第2話 なんかハートマークが見えるんだが2

 購買で欲しいパンと飲み物が買えた俺は、美来と春輝がいる元へ戻った。席に座り、パンと飲み物を机に放って、さっきのことを思い出す。


 九条さん、なんであんなに数値高かったんだろう。しかもめちゃくちゃ可愛いし。気になります!


 そんなことを考えていると、脳天に空手チョップが飛んできた。


「いてっ……。何するんだよ」


「あんたね、さっきから呼んでるでしょ! 無視すんじゃいない!」


 頭をさすりながら、目を向ければ美来が不機嫌全開で俺を睨んでいた。すると、その横で春輝が笑い始める。


「ははは、冬馬が上の空とは珍しい。なんかあったのか?」


「いやあのさ、四天王っているじゃん? その一人の九条さんを初めて見たんだけど、すんげー可愛くて。あれはなんとも形容しがたいね」


 そう感慨深げに言うと美来がわざとらしく大きなため息をつく。


「どうせ、相手にされるわけないんだし、ときめくのも程々にしときなよ」


「わ、分かってるわ! って、言ってて悲しくなるわ。俺、そんなに悪いかな?」


「んー、中の中ってとこじゃない? ま、これは幼馴染の贔屓があるから、実際は中の下かもね」


 美来の無慈悲な発言に肩を落とすと、春輝が優しく俺の肩に手を置いた。


「そんな悪くないよ。それに人間、中身だよ」


「お、お前に言われるとトドメにしかならんわ」


 涙目で睨むと、春輝は気まずそうに苦笑いをした。やはり、イケメンって余裕があるというかなんというか。見習いたいね。


 そして、お昼を食べて迎えた午後の授業。四月に買ったお気に入りのシャープペンを走らせ、俺はノートを必死にとっていた。


 すいすい書ける。やはり文房具が違うと勉強の質が上がるかもしれん。


 そんな自己満足に浸っているとチャイムが鳴った。やっと今日の授業が終わったのである。


 椅子の背もたれに体重をかけ伸びていると、美来と春輝が俺の元へやってくる。すると、美来が机の上の俺のシャープを手に取った。


「あれ? 冬馬、シャープ変えた? 消しゴムも新しいね」


「おう! てか、よく分かったな。なんか知らんけど、冬くらいにシャープと消しゴム無くしたんだよね」


「へぇ。ま、どうせベッドの下にでも転がってんでしょ」


「いや、探したけど無かったんだわ」


 そう言うと、美来は興味なさげに「ふーん」と言ってどっかへ行ってしまった。何しにきたんだと疑問を浮かべていると、春輝が俺を呼ぶ。


「冬馬って、シャープ一本しか持たないよな。こだわりでもあるのか?」


「いや、別に。鉛筆もあるし、それにお金勿体無いじゃん」


「ははは、なるほど。まあ、でも予備にもう一本あるといいかもな」


「確かにな」


「んじゃ、今度一緒に買いに行くか」


「おう、行こっか」


 そう言うと、春輝は微笑んで美来の元へ歩いていった。それから掃除、ホームルームを終え、本日の学校は終わり。さあさ、帰りだと廊下を歩いていると、春輝が横に来た。


「一緒に帰ろうぜ」


「おう」


 爽やかイケメンスマイルを向ける春輝。本当、はたから見たらなんで俺と一緒にいるんだってなるだろうな。


 そんなことを考えながら目線を前に向ける。すると、少し先の方に、九条さんがいた。しかも、またも目が合ってしまった。


 解放された窓から入ってくる風に揺れる綺麗な黒髪。その姿はまさに高嶺の花だ。手を伸ばしても届くことのない存在。きっと、恋人だっているだろうし、その人はかっこよくて何でもできる人なんだろうな。でもそれでいい。綺麗な花でも見るだけなら、俺にもできる。


 そんなことを考えながら固まってしまう。まるで俺だけ時間が止まったかのように。と、足を止めていると、春輝が俺の顔を覗き込んだ。


「冬馬? 大丈夫か」


「え? あぁ、大丈夫大丈夫!」


 そう慌てて言うと、春輝は小さく笑った。


「九条さんか。気になるなら話しかけてみたらいいんじゃないか?」


「いやいや、知らん奴にいきなり話しかけられたら、不審がられるだろ」


 そう言ってため息をつく。すると、後ろから春輝を呼ぶ声が聞こえてきた。


「あ、あの七瀬くん。今から、少し時間貰えないかな?」


 緊張した様子の女子。見た感じ俺たちと同じ一年だ。この様子。この展開、分かる。分かるぞ!


「いいよ。冬馬、ごめん。先帰ってて」


「おう、またな」


 こんなことは日常茶飯事だ。別に今更なんの感情も湧いてこない。春輝はイケメンでスタイルも良い。運動だっていつからかは忘れたけど、すごくできるようになってて、本当完璧だ。勉強もできる。女子からすれば、春輝もまた高嶺の花なんだろうな。


 引き止める理由もない。軽く手を挙げると、春輝と声をかけてきた女子はどっかに行ってしまった。


 さて、帰りますか。と、再び前を向く。すると驚くことに、九条さんはまだいた。


 あ、あんなのとこで立ち止まって、何してるんだろう?


 それにまた目が合ってしまった。さすがに合いすぎだ。あんまり見ていると、不快な思いをさせちゃうかもしれない。


 俺は、サッと目を逸らし、早足で九条さんの横を過ぎていった。


 一人歩いて行く帰り道。美来は委員があるって言ってたしな。一人で歩いていると、余計なことを考えてしまう。春輝、また断るのかな。


 家に着いた俺は、取り敢えずリビングの椅子に腰掛ける。今日も疲れたなと、勢いよく座るとギシッと音が鳴った。リモコンを手に取り、テレビをつける。流れるニュースを何も考えずに脳内に流し込んでいく。すると、気になるニュースが飛び込んできた。いつも他人事のように見ていたニュースに初めて食いついてしまった。


『昨日、研究施設より逃げ出した蚊について、未だ情報がありません』


 淡々と原稿を読み上げるニュースキャスターがさらに続ける。


『逃げ出した蚊は全身がピンク色とのことです。この蚊に刺されると、次の症状が出るとのことです。まず第一段階として、他人の頭上に自分に対する好感度を示すハートマークが出現するとのことです。そして……』


 ま、マジか。今朝の事を思い出す。確か、潰した蚊は全身ピンク色だったはず。それに今日はすれ違う人、みんなにハートマークが付いていた。それに……こ、好感度だと? てことはやはり、近しい人ほど数値が高いという俺の予想は合っている気がする。


 ……いや、しかしそれだと九条さんの好感度が100っていうのはどういうことなんだ? 接触した事ないのに好感度が高いっておかしいだろ。ま、まぁ、未知の生物だし、研究施設がうんたらって言ってたし、バグもあるんだろう。そうに違いない。


 混乱する頭を冷やそうと、椅子から立ちあがる。そしてテレビを切って自室に向かった。鞄を放り投げて、ベッドにダイブ。そして枕に顔を半分埋めながら、片手でスマホを操作し、インターネットを開いて検索ワードを何気なく打ち込んでみる。


【好感度 とは】


 何やってんだ俺!!


 こんなことをしている自分が恥ずかしくなって、枕に顔を思いっきり埋める。ふと頭に浮かぶのは、風に吹かれる九条さんの立ち姿。


 本当綺麗だったな。バグかもしれないとはいえ、好感度が高いって出ちゃうと気になる。春輝が言ってたように、話しかけるだけならいいのかな。話してみたいな。


 その日の夜はそんなことばっかり頭に浮かんで、何も手につかない状態だった。


 また明日、見ることができればな。そんなワクワクとした気持ちを胸に、俺は掛け布団を強く抱きしめて眠りについた。

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