第31話守覚法親王、千里眼でのぞき行為をする


 仁和寺御室にんなじおむろ守覚法親王しゅかくほうしんのうは千里眼を使うため、

例の水を満たした器をのぞきこんでいた。

「おや、今から風呂に入るところか。お肌が真っ白で美しいな。

 ぼくの大事な牛若丸ちゃん。もし君が困っているときは

 愚僧が何でもしてあげちゃうよ。」

 守覚が熱心に見つめているのは源義経みなもとのよしつねの入浴姿だ。

義経の父、義朝よしともは平治の乱(1159年)で平清盛に敗れて死に、

赤子だった九男の義経は常盤御前ときわごぜんに抱かれて雪の中をさまよった。鞍馬寺くらまでらを脱走した義経は奥州おうしゅう藤原氏を頼り、

陸奥の国で成長した。

 その後、1180年(治承4年)11月に富士川の戦いで

平維盛を破った異母兄、源頼朝みなもとのよりともと対面した義経はその配下に加わった。いくさの天才と呼ばれる義経の武将としての活躍が始まろうとしていた。

 牛若丸うしわかまるは義経の幼名である。

千人一の美女といわれた雑仕女ぞうしめ

常盤の息子なのだからさぞ美形なのかと思いきや、

ちびで猫背での卑しい顔つきなのである。

 義経は、戦の際に名乗りを上げている途中の平家方の

武将に矢を射かけたり、壇ノ浦の戦いで非戦闘員である

船頭を射殺すなどの逸脱行為を繰り返した卑怯者である。

たで食う虫も好き好きとはこのことか。

 突然、本堂の仏像が真っ二つに割れて

妖狐が飛び出してきたので

守覚は仰天してしりもちをついた。

「そんな下品な目的で使うためにその器を

 貸したんじゃありませんよ!返してもらいます!」

と妖狐は目を吊り上げて叫ぶと器を守覚の手からひったくった。

「すまぬ。つい、美青年に見とれてしまった。

 これからは平家を倒すために情勢を探る目的で

 しかその器を使わないと約束する。」

と耳まで真っ赤になって守覚は弁解した。

「まあ、今度ばかりは許してあげます。」

というと妖狐はさっと消えてしまった。

さっき壊れた仏像はもとのようにすました顔で

鎮座していた。

「あれ?仏さまがなんともない。よかった。」

と守覚は胸をなでおろした。

「それにしても弟(以仁王)の奴、

 今までどこで何をしていたのか全然覚えていなかった

 が妖狐に何かされたんじゃないか。もし記憶が戻れば

 平家を滅ぼすための手がかりがつかめるかもしれぬ。」

と守覚は考え込んでいた。

 お気に入りの竜寿りゅうじゅの様子が変なので式子内親王しょくしないしんのうは心配していた。

「わたしはあなたのことを妹のように

 思っているのだからわたしに悩みを打ち明けてほしいの。」

と式子は慰めたが、竜寿は何も答えずに泣いてばかりいた。

式子は熟睡していて例の騒ぎに気づかなかったのだ。

「姫様のお慕いしている兄宮のことを悪く言ったら、

 信じてもらえず、わたしは嫌われるんじゃないかしら。」

と心配して竜寿はだまっていたのである。

 一人で物思いにふけっている式子のところに

定家さだいえが訪ねてきた。

「あんなことをしてしまい、申し訳ありませんでした。

 あなたをお慕いするあまりあのような無礼を…。」

と定家は以仁王もちひとおうに化けて式子をだましたことをわびたが

「帰ってちょうだい。顔も見たくないわ。」

と式子は御簾みすの向こうですねていた。

 そこにひきこもっているので退屈していた

兄の以仁王もちひとおうが入ってきて、

「これこれ、妹よ、テイカにそう冷たい態度を取るでない。

 ところで色白で丸ぽちゃのあのかわいいおなごは誰かね。」

と以仁王は竜寿の顔かたちを描写した。

定家は真っ青になり

「それは僕の姉だ!」

と絶叫した。

 王は定家のあばたがいっぱいの不細工な顔をまじまじと見つめ、

「にとらんな。」

と一言つぶやいた。

 式子は思わずふきだした。定家は

「大変だ。うちの姉さんが宮様のおてつきにされちゃう。

 今夜あたり見張りにこないと危ないかも。」

と冷や汗を流していた。


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