第25話定家、以仁王に化けて式子を誘惑しようとたくらむ

「宮様(式子しょくし)にお目通りを果たして

 名前をおぼえていただいたが、

 もっと近づく方法はないものか。」

定家さだいえは恋に焦がれてじりじりしていた。

「あの方(式子)は前におれに会ったことが

 あると果たして気づいているのだろうか。

 おれはここ最近、声変わりして背も伸びたし。」

 ある日、定家はとんでもない悪だくみを思いついた。

「ねえ、僕は君の助けを借りて何度も動物に化けたけど、

 人間にも化けられるんだよね?」

と傍らでせっせと着物を縫っている妖狐に

話しかけた。

「ええ、できないことはありませんよ。

 わたしも先日、故人である乳母うばに化けて

 姫様(式子)をお慰めして差し上げました。」

「ええっ、本当か、それはよかった。

 ところで君は狐のくせに裁縫の腕前は

 玄人くろうとはだしで助かるなあ。

 任氏伝に出てくる狐女とは大違いだ。」

と唐の時代の伝奇小説に出てくる美女に化けた狐

と比べて定家は感心していた。任氏は縫物ができず、

既製服を買って着ていたという。

「もっとも、任氏と違って君は

 たいして美人じゃないのが残念だけど。」

と定家は妖狐の顔を見ながら言った。

「なにか、言いましたか?」

と狐はムッとした様子で定家をにらみつけた。

「以前、絶世の美人に化けたら

 大勢の殿方に言い寄られて大変だから懲りたのよ。

 だから月に帰るとうそをついて逃げたの。」

と竹取物語を彷彿ほうふつとさせることを述べたが、

定家は心に浮かんだ計画をどう話そうか考えて込んでいて、

返事をしなかった。

 ややあって、

「僕、高倉宮様(以仁王もちひとおうのこと)に化けて

 姫様を慰めてあげたいのだけど。」

と言ったので、狐は動機にうさんくさいものを感じた。

「ははあ、実の兄弟に化けて抱きつこうとか

 痴漢目的なのね。30歳近くなったら

 いくら兄弟仲が良くてもべたべたくっついたりしませんよ。」

と憤慨した。

「違うよ。高倉宮様がご無事だと知らせて安心させてあげたいんだよ。

 どうやら平家方に殺されたらしいとのうわさで

 姫様がふさぎこんでいると姉上(竜寿御前、式子に仕える女房)

 から聞いて心配しているんだ。」

と定家は言い訳を並べたが、

「やっぱり本心を見抜かれたか。再会を喜ぶふりして

 姫様と抱き合おうと思ったのに。」

と冷や汗を流していた。

「よろしいでしょう。では、さっそく変身の術を

 使って、高倉宮様に化けましょう。」

というと、狐は呪文を唱えて華麗な扇を

ひらめかせた。

 一瞬ののちに、定家の姿は以仁王そのものに変わっていた。

「やった!これで姫様を喜ばせられる!」

と叫んで定家は表に飛び出した。

「ばかね。どうなるか見てなさい!

 たっぷりお灸をすえてやるんだから!」

と一人部屋に残った妖狐は定家をあざ笑った。

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