第42話愛の誓いは三夜目に

 そんな事件があってから数年が経ち、

藤原定家ふじわらのさだいえ式子内親王しょくしないしんのうの仲は進展し、

と秘密の結婚をするまでになった。


「ぼくはあなたのもとに今宵から三夜続けて通います。

 一緒に暮らせないのはつらいですが、

 ぼくの気持ちが真剣であると知っていただきたいのです。」

と顔を赤らめて告げた定家の顔は

強い意志を感じさせた。

この時代、三日間続けて男が恋仲である女のもとに通うと

結婚が成立するという慣習だった。

それなのに・・・。


定家あいつ、まだ来ないのか!おっそいな!

 姫宮様があんなに落ち込んでおられるではないか!」

と竜寿御前はイライラしながら

定家の到着を待ちわびていた。

気が立っているので言葉遣いも荒くなっている。


「ああ、わたしはだまされていた!

 あの人に愛されていると浮かれていた

 自分を呪いたい!」

と美しい目に涙をためて文机ふづくえ

突っ伏している式子内親王しょくしないしんのうのあでやかな姿を

竜寿御前はじっと見つめていた。


「もしやわが不肖の弟は心変わりしたのだろうか!?

 期待をもたせたあげく、三日目の夜を

 すっぽかす世間の人でなしどもと

 同じ種類の男だったなんて!

 わたしが男だったら、あなただけを

 一途に愛し続ける自信がある。

 決してそんな風にあなたを悲しませたりは

 しないのに。今だって定家あいつより

 わたしの方があなたのことを慕っていると

 今ここで打ち明けてしまえたら!

 いえいえ、この身が女である以上、

 この恋は死ぬまで心の奥底に沈めておかなくては。」

と竜寿御前は主君と別な理由で取り乱していたのである。


 ちょうどそのころ、定家はむくつけき武人に

羽交い絞めにされ、もがいていた。


「離してくれ!姫宮様がぼくをお待ちしているのだ!

 今夜どうしても行かなければならない約束なんだ!」

と声を限りにわめいていたが


「うるせえ!おまえなんかが幸せになるのは許せない!

 わが一族は幼帝とともに海の藻屑と消えたが、

 おれの姫宮様への想いはいつまでも消えはしない!

 だから誰にも渡さない!」

とわめく声に定家は聞き覚えがあった。


「あんた、平重衡たいらのしげひらの怨霊か!?

 都落ちする日に告白してきっぱりフラれたくせして

 往生際が悪いんだよ!」

と定家は相手を怒鳴りつけた。

 かつて宮中でみやびな貴公子として

華やかな青春を過ごした男は

南都焼き討ちで東大寺の大仏まで焼き払った

せいで処刑され、今では落ち武者姿の

悪霊になり果てていた。


「よりによって何でおまえみたいな中途半端な才能しかない

 へぼ歌詠みなんかにあの方がなびいたのだ!

 絶対に邪魔してやる!」

と重衡は口から青い炎を吐いて

定家を攻撃したが、突然現れた騎馬武者に

蹴散らされた。人の恋路を邪魔すると

馬に蹴られるということわざ通りである。


「テイカ、大丈夫か!?」

というりりしい武人の声はまぎれもなく

以仁王もちひとおうのものだった。


「高倉宮様!都を離れていたのでは?」

と定家は当然の疑問を口にした。


「もう平家の脅威も去ったし、こっそり戻ってきたのだ。

 戦いに明け暮れて元の暮らしはつまらなくて

 馬に乗って野山を駆け回っていたのだ。」

と日に焼けてたくましくなった以仁王はからから笑った。


「姫宮様がさぞお喜びになるでしょう!」

と定家は言った。


「早く後ろに乗ってくれ!」

と以仁王は馬に乗るよう定家を促した。

瞬く間に御所につくと、


「さあ、早く妹のもとに行って

 結婚を完了させてくれ!

 今頃裏切られたと早とちりして

 泣いているに違いない!」

と言うなり、馬もろとも以仁王は姿を消した。


「一体どうしてあの方がぼくたちの

 約束を知っていたのだろう?」

と不思議がりながら定家は式子内親王の

もとへと急いだ。

 

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