第6話「幻の高高度迎撃戦闘機を撃墜せよ!」

 朱谷灯アケヤトモリは今、暗がりの中で緊張に身を固くしていた。

 2mメートル四方もない球状の空間は、密閉されたコクピットだ。その中に灯は今、ほうきに座って浮いている。周囲の壁は全てモニターなのだが、今はビリビリと震える闇を映していた。


「本当にこの作戦、上手くいくんだろうか……」


 人前では見せぬ顔を今、している。

 不安を口にして初めて、灯は仲間達との回線が接続されていることに気付いた。小さな独り言に、三者三様のリアクションが返ってくる。


『大丈夫ですよっ、灯ちゃん! 大事なのは、ガッツとファイトですっ!』

『ちょっとエル、あのね……精神論は一番最後だって。打ち合わせた通り、ボク達の連携に全てはかかってるんだから。なんか、無茶っぽい作戦だけど』

『大丈夫ですわ。皆様とならわたくし、成功するような気がしますの』


 気遣きづかわれてしまった。

 灯は辛うじて「ありがと」と短く言葉を切る。

 いつだって常に、周囲にリーダーシップを求められてきた。それができる人間になれと、親からは厳しく育てられている。いつしか、異性は勿論もちろんのこと、同性の少女達にも好かれる王子様になっていった。

 不満はないが、ついつい気負きおってしまう。

 それは、謎の人型機動兵器ロボットで悪と戦えと言われても、やっぱり同じである。

 そして、灯は改めて作戦内容を振り返った。

 先程の作戦会議が、脳裏にありありと思い出される。






 急遽きゅうきょ、灯達四人は学校を早退させられた。

 移動中の車内では、運転する平成太郎タイラセイタロウが少しだけ落ち着かない。それでも、五人ではちょっと手狭てぜまなハッチバックは、都内を郊外へと走っていた。

 確か、自衛隊の駐屯地ちゅうとんちに向かっているらしい。

 並んだ運転席と助手席の間で、今日何度目かのやりとりがまた始まった。


「あのぉ、指揮官さん」

「ど、どうした? エル」

「運転、代わりましょうか? なんか、さっきから変な汗が」

「大事な戦力達に、無免許運転させる訳にはいかない。クラッチがなくて不安になるだけだ……任せてほしい」

「はいっ! ナビはお任せです! ……指揮官さんは免許、持ってるんですか?」

「終戦直前に取得してあるから、大丈夫だ」


 だが、灯は窓の外を見ながらふと思った。

 そのあとずっと冷凍睡眠れいとうすいみんしていたのだから、成太郎の運転免許は失効しているのではないだろうか? と。まあ、卜部灘姫ウラベナダヒメがその辺はフォローしてくれてるのかもしれない。

 昭和から蘇った少年は今、眠そうな目をしょぼしょぼさせながら車を走らせる。


「さて、砲騎兵ブルームトルーパーのパイロットを全員招集したのは他でもない……いよいよD計画ディーけいかくが動き出した。我々防衛省特務B分室は、すみやかにこれを排撃はいげき撃滅げきめつしなければならない」


 そんなことだろうと思った。

 だが、いまだに事情も不鮮明なままで、灯達はとうとう実戦に参加することになったのだ。巨大ロボットで旧大戦の亡霊と戦うのである。

 やはりまだ、心なしか現実感がない。

 ただ、そのチームの中でリーダーを求められている、それだけはわかった。

 急な話の連続だったが、灯がパイロットを引き受けたのは理由がある。政治家である両親に、強くすすめられたのだ。いつだって灯は、親の求める優等生な自分を優先してきたのだった。

 成太郎のぼんやりとした声は続く。


「D計画第一号は、旧日本帝国海軍きゅうにほんていこくかいぐんが開発した幻の高高度迎撃戦闘機こうこうどげいげきせんとうき……震電しんでん。そこに資料をまとめておいた。エル、皆に配ってくれ」

「はいっ! ダッシュボードの中のこれですね」


 不鮮明な写真が添えられた、機密文書らしきもののコピーだ。

 空を舞う鮮やかな緑色の翼は、大きな日の丸がついている。


「あっ、この写真……逆か。こっちが前なんだ」


 灯は手にした写真をひっくり返す。

 震電とやらは、普通のプロペラ機とは前後が逆のようだ。操縦席の前ではなく、お尻の方にプロペラがついている。

 シャープなデザインはむしろ、ジェット戦闘機を思わせる流麗ささえ感じさせた。

 正直、少し拍子抜けだ。

 巨大ロボットで戦う謎の敵が、ただのプロペラ飛行機だなんて。隣では、緋山霧沙ヒヤマキリサも少しつまらなそうな顔をしている。クレナイすおみはいつもの笑顔だが、どうやら彼女はD計画に関しては、かなりの予備知識を持っているらしかった。

 成太郎は前を見て運転しながら、かいつまんで今後の予定を話す。


すでに厚木基地に砲騎兵ブルームトルーパーは運び込まれている。先程諸君等が言った通りの武装を装備中だ。これを持って、D計画第一号を……震電を撃墜する」

「はいっ! はいはい、はーいっ! 指揮官さん、質問ですっ」

「なんだ、エル」


 助手席から身を乗り出して、エルが手をあげる。


「あのっ、砲騎兵ブルームトルーパーって……飛べるんですよね! ゴォー! ってジェットでズバババー! ですよねっ」

「……基本的に砲騎兵は陸戦兵器だ。飛行能力はない」

「今はないだけですよねっ! じゃあ、大空羽撃はばたくれないの翼とか、そういうのとかと合体するんですよね!」

「その予定はない。だが、相手は最新鋭のF-35Jを瞬殺する強敵だ」

「むむむ……強敵ですか。飛べない、ですか……しゅん」


 飛べないとは少し驚きだ。

 巨大人型兵器という存在は、灯にとっては生活と無縁なもので、その上に興味もないものだ。だが、仲間達の反応は千差万別だった。


「えっ、飛べないの!? それ、んでるじゃん。ボク達、飛べないロボットでどうやって戦うの? ってか、こんな悠長にしてていいのかな。その、えっと……震電? だっけ」

「現在、航空自衛隊が足止めしてくれている。ドッグファイトではキルレシオがまるで違うため、時間稼ぎに作戦内容を切り替えたところだ」


 こうしている今も、自衛隊は必死で戦っている。なんでも、民間に呼びかけ短時間で気球を複数調達したらしい。なるべく人型、人の姿に近い広告用のものだ。それを使って、都心からD計画第一号の誘導には成功したとのことである。


「人の姿に反応するんだっけか、D計画って。でも」

「ええ。勿論、生体データ等を照会して襲ってきますわ。人類を攻撃、抹殺する……それだけがD計画の本能ですの」

「本能ですの、ってすおみさあ……え? じゃあ、自衛隊の人って」

「気球に乗った隊員の方は、さぞかし怖い思いをなさったでしょうね」


 平然とつぶやくすおみの言葉に、誰もが絶句する。

 だが、車が長いトンネルに入ったところで成太郎は小さく溜息ためいきこぼした。そして、ゆっくりと作戦内容を通達してくる。


砲騎兵ブルームトルーパーは飛べないが……

「……え、ちょっと待って。あの、成太郎」

「最後まで聞け、灯。現在、10式戦車改の空挺用装備を改修し、01式マルイチシキ"ムラクモ"に搭載中だ。限界高度は2,000m……その高度に達するまでにパラシュートを開けば、理論上は着陸が可能とされている」

「理論上、って」


 作戦はこうだ。

 航空自衛隊のC130H輸送機にて、高高度へと四騎の砲騎兵ブルームトルーパーを空輸する。そして、誘導されている震電の鼻先へと投下、そのまま自由落下しながら迎撃、撃墜する。


「レシプロ機だからと侮るな。D計画の兵器は基本的に、D障壁ディナイアルシェードと呼ばれる力場りきばを形成している。物理的に攻撃が可能なのは、魔力でD障壁を中和できるお前達と……その力で駆動する砲騎兵ブルームトルーパーだけだ」


 かくして、初めての実戦でいきなりの大博打おおばくちを打つ羽目はめになった。

 灯はすぐに察した……成太郎の立案した作戦、これはもう決定事項なのだと。バックミラーの中で彼は、眠たげな目で皆を見詰めてきた。そこには、不退転の決意という言葉がぴったりの光が見て取れたのだった。






 そして今、フルパワーで上昇するC130H輸送機の貨物室カーゴスペースに灯はいる。コクピットに浮かんだ箒に両脚を揃えて腰掛け、次はクッションかなにかを持ってこようと思っていたところだ。

 あのあと、車中で灯は作戦の細部を成太郎に確認した。

 その中で自然と、再び小隊長をやることになったのは、別にいい。成太郎の作戦も、突飛とっぴで大胆だが、聞けば聞くほど選択肢が少なかったことがうかがえる。彼は少ない時間と限られた装備で、最善の作戦を立てたのだろう。

 その作戦に成太郎自身が参加しないのが、不満と言えば不満だったが。


「さて……じゃあ、いい? みんな。すおみはその長竿ながざおで援護射撃。エルはすおみを守って。私と霧沙で接近して、挟み撃ちみたいな感じでいく。落ち着いて気楽にいこう。失敗しても、第三次世界大戦になるだけだから」


 現実感はないが、そう言われているし、それは事実だろう。

 D計画の存在は秘匿ひとくされている……第二次冷戦だいにじれいせん真っ只中の現在、あらゆる先進国が実は、旧大戦時に非人道的な虐殺兵器を作っていたと公表されては困るからだ。

 また、所属不明の兵器群が地球のどこかで軍事行動を起こせば……疑心暗鬼が二度目の冷戦を終わらせ、三度目の世界大戦を呼ぶのだ。

 装備を再チェックすれば、周囲に光のウィンドウが無数に浮かぶ。

 全て、パイロットであり動力炉である灯の魔力が生み出したものだ。


「……時間みたい。じゃ、行こうか。作戦時間は約5分。無理せず限界高度が近付いたら減速、パラシュートを開くこと。いい? なにかあったら私に言って……なんとかするから」


 貨物室にブザーの音が響く。

 同時に、空の青さが目に飛び込んできた。

 灯は箒にまたがり直して、強く強く握る。イメージをそのまま伝えれば、彼女を乗せた一号機が歩き出した。見渡す限りの空は、眼下に雲海が広がっている。


『灯、あんたが一番気負ってるじゃん? ま、ボクに任せて……こゆ時のためにボクがいるんだからさ』

『そうですよっ、灯先輩っ! みんなのガッツとファイトがあれば、必ず成功しますっ!』

『さ、参りましょう……初陣ういじんですわね』


 四騎の砲騎兵ブルームトルーパーは、続々と空の中へと飛び出した。

 全身の姿勢制御用スラスター、そして背のバーニアには推力がある。だが、砲騎兵ブルームトルーパーを飛ばすだけの力はない……地上でのジャンプや一瞬の滞空等、限定的な機能なのだ。

 それでも、現代に蘇ったはがね防人さきもりは、様々な武器を手に降下していった。

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