第9話 凡人、父と対峙する。

 不意に背中を柔らかい感触が襲った。見ると母さんだった。横にはエリがいる。


「レイ、そろそろ話してくれないかしら? あなたが今日まで経験したこと」

「わかった」


 僕は離れ離れにあったことを話した。狼の群れに襲われたこと、崖下に落下したこと、そこで済んでいた人たちに助けられたこと、そして鍛えられたこと。彼らが神獣であることは話さず、それ以外はできる範囲で話した。


「……今度会わせてもらえないかしら? お礼が言いたいわ」

「無理だと思う。皆人が苦手だから」


 神獣だし仕方ない。


「そうなの。何はともあれ、生きててくれてありがとう」


 いつの間にか回りも静かになり、僕の話を聞いていたようだ。


「そうだな。レイの生への執着と帰還を祝って、乾杯!」

「「「「「かんぱ~い!」」」」」


 何度目かも知らない乾杯をして再び騒がしくなる。


「……レイ」


 振り向くと真剣な顔をした父さんが居た。


「なに? 父さん」

「剣を持て」

「え?」


 宴会をしていた広場の中央が開けられ、家にあった木製の剣を持たされ、父さんと対峙した。


「……来い」

「……わかった」


 僕は剣を右手に持ち、腰を低くして突っ込む。速くなり過ぎないように注意して地面を蹴る。


「!!」


 父さんは僕の動きに驚いたが、すぐに構え直し、迎撃に入った。


「ぐっ……!」


 僕の切り上げた一撃に父さんはたじろいだ。僕は神獣フェル達に教わった通りに体制を崩しに行く。


 父さんの剣に自分の剣を滑らせ、圧していた力を一気に逃がす。父さんはさっきまで抵抗するように圧していたから僕からの力が急に無くなり、前につんのめる。


 横にすり抜ける瞬間に、体重がかかろうとしている父さんの脚を蹴り、踏み込ませないようにする。踏みとどまろうとした足を蹴られ、父さんは勢いそのまま前に転がった。


 そして、立ち上がる直前に僕は剣を父さんの首元に当てる。


「これで決着だよね?」

「……あぁ」


 父さんが負けを認めたことで剣を下ろす。あたりは静まり返っていた。母さんとエリも驚いた表情で固まっている。


「レイが……ガンツさんに、勝っちまった……!」


 相当驚いているらしい。無理もない。これまで村で一番強かったのはガンツ――僕の父さんだ。それを相手に僕は一撃も攻撃を当てさせずに完封したのだ。


 父さんも呆然としていたが、しばらくして立ち上がり、土ぼこりを払った。


「……強くなったな」


 ボソッと、近くにいた僕でも辛うじて聞こえるぐらいの小さな声で呟いた。


「レイ」

「なに? 父さん」


 父さんはいつも以上に顔を厳つくさせてこう言った。


「……この村を出ろ」

「……え?」


 急にどういうことだ?


「お父さん! お兄ちゃんを追い出さないで!」


 エリが父さんにしがみついて抗議している。僕の思考も追いつき、言葉の意味を理解する。


「……そうじゃない。俺は――」

「何が違うの!? ちゃんと説明してよ!」

「それをこれから言うんだから、落ち着きなさい」


 父さんの説明を遮って説明を求めるという矛盾した行動をしているエリを母さんが咎めた。


「……お前の実力はこの村で燻ぶらせるには勿体なさ過ぎる。お前はこれまで村の人達の教育に貢献してきたが、半数以上ができるようになった今では、お前じゃなくても他の者が務めることができる。お前にはそろそろ自分の道を歩んでほしいと思う」


 父さんがここまで長く話すのは聞いたことがなかった。それほどまでに僕のことを考えてくれているのだろう。

「……俺は、お前に世界を知ってほしい。お前のその力はこの世界どこでも通用するだろう。俺は、お前の名が世界に轟くところを見てみたい」


 僕はしばらく考えた。


 村を出て世界を回る。正直悪くないと思う。フェム達と暮らしているときには世界のことを色々聞いて、行ってみたいという気持ちもあった(当時は修行中で外出などは許してくれなかったけど)。


 周囲の皆を見る。驚いた顔のままだが、父さんの話に驚いたわけではないようだ。何人かは父さんの意見を支持するように頷いたりしている。


「本当にいいの?」

「……あぁ」


 念を押して聞くと今度は全員から強い一人を除いて肯定の意が返ってきた。その一人に聞いてみる。


「……ダメなのか? エリ」

「また離れるのは嫌だよ! せっかく帰ってきたのに、すぐどっか行っちゃうんなんて! もっと、一緒にいたいよ!」


 確かに、エリにはとても寂しい思いをさせてしまった。だが、僕の気持ちは既に決まっている。だから――


「エリ。僕は世界を見てみたい」

「お兄ちゃん……」

「だから、一緒に来るかい?」

「え……?」


 今の僕なら誰か一人ぐらいは守ることができる。戦うことは嫌いだが、鍛えられた以上大切なモノ、守りたいモノのために力を振るうと決めている。

 それに、妹に寂しい思いをさせたくなかった。


「それにな? 魔法も教えてもらっているから、帰ろうと思えばすぐに帰ってこれるんだ。付いてくるかどうかはエリが決めるといい。もし、村に残るとしても、十日に一度は帰ってくるから」


 どこかに就職して働くつもりだし、村に仕送りをする予定だ。


「よし! レイの帰還と新たな門出に、乾杯だ!」


 村人の誰かが叫び、皆がそれに呼応する。


 宴会は明け方まで続くのだった。

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