第7話「魔女の箒が飛ぶ先には」

 クレナイすおみは今、自由な空を飛んでいた。

 魔法のほうきに腰掛けて、見渡す限りのあおい天空を舞う。

 正確には落ちているだけだし、彼女がいるのは球形のコクピットだ。今までの暮らし、これからの生き方と同様に密閉状態である。それでも、全周囲モニターが映す蒼穹そうきゅうは外に広がる本物の世界なのだ。


『各騎、迎撃用意……お客さんだ。マッハ2.8で真っ直ぐこちらに向かっている。15秒後に会敵エンカウント


 平成太郎タイラセイタロウの声は落ち着いている。

 頭上を旋回するC130Hから、すおみ達をモニターしつつ指揮をっているのだ。

 すおみはそっと手を伸べ、狭い空間内に意識を念じる。

 たちまち無数のウィンドウが浮かんで、その一つが接近する光点を表示した。

 仲間達の方でも確認したようで、回線を通して声が行き交う。


『私と霧沙キリサでオフェンス、エルはすおみとディフェンス。いいね? 霧沙、ごめん。悪いけど』

『いーよ、別に。ボク、さ……ぶっちゃけこの中で、一番魔力が高いし。慣れてるしね』

『そ、そうなの?』

『そーなの。だから……来たっ! 正面、高度合わせ……えっと、なんて言うんだっけ。そうそう……エンゲージッ!』


 戦闘が始まった。

 すおみも自分の砲騎兵ブルームトルーパーに武器を構えさせる。

 01式マルイチシキ"ムラクモ"……戦時中に開発された試作機を元に、紅重工くれないじゅうこうが製造した制式採用騎だ。世界初の二足歩行戦車であり、乗り込む者の魔力が続く限り戦うことができる究極の汎用兵器だ。

 すおみの四号機には、7mの全高を超える長銃身ロングバレル対物アンチマテリアルライフルが装備されていた。

 そっとメガネのブリッジを指で押し上げ、すおみはそれを愛機に構えさせる。

 ちょっとお尻が痛くなりそうなので、箒にまたがらず上品に足を揃えて腰掛けたまま。


「では、始めましょう……シミュレーションは何度もやりましたわ。それに、わたくしにとってこの子は、ムラクモ四号機は姉妹のようなもの。さあ、咆哮えなさいな」


 刹那せつな、50mm口径から徹甲弾APが放たれる。

 ライフリングで身をよじりながら、飛び出した弾丸が遠くの空へと消えていった。

 すぐに次弾装填リロード、すおみが念じるままにムラクモ四号機が撃鉄ハンマーを引き上げる。飛び出した空薬莢からやっきょうはくるくると回転しながら、あっという間に頭上の空へと消えていった。

 投下されてからすでに、60秒が経過している。

 周囲のウィンドウの一つに、限界高度までの距離を流して飛ばすカウンターがあった。物凄い速さで、数字が回転している。


「次弾、当てますの……誤差修正、マイナス0.02」


 まるで、自分の肉体で銃を持っているような一体感。これが、魔力で砲騎兵ブルームトルーパーつながっての操縦だ。今、すおみの身体に秘められた魔力が、鋼鉄の巨神を突き動かしている。

 意思をもって思うままに動かし、魔力を吸い取られる中で戦いに駆り立てられる。

 だが、それを自分で選んだのだから、逆境の中でもすおみは自由を感じていた。

 尊敬する祖父に、この任務を託された時……正直、胸が踊った。小さな頃から工場には出入りしていたし、SSS級スリーエスクラスの企業秘密として製造されていた砲騎兵ブルームトルーパーもずっと見てきた。


『いい調子、だと思う! 霧沙、右に回り込める?』

『オーライッ! トモリは逆側に回って……エルはちゃんとすおみを守るんだぞ? んじゃ、ま……ブーストッ!』


 緋山霧沙ヒヤマキリサのムラクモ二号機が、グンと高度を下げた。

 その軌跡をミシンのように機銃の弾丸が縫い上げてゆく。そして、一瞬、わずか一瞬だけすおみの視界をなにかが横切った。

 ただのプロペラ機が、音速で飛び去る。

 ビリビリとムラクモ四号機を揺さぶる衝撃波は、間違いなく敵が羽撃はばたく風の余波だ。

 その名は、震電しんでん

 かつてB-29の絨毯爆撃じゅうたんばくげきに苦しめられた日本が、要撃機インターセプターとして開発したまぼろし高高度迎撃戦闘機こうこうどげいげきせんとうきである。だが、その翼が戦いの血を知ることはなかった……終戦を迎え、実戦を経験することなく米軍に接収されたのである。

 だが、すおみの前を飛ぶ敵意は、間違いなく現実だ。


「凄いスピード……でも、動きは単調。なんだか動物じみてる……本能的ですわね」


 座る箒を強く握る。

 すおみの思念が伝わり、姿勢制御の制動を全身に瞬かせながら、ムラクモ四号機が射撃ポジションを取る。全身のスラスターが小さく鳴る、その音と振動がコクピットに伝わってきた。

 ふと、すおみの脳裏を幼少期の記憶が過った。

 まだ小さな女の子、小学生に上がる前だったと思う。祖父に連れられ、紅重工の秘密工場で初めて01式"ムラクモ"の製造過程を見た時である。


『わぁ、おじいさま! ロボットですわ! すっごく、おっきーい!』

『はっはっは……あの人に、レッドにたくされた人類の希望じゃよ。これがなければ、再び地球全土が戦火に包まれるじゃろうて』

『おじいさま、またむずかしいはなしをしてますわ……あら? あれは』


 幼いすおみは見たのだ。

 砲騎兵ブルームトルーパーの動力源にしてパイロットとなるべく、多くの幼い女の子が集められていたのを。自分とそう歳も変わらぬ、ごく普通の女児だった。だが、その服装や伸び放題の髪は、あきらかに親の愛や家族のぬくもりを知らないように思えた。

 あとから知ったが、作為的さくいてきに魔力を付与エンチャントする研究が行われていたのだ。

 行き場のない孤児を実験体に、人間を安定した動力炉として作り変える実験があった。今でもすおみは、裕福な自分が見詰めるしかできなかった少女達を覚えている。

 その中の一人が、自分を振り返って微笑ほほえんだことも記憶しているのだ。


「しくじれば、ああいう子が増えますの……そこっ!」


 すおみは銃爪トリガーを念じる。

 丁度、朱谷灯アケヤトモリの射撃と斬撃で、震電は大きく減速を余儀なくされていた。灯の装備はシンプルにアサルトライフルとシールド、そして剣道有段者に相応しい日本刀カタナのようなブレードだ。

 すきを見せた敵をさらに追い込む霧沙は、両手にサブマシンガンである。

 完全に脚の鈍った震電の、そのエンジンをすおみは狙撃で撃ち抜いた。


「……ッ! そ、そんなっ!」


 撃墜を確認するはずだったズーム画像のウィンドウに、信じられない光景が映っていた。

 機体の後ろへプロペラを向けたエンジンを、確かにすおみは撃ち抜いた。前衛の二人がD障壁ディナイアルシェードを魔力で中和してくれているので、対物ライフルの弾道は狙いたがわずプロペラを木っ端微塵にしたのだ。

 だが、現に震電は飛んでいる。

 それも、雄々おおしい慟哭どうこくにも似た


『なっ、なんだ!? っ、霧沙、現状維持! すおみ、もう一発お願い! 私が脚を止める!』

『待ちなって、灯! おかしいよ、直撃だったのに……なにかカラクリが、ぁ、う? がっ! んく……ゴ、ゴメン。ボク、ちょっと……ひぎっ!』


 霧沙のムラクモ二号機が動きを止めた。

 無重力にも等しい落下中の中で、突然挙動が乱れて無防備になる。

 そして……プロペラを捨てた震電は、すおみが撃ち貫いたエンジンを再生させた。新しいエンジンが生えてくる。それも、

 その姿を見て、レイアウト的に違和感がないことにすおみは驚いた。


『ごめん、すおみ! 私はちょっと霧沙を……そっちも無理しないで。エルはちゃんとすおみを守っ――』


 そういえば、以前少し祖父から聞いたことがある。

 紅重工がまだ小さな町工場だったころから、祖父はレッドと呼ばれる謎の人物に支援を受けていた。もともと戦時中は、軍の下請けをやっていた製作所である……そこには、戦後の世界に出せないノウハウが山程あった。

 戦時中、既に旧帝国軍はジェット戦闘機の計画を進めていた。

 震電のあのエンジンレイアウトは、ゆくゆくは噴式ふんしき……ジエット戦闘機にするためのものなのだ。

 それを思い出した時には、もう遅かった。

 恐るべきはD計画……魔力と意思を得て、本能で人間を殺戮するマシーンは、自己再生と自己進化をも可能にしているのだった。

 そして、再度の狙撃を試みるすおみの耳を絶叫が叩く。


『すおみちゃんっ! 当たらなくていいですっ、撃ってください!』

「エルさん?」

『すおみちゃんを守り、つつっ! あの子、やっつけちゃいますっ! 一発で駄目ならぁ……全弾発射、百発千中ひゃっぱつせんちゅうっ! ありったけの火力を浴びせれれば!』


 狙撃中は無防備になるすおみを、咲駆サキガケエルは守ってくれていた。

 だが、そのポジションを彼女は捨てる。あっと今に真下へダイブしたムラクモ三号機が、エルの絶叫と共に躍動した。ただただ空中を落ちるだけの現状を裏切る、その機動は敢えて言うなら……

 以前、エルの魔力はムラがあって危険だと、成太郎は言っていた。

 普段は標準以下なのに、ふとした弾みで爆発的な魔力量を放出する。すおみの目にも、震電を追って危険な角度で降下するムラクモ三号機が、空を駆け下りる姿が見えた。


つかまえたですっ! この距離っ、わたしでも外しません!』


 なかば押し倒すようにして、砲騎兵ブルームトルーパーの身体を浴びせたエルが叫ぶ。彼女のムラクモ三号機は、取り回しが悪いが破壊力抜群の60mmガトリングを装備している。ガンベルトが背のバックパックから伸びており、最大で連続8分間の射撃が可能だ。そして、両肩に巨大なシールドを接続、機動力と運動性を捨てて攻防一体の重武装を実現していた。

 エルは肉弾戦レベルで震電に密着、肉薄してその翼を鷲掴わしづかみにする。

 そして、ジェット機に生まれ変わったそのコクピットへと、ガトリングを突き立てた。


『ガッツとぉ、ファイトォ! 気合の一撃、お見舞みまいいするです!』


 漁師りょうしの腕を逃げようとするくじらのように、震電が出鱈目でたらめな機動で暴れまわる。そのコクピット部分へと、容赦なくエルは60mm弾頭を浴びせた。逃げようのない零距離ゼロきょりで、あっという間に震電がはちになってゆく。

 D計画は全て、D障壁と呼ばれる力場で己を守っている。

 魔力を伴いわない現用兵器では、これを破ることはできないのだ。

 逆を言えば……すおみ達現代の魔女が魔力を込めれば、放たれる弾丸はD兵器と呼ばれる最終兵器達を鉄屑ジャンクへと変える。


「エルさんっ、減速を! 限界高度ですわ!」


 すおみは自分の騎体にパラシュートの展開を命じる。急制動、全力で全身のスラスターが炎を歌う。その中で、墜落ついらくしてゆく震電と揉み合いながらも、エルのムラクモ三号機がようやく宙へと浮かび上がった。

 護国ごこくの翼を望まれた震電は、今の日本に生きる少女達の手によって撃墜された。

 旧大戦の兵器というレベルを超え、戦闘の中で己を修復し、進化させるおぞましき殺戮装置キルマシーン人類剿滅じんるいそうめつを本能として刻まれた、純粋な悪意と敵意の尖兵せんぺいが退けられた瞬間だった。

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