調整するペグもない。

 だが、霧沙は箒をギターに見立ててかき鳴らす。

 勿論もちろん、エアギターだから音は出ない。

 しかし、箒に代わって大音量で周囲にエイトビートが響き渡った。


「さあ、ボクを見なよ……見せつけるからっ! ボクの音! ボクはっ、ここだよっ!」


 無数の視線が突き刺さる。

 殺意と敵意しか持たぬ、冷たい眼差しだ。

 周囲の戦車が全て、霧沙の二号機へと殺到した。

 そして、霧沙の持ち込んだ音源が霧を震わせる。冷たい空気を沸騰ふっとうさせる。いつも聴いてるフェイバリットナンバーは、ロックスターの叫びと爆音だ。

 成太郎が目を白黒させる中、疾走感溢れるロックナンバーが広がっていった。

 言葉さえ交わしたことのない、赤く色付き輝いていた……あの日の女の子。無言の眩しさに霧沙は、ずっと無色透明な音を送っていた。


「てっ、敵性音楽! よせ霧沙……霧沙? お前、身体が」

「なんかさ、直感? こうするのがいいみたい。おーしっ、飛ばすぞ? Rock and Rollロッケンロールッ!」


 ロックは音楽、そして生き方……

 先進的であること、独創的であること、そして数に迎合せず自分を貫くこと。時に反抗であり、革命、そして戦いだ。

 自分から溢れる光にも気付かず、霧沙は見えない弦を爪弾つまびく。

 外部スピーカーから迸るサウンドを追って、彼女のムラクモ二号機は走り出した。

 踊るように馳せ、舞うように払い抜ける。

 あっという間に周囲で敵が残骸になっていった。


「敵の注意を引いているのか……しかし、霧沙。魔力の放出量が」

「なんかさ、こうした方がいい気がした! 考えるな、感じろ……ってやつ? ほらほら、どんどん行くよ! エルとすおみが通る道を、灯と一緒に大掃除だいっ!」


 身を揺らしてリズムとビートに全てを委ねて。

 世界へ自分を叫んで響かせながら、ロックの調べに乗って霧沙は灯の切り開いた道を広げていった。その先で、ゆっくりとラーテが巨体をバックさせるのが見えた。

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