第40話年下の叔母

 それから数年後、定家さだいえ式子内親王しょくしないしんのうの仲があやしいと

噂になり始めた。二人の歌詠みは

毎日のように会っていたので、

そう勘ぐられても仕方がなかった。


「妹が藤原定家ふじわらのさだいえとかいう歌人と恋仲であると

 噂になっているようですが、

 放っておいてよいのでしょうか?

 そもそも内親王が臣下と恋愛するなど以ての外です。

 しかも現役ではないとはいえ、

 あれは神に仕える斎院だった身で・・・。」

守覚法親王しゅかくほうしんのうは父親の後白河院と

差し向かいになったときにそのことを告げ口した。


「皇女だって人間だから恋ぐらいしても仕方ないさ。

 神様もそんなにうるさいこと言わないだろ。

 父親であるわしが、いつまでも生きていて

 守ってやれるわけではないからなあ。

 上の娘たちには適当な配偶者を見つけられなかったが、

 末の姫宮(第六皇女、覲子きんし内親王)を孫のきさき

 にしようかと考えておる。幸い、姫宮と

 年の近い皇子が4人もいるのでな。」

と胸の内を明かした。


「ええっ!本当ですか!

 叔母と甥で結婚してもうまくいかない

 ことが多いのに大丈夫なんですか?」

と守覚は故高松院の二の舞になるのではないかという

懸念を口にした。

 後白河院の異母妹、姝子しゅし内親王は甥の二条天皇の

皇后となったが、後に離別して高松院という

院号を宣下されたのであった。


「ああ、本当だとも。わしはもう年だから

 まだ幼い姫宮が大人になるまで

 生きられそうもない。か弱い女の身で

 独り身のままのこされたら

 さぞかし苦労することだろう。

 だからそうならないように

 早く身を固めさせたいのだ。」

と言いながら、後白河院は末娘を

かわいくて仕方がないという顔で見た。


「か弱いかなあ?どう見てもそうはみえないけど。」

と守覚は末の妹の気の強さを思い出して

嘆息した。


「お兄ちゃん、遊びましょ!」

と言いながら、覲子は後に安徳天皇と呼ばれることになる

幼帝に近づいて行った。


「叔母宮よ、ちんはおまえの兄になった覚えはないぞ!

 それにもう女子のままごとには飽き飽きじゃ!」

と女の子みたいな顔の幼帝はわざとつっけんどんに言った。


「お兄ちゃん、その呼び方やめてって

 いつも言ってるでしょ!」

と幼帝から見ると年下の叔母である覲子は

ほっぺたを膨らませてむくれた。


「朕はそなたの甥だから叔母と呼ぶのは当たり前だ。」

と幼帝は年下の叔母をからかった。


「じゃあ、今日は主上が好きなことして遊びましょう。」

と覲子は言った。


「うん。まりでもついて競争しよう!」

と言うと、幼帝は女房にまりをもってこさせ、

年の近い叔母と甥は仲良く遊び始めた。


「どうかね?あの二人、お似合いだとは思わんかね?」

と後白河院は覲子の生母、高階栄子たかしなえいしに尋ねたが、


「平家の血を引く主上と娘をめあわせるのはちょっと・・・。」

と栄子は難色をしめした。栄子の前夫、

平業房たいらのなりふさは平清盛の起こした

治承じしょう三年の政変の時に流罪に処せられた上、

殺されていたのだ。


「そうか。すまない。業房があんなことに

 なったというのに少し無神経だったかな。

 末姫の夫はほかの皇子の中から探そう。」

と後白河院はあっさりこの縁組をあきらめた。

 そうとは知らず、


「わたし、大きくなったら主上のお嫁さんになる!」

と覲子はまりをつきながら叫ぶと

かわいらしい顔をさっと赤らめた。


「ははは!まだちっちゃいから無理だよ!」

と言いながら幼帝は満更でもなさそうだった。

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