第39話 体育祭文化祭 体育祭編2

 さて、のんびりしてる暇はない。パンを買った俺は、階段を一段飛ばししながら、急いで空き教室へ向かった。


 息を切らしながら、扉を静かに開ける。すると、男子に言い寄られている九条さんがいた。席に座りながら、オロオロと困った様子の九条さん。メーターは空っぽで色も確認できない。


 や、やるしかない!


「く、九条さん! お、お、お待たせっ!」


「あっ、桐崎くんっ!」


 俺の情けなさすぎる呼びかけに、凄く嬉しそうに振り向く九条さん。その瞬間、メーターは一気に満たされて、真っ赤になった。


 なんか嬉しい。と、頬を緩めていると、九条さんに言い寄っていた男子がこっちを睨んできた。ちなみに、この時点で好感度は0だった。


 目をそらしそうになるが、ここで引いたら男が廃る。ゴクリと喉を一回鳴らし、男の目の前へ。


 さ、さあ、どうする……。と、高鳴りまくる心臓を感じていると、男は目をそらし俺の横を通りすぎていった。


 ふ、ふぅ……。正直怖かったわ。争いごとなんて、得意じゃないからな。


 と、胸に手を当て一息付いていると、頬を染め、口角を上げた九条さんが目の前まで来てくれた。


「ありがと!」


「う、うん!」


「ふふ、食べよっか!」


 楽しそうな笑みを浮かべる九条さん。こんなヘタレな姿を見せちゃったのにな。恥ずかしいはずなのに、凄く嬉しかった。


 それから、体育祭午前の部で起きた事を話しながら、お昼を一緒に楽しんだ。


 お昼を終えて外へ向かう途中、九条さんが少し不安そうな顔で、俺に話しかける。


「学年種目、緊張するね。みんなの足、引っ張らないように頑張らないと……」


 学年種目。クラス対抗リレーはその名の通り、クラスメイト全員でリレーを行う競技だ。足を引っ張ってしまえば、クラスメイトからの好感度が、下がってしまうかもしれないという恐ろしい競技なのだ。


「大丈夫! 九条さん、バトンの渡し方良かったしさ!」


 そう言って微笑むと、九条さんは安心したような笑みを浮かべた。


「ありがと。桐崎くん優しいから、私すぐその気になっちゃうな」


「そ、そうかな?」


 照れてしまう。思わず、目をそらして鼻の下をこすってしまう。また目を合わせれば、九条さんは、優しい眼差しを向けてくれていた。


「俺、めちゃ応援するからっ! 頑張ろうね!」


「うん!」


 そして、始まった午後の部。昼食でエネルギーもチャージされ、更に午後一番目の応援合戦の効果も相まってか、みんなの熱気は午前よりも高まっていた。


 午後の種目も白熱し、とうとうやってきた学年種目。まずは一年生の部からだ。七組分の生徒がグラウンド中央に集まるのも、なかなかの光景だ。


 そして、グラウンド中央で二つに分かれ、整列していく。ルールは簡単、一人グラウンド半周、名簿順に走って、アンカーがゴールした順に得点が貰える。


 俺は六番目の走者だ。


 高まる緊張感。美来と春輝はやる気満々といった感じで、楽しそうにストレッチをしている。


 そして……始まった。うちのクラスの第一走者は、五美だ。出だしは、まずまず。七クラス中、三番目。


 俺も奮闘し、取り敢えず順位はキープ。後は春輝や美来といった精鋭に希望を託した。


 男子が走り切ると、次は女子たちにバトンが渡される。もちろん自分のクラスを応援するのだが、九条さんが走っている時は、こっそり九条さんを応援していた。


 如月さん、九条さんにバトン渡す時、楽しそうだったな。


 そして……女子の残り二人までやってきた。俺たち四組は二位。九条さんたちのクラス、六組は一位だ。それと雪村さんのクラス、二組は六位だった。


 残り二人ということもあり、声援は大きくなっていく。近くの美来も、口を大きく開けて、デッカい声を出していた。


 後もう少しでアンカー! このままいけばうちのクラスは二位! いいぞ! ワンチャン、一位もあり得る!


 そう思いながらアンカーに目を移す。すると、二組のレーンに立っている雪村さんの姿が目に移った。


 唇を真っ直ぐに結んで、凄く緊張していそうな表情。今までに見たことのない顔だ。いつも、どこか余裕のありそうな雰囲気の、あの雪村さんが、顔を強張らせている。


 ふと、頭に甦るのは昼休憩の時のあの会話。雪村さんだって、やる気がないわけじゃないはずだ。


 俺が体育祭を楽しもうと言った時、嫌な顔しなかったし、好感度も下がらなかった。むしろ上がったんだ。


 楽しみたいんだ。


 そう思ったら、熱い気持ちが込み上げてきた。俺にできることは、ちっぽけな事だけど一つある!


「頑張れーーっ!!」


 今日一っていうくらいの大きな声援。それを雪村さんに向かって放つ。すると、その声に気付いてくれたのか、雪村さんの視線がこちらを向いた。


 ほんの少しの間だった。雪村さんは再び、後ろへ視線を移すと、バトンを受け取る体勢を取る。俺たちのクラス含め、次々にアンカーへとバトンが渡されていく。それでも、雪村さんは、ただ真っ直ぐに後ろにいる走者を捉えていた。


 そして――


 バトンを受け取った雪村さんは、顔を前へ向けると、勢いよく走りだした。


 一生懸命な表情で、精一杯走るその姿。


 ふと、練習の時の言葉を思い出す。


『あはは……何て言うか、桐崎くん達に、マジな顔とか見せられないし。それに髪型とかも崩したくないなって』


 いつもちゃんとセットされた髪型も崩れている。前の人に追いつこうと、必死になっている。


 俺はその姿をただ、声援という形で精一杯応援した。


 嬉しかった。心の奥底から熱いものが溢れてくる。頑張ってる人って、やっぱりカッコいい。そう強く思った。


 しかし、結果は変わらず。俺たちのクラスは二位。雪村さんのクラスは六位という形で終わった。


 高校生初の体育祭。自分の出る種目も終わり、ちょっと脱力感。テントに戻ると、クラスメイトは、二位という輝かしい結果にハイタッチで喜び合っていた。勝負に厳しい美来もいい笑顔だ。


 一年の学年種目が終わると次は二年生の学年種目が始まった。少しの間、一年生は暇ができる。


 いいタイミングだし、トイレを済ませておこう。


 そう思い、テントをでる。そして、渡り廊下から校舎へ入ろうとした時だった。後ろから声をかけられた。


「桐崎くん」


 振り向けば、そこには雪村さんがいた。眉を八の字にして、どこか落ち着きがない。


「どした?」


「ありがと。嬉しかった」


 そう言って照れ臭そうに笑う雪村さん。応援のことだろうか。俺も嬉しかったからな。自然と笑みが浮かんだ。


「ナイス本気! カッコよかったよ!」


 言った後に少し恥ずかしくなる。それを隠す様にサムズアップすると、雪村さんは小さく頷いた。


「本気出して良かったです。なんかその……心が軽くなりました」


「そっか! やっぱ全身全霊! 本気は大事だね」


 再び笑顔で言ってみる。すると、雪村さんは少し口角を上げた。


「なんですか、その上から目線」


「あはは……ごめん。調子乗りすぎた」


 後頭部をかきながら苦笑い。すると、雪村さんは眉を八の字にして、上目遣いをした。


「ふふ、冗談です。でも、本気になっちゃ、いけないこともあるって、気付けました」


「え? どゆこと?」


 どういうことだろうか? そう疑問を浮かべると、雪村さんイタズラな笑みを浮かべた。


「桐崎くんには、一生分かりませんよっ!」


 そう言って走り去った雪村さん。その頭上を見れば、好感度は99まで上がっていた。


 半端な数字だ……。


 でも、本当に良かった。みんなで楽しんでこその祭り事だから。

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