好感度が見えるようになったんだが、ヒロインがカンストしている件

小牧亮介

第一章 第一症状

第1話 なんかハートマークが見えるんだが1

 蚊というのは何故、こうも謎な行動をするのか。普段は腕とか、ふくらはぎ辺りを刺してくるくせに、人が寝ていると耳元を飛び始める。あの羽音が実に不快で、発狂したくなるのは俺だけじゃないはずだ。


 そして今、その事態が発生している。プーンという音のせいで寝つけない俺は布団を被ってその場をしのいだのであった。


 そして、迎えた朝。布団から体を起こし、覚醒するまでの間ボーッとする。すると、腕に何か違和感が走った。目線だけを移すと、蚊が一匹止まっている。


 こいつが昨日のやつか。いざ、勝負。自称音速の張り手を繰り出す。ぬんっ! ……手応えはありだ。


 ゆっくりと手を離すと、手のひらで蚊が潰れていた。


 イエスっ! 討ち取ったり。そんな満足感に浸りながら、もう一度蚊に目を移す。すると、またも違和感が。


 この蚊、見たことない色してんな。


 そう、本当変わった色をしている。真っピンクなのだ。普通、蚊って言ったら、白黒のシマシマタイプか、小汚い黄土色タイプだったような。


 ま、こんなのもいるんだなと、潰れた蚊をゴミ箱に捨ててリビングに向かった。


 リビングに着くと、朝ごはんのいい匂いと、母さんのご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。声のする方に向かって「おはよー」と挨拶をすると、母さんがキッチンから顔だけをのぞかせる。


「おはよー」


 ご機嫌な笑顔の母さん。が、しかし、そんな母さんの様子なんてどうでもよくなるくらいの衝撃が俺に走った。


「か、母さん、頭の上のそれ、何?」


「え、なんか付いてる?」


「い、いや、そのハートマーク!」


 そう、母さんの頭上にハートマークが浮いているのだ。しかもそのハートの中央には97という数字が書かれている。


 震える声で指摘すると、母さんは頭の上で手をヒラヒラ動かす。しかし、その手はハートの中を通過する。まるでホログラムに触れようとしている感じだ。


 マジでなんなんだこれ……。と狼狽えていると、母さんが薄めた目で俺を睨む。


「あんた、寝ぼけるのも大概にしときなさいよ。ささ、早く支度、支度。美来ちゃん迎えに来てくれるんでしょ?」


「え? ああ! はいはい」


 母さんのハートマークは一旦忘れて、朝ごはんを食べる。味覚は普通だ。美味しい。そして、支度を終えた俺は元気よく玄関の扉を開けた。


「おはよ、冬馬」


「おっす、美来。……って、えぇっ?!」


 またも雷に打たれたような衝撃が走る。なんと、目の前にいる幼馴染、浅宮あさみや美来みくの頭上にもハートマークが浮いているのだ。しかも数値は100。これはいったいなんなんだ。


 と、驚いていると美来は大きなため息をつく。そして、額に手を当て、首を横に振った。


「あのさ、朝から何? ゴールデンウィークボケも大概にしときなさい」


「い、いや。頭の上のそれ、なんだよ」


「はあ? なんかいるの?」


「いやいや、そのハート!」


 そう言って美来も母さんと同じように頭上で手を動かす。しかし、ハートには触れられないようだ。美来は手を下ろすと、目を薄め蔑視の眼差しを向けてくる。


「はぁ……。なんか変な物でも食べたの? まっ、いいや、早く行こ」


「う、うっす!」


 そう言って美来は長い黒髪をなびかせ、俺に背を向けた。そして、二人並んで学校までの道を歩いていく。


 しかし、美来も朝から容赦ない言いようだ。昔っからそうだ。男勝りで、女の子らしい遊びをしてるとこなんて見たことがない。しかし、見た目は良いらしく、そこそこにモテるらしい。彼氏ができたなんて話は聞いたことないけど。


 と、そんなこんなで学校に着き、我がクラス一年四組へ入る。すると、もう一人の幼馴染、七瀬ななせ春輝はるきが軽く手を挙げた。


「よっ、遅かったな」


「お、お前もか……」


 七瀬春輝は、俺の中で一番の友人だ。俺と違って容姿は完璧で、小さい頃から告白されない日を見たことがないくらい人気がある。そして、この高校に入学してからも、そのイケメン力は発揮されていた。春輝は同学年のみならず、上級生にまで声をかけられるほど人気があるのだ。


 だが、なんだ、これは。春輝の頭上にもハートマークがある。しかも数値は100。なぜか背筋が凍る。


 俺が口角を引きつらせていると、春輝は不思議そうな顔をして俺と美来の元へ来た。高身長にワックスでセットされた栗色の髪、そして端正な顔立ち。そんなハイスペックマンが顔を近づけてくる。


「どうした?」


「いやね、朝からこんなんなのよ。ほっとけほっとけ」


 そう言って美来が春輝を引っ張っていく。そして二人が去って視界が開けた今、俺は絶望する。なんと、教室内にいるやつ全員の頭上にハートマークが浮いているのだ。


 こ、これはなんなんだ。知らぬ間に変な薬でも盛られたのか?!


 キョロキョロと忙しく辺りを見渡す。落ち着いて見てみると、大概の人たちの数値は30。仲の良いやつは、60〜80後半である事に気が付いた。


 もしかすると、近しい人ほど数値が高いのかもしれない。段々と状況の判断はできてきた。しかし、原因は分からない。


 落ち着け、落ち着くんだ、桐崎きりさき冬馬とうま。ただハートマークが見えているだけだ。幽霊だとか恐ろしいものが見えてるわけじゃない。実害なしだ。


 そう自分に言い聞かせ、冷静に一時限目の用意をする。授業が始まると、やってくるのが先生というものであり、先生達の数値は40〜50あたりと微妙なものだった。


 そして迎えた昼休憩。ここまで来ると、だいぶ慣れてきた感がある。すれ違う人達の数値がいくつだとか、あまり気にならなくなってきた。


 さて、今日は購買に行きますか。そう心の中で呟いて席を立つと、美来と春輝が俺の元に来る。俺達、幼馴染組は毎日のようにお昼を共にしているのだ。二人は弁当ということなので、先に食べててくれと言い残し、俺は廊下に出た。


 相変わらずハートマークばかりだなと考えながら廊下を歩いていく。すると、クラスの中でも割と親しい友人が俺の肩に腕を回してきた。


「よっす! 購買か?」


「おう。一緒に行くか?」


「いいぜ。てか、本当俺達の代は当たりだよなー!」


「急にどうしたんだよ」


 友人が握り拳を震わせ、嬉しさかは知らないが噛み締めている。


「いやいや、四天王の話! マジで可愛いよな! 目の保養とかいうレベルじゃねーよ。贅沢を言うならば一緒のクラスが良かったよなー」


 四天王。その単語だけは聞いたことがある。なんでも俺達の学年で、トップレベルで可愛いと噂されている女子四人の総称なんだとか。誰が決めたのかは知らないけど。


「あー、その話か。たまにその話聞くけど、俺見たことないんだわ」


「は? お前は馬鹿か! 俺達のハイスクールライフが始まって、もう一ヶ月以上経ってるんだぞ。怠慢もいい加減にしとけよな」


「いや、そんなこと言われても……」


 そう顔を引きつらせていると、友人はため息をつきながら、前を向く。すると、友人の顔つきが変わった。なにか珍しい物でも発見したかのような顔だ。


「お、おい、噂をすれば四天王の一人、九条くじょう桃華ももかちゃんがいるぞ!」


 そう言って友人が指差した方に視線を向ける。そこには肩にかかるくらいの黒髪で、大きな目と柔らかな雰囲気を感じさせる顔立ちが特徴の女子がいた。なんとも品のあるオーラだ。


 確かに可愛い。四天王っていうのもうなずけるな。……って、えっ?!


 目線を少し上にズラすと、今日一番の衝撃が脳内に叩きつけられた。


 待て待て。これはどういう事だ?!


 なんと、四天王の一人、九条桃華さんの頭上に浮かぶハートマークに100の数値が刻まれているのだ。


 この数値。俺の予想では近しい人間度を表す物だったはず。たが、九条さんが100とはどういう事だ? 俺は九条さんと話したこともないし、なんなら存在も知らなかったわけだし。


 このハートマークの数値は、もっと別の意味があるのか?


 混乱しまくった。もう一度、九条さんの方を見てみる。すると、ヤバイことに目がバッチリ合ってしまった。気まずい! しかし、九条さんはサッと目を逸らす。


 見過ぎだかもしれん。マジで申し訳ない。


 一度立ち止まり深呼吸をしてみる。混乱してても仕方がない。この数値が何だろうと、別に何かが起こるわけでもないのだ。


 横では友人が変なものを見る目を向けていたが、俺は何事も無かったかのように、再び購買に向かって足を進めた。


 しかし、九条さんか……。可愛いな。

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