第22話 定家タイムスリップして幼い式子に出会う

 藤原定家ふじわらのさだいえは17歳になっていたが、想い人、式子内親王しょくしないしんのうの兄である

以仁王もちひとおうがどうやら平家によって殺されたらしいという

噂を耳にして驚いた。

「姫様が心配だ。さぞ悲しんでいるだろうな。

 お兄さんのことずいぶん慕っていたもの。

 おれが慰めてあげれば少しは

 好いてもらえるかな?もしかしたらお兄さんの代わりになれるかも。」

などと都合のいい妄想に夢中になるあまり、

足元の注意がおろそかになり、川にざぶんと落ちてしまった。

「ひゃあっ!冷たい!」

と思って浮かび上がろうとしたが、浅い流れのはずなのに

どんどん体が深みに沈んでいく。

「どうなってるんだ、もうおしまいだ!」

と慌ててもがくうち、定家は気を失ってしまった。

 しばらくして、定家は意識を取り戻した。

「ここは極楽浄土かな?おれはたいして悪いことしていないし。」

と思ってあたりをみまわしたが、どうやら違うようだ。

空を見上げると、雲のない満天の星空だった。

時間が遅いのか、人気がなく、あたりは静まり返っていた。

「あれ!さっきまでいたところと全然違うぞ。

 それにもう夜になっている。」

と思った。その上どういうわけか服もそれほど濡れていなかった。

 しばらくして、がやがやと人声がして

定家は慌てて茂みの中に隠れた。

5,6人くらいの集団がにぎやかに

おしゃべりしながら目の前を通っていった。

その中に、3歳くらいの娘と5歳くらいの少年の手を引いている

若い父親がいた。2人の小さな子供の顔に定家は見覚えがあった。

「どっかで見たことのある子たちだな。誰だっけ。

 あれ!よく見たら、あの女の子、姫宮様(式子のこと)にそっくりだ!

 あの男の子は高倉宮様(以仁王のこと)そっくりじゃないか。

 もしや、おれは過去の世界に迷い込んでしまったのか。」

 定家が気づいた通り、幼い少女は式子だった。

斎院卜定さいいんぼくじょうと同時に内親王宣下ないしんのうせんげされたため、

 このときはまだ女王の身分であった。)

式子と以仁王の父である後白河院は

お忍びでたびたび御所を抜け出すことで有名だったが、

どういうわけかこの日は

気まぐれに以仁王と式子女王の兄妹を伴っていたのだ。

「姫や、兄宮は近々お寺に入らなければならないから、

 もうすぐお別れするのだよ。

 今のうちにいっぱい思い出を作っておくのだよ。」

と後白河院が式子に言い聞かせた。

「いやだ!お父様の意地悪!」

と叫ぶと泣きながら、幼い式子女王はどこかに走り去ってしまった。

「お待ちください!姫様!」

といいながら、伴の者たちが慌てて追いかけたが

あっという間に見失っておろおろしていた。

 後白河院親子も

「おーい、姫や、どこに隠れているのだ。」

と言いながら、半狂乱になって探し回っていた。

定家もどさくさにまぎれて一緒に探していた。

「お前は誰だ。」

と院に問われ、おそるおそる、

「通りすがりの者ですが、お困りになっておられるようなので

 お力になれればと・・・。」

と定家は答えた。

「あまり役に立ちそうもないが、まあいいか。」

と思った後白河院は定家の好きなようにさせた。

「まだ見つからないのか!おまえたち、何をしておる!」

と院は伴の者たちに八つ当たりし、

「神隠しにでもあったのか?ゆゆしき事態じゃ。たまには

 御所の外の景色を見せてやろうと外に連れ出したばっかりに・・・。」

とおろおろしていた。

 実は泣きながら式子女王が曲がり角まで走ってきたとき、

急になぞの人影が物陰から現れていきなり式子を抱き上げて

連れ去ってしまったのだ。

「離して!お父様!お兄様!助けて!」

とわめく幼女を抱えて少年は風のように走り去った。

 定家が人気のない夜道をうろうろしていると、

小柄な男性が近づいてきた。少し怖くなった定家は

「あんた、誰なんだ?おれにいったい何の用だ。」

と震え声で尋ねた。

「あれれ?わたくしがおわかりになりませんか?」

と答える声は女性だったので定家は面食らった。

顔をよく見ると、男装した妖狐だった。

「わたしがなぜここにいるか聞かないでくれたら

 姫宮様を捜すのに協力しますよ。」

と妖狐は定家に耳打ちした。

「わかった。やっぱりあの子は子供の頃の姫宮様だったんだね。」

と定家が答えるや否や、姿をはつかねずみに替えられた定家は

妖狐の袖の中に押し込められた。

そのまま妖狐は家々の屋根を飛び移りながら、

誘拐犯のあとを追って走り出した。


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る