第14話姉の憂鬱

 翌朝、いつになく沈んでいる式子の様子を見て、竜寿は

「お顔色が優れませぬが、どうかなさいました?」

と心配した。

「昨日の夜、懐かしいお方が夢に現れたので

 取り乱してしまったよ。」

と式子が言った。式子の夢に出てきたのは昔の恋人か何かだろうかと

竜寿は好奇心をそそられたが、さすがに誰だったのか尋ねるわけにもいかず、

「それはそれは・・・。」

とだけ言った。ややあって、式子が

「そなたの初恋はいつだった?」

と言ったので、竜寿は赤くなり、どう答えていいか困ってしまった。

その様子を見た式子は笑って、話題を替えた。

「すまぬ。少しからかっただけじゃ。無理に答えないでよろしい。

 ところで、そなたには弟がいるそうだが、

 是非一度ここに連れてきなさい。そなたの父の話では歌詠みとして

 見どころがあるそうではないか。」

こういわれて、竜寿はどきりとした。しかし顔色には出さず、

「はい。もったいなき仰せ、まことにありがとうございます。」

と言ったが、もし式子と親しくなったら、

弟が暴走するのではないかと少し不安になった。

「女の私から見てもとてもお美しい方じゃ。

 直接お会いした定家が我を忘れて無礼なふるまいをする

 ようなことがあったらどうしよう。

 もっとも、父と一緒だし、御簾ごしの対面だから

 近づくこともできないでしょう。

 どうか取り越し苦労でありますように。」

 定家は18歳になっていたが、父の俊成の口から

式子の御所に招かれたという知らせを聞くと、

小躍りして喜んだ。

「わあい。ついに正々堂々と宮様にお近づきになれる。」

と自分に好意をもたれたかのように受け取ってはしゃいでいたが、

妖狐がすかさず、

「身分の差をお忘れになったのですか?

 くれぐれも失礼なふるまいをしてはいけませんよ。」

とたしなめた。

「はいはい、わかってますよ。どうせ顔が不細工だから

 僕が皇族や摂家の御曹司だったとしても相手にされるわけないもんね。」

と言って定家はすねてみせたのだった。



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