第14話 酒場にて伝説は産まれる


「お前に決闘を申し込む」


「良いだろう承った」


 互いに歩き出す二人。オークと天馬、二人は初対面だったがそれだけで十分だった。必要以上に言葉を交わす必要すらない。偉大なる筋肉が二人もいる以上どちらが上か優劣を比べたくなるのは必然なのだ。


 そう、ここが王都から離れた町だとか天馬が生活費を稼ぐ為のクエストの帰りだとかオークの下腿三頭筋がえげつない程発達しているとかそういった事は全て些事なのだ。


 250cmの恵まれた体躯と200kgという体重から漢を見下ろすオークのオク。車のボディーか何か?と聞きたくなる様な重厚な腹筋と女の腰よりも太い腕を組みながらオクは熟考する。


 オークはこの町を愛していた。亜人だと言って自らを侮辱したりせず受け入れてくれたこの町の住民を愛していた。オクという産みの親が三秒で考えた様な己の名前すらも愛していた。


 だから彼は肉体をこれでもかと鍛え上げた。オークの名に恥じぬ立派なマッチョになるべく。その甲斐もあってか今では見る者全てが振り返る強靭なるマッチョになっていた。


 故に許せない。この町に筋肉は二人とはいらないと言わんばかりに天馬を睨みつける。彼のはち切れんばかりの肉体が目前のマッスルボディーを拒絶してしまう。こうなったならば仕方ない、どちらが上か決着をつけねば気が済まない。それがマッスリストの生き方なのだ。


 そうして彼らは近くの酒場へと入り込む。夕暮れ時、まさしくこれから酒場が賑わう時間である。ぼちぼちと人が集まり始めるこの時間帯に日暮れの穏やかな橙色の夕日が2つの筋肉を包み込む。





「ホットミルク、ダブルで頼む」


瞬間、天馬は心臓が止まりそうになった。


 店内に入り椅子に座るや否や店長に対して即座に注文をするオク。メニューも店員の顔も見ずの注文【ノールック・オーダー】という離れ業を成し遂げたのだ。その注文内容も凄まじい。酒場に来てミルクを頼む等異端にも程が有るだろう。


 言うまでもない事だが筋肉とミルクは相性が良い。筋肉=プロテイン、プロテイン=ミルクという図式が成り立つ以上筋肉=プロテインという公式がなりたつのは太陽が東から上るのと同じくらい自明の理なのだ。


 ミルクを頼むという体にも筋肉にも優しいその選択は彼が常日頃筋肉の事を考えて行動しているという事を意味しているに他ならない。ミルクの真価をこの世界において既に理解しているとは。天馬は背筋に衝撃が走るのを感じた。


「お前は何にするんだ」


 余裕に満ちた表情のオク。だが、そんな彼の余裕も一瞬で溶け去った。



「ステーキ盛り合わせ……ステーキ抜きで頼むよ」


 瞬間、オクは心臓が止まりそうになった。


 それもう只の野菜盛り合わせじゃねーか、そう突っ込むのは一般人だけである。オクは天馬の発言の奥深さを理解したのだ。


 成人男性は一日に2300〜2500kcalを消費する。一方ボディビルダーは一日に3500calを消費すると言われている。成人男性の1,5倍のエネルギーを消費するのである。そう、筋肉とは存在しているだけで多量のカロリーを消費しているのだ。筋肉の成長にはカロリーが不可欠である。摂取カロリーが消費カロリーを上回っていなければ筋肉は発達しないのだ。


 だがビルダーが多量に食べてはならない時期が有る。そう、大会やコンテストがあるオンシーズンの時である。この時は普段の食事量を制限し己に取ってベストな筋肉を維持しなければならない。それがどれほどの苦痛であり困難か。食欲をコントロールする事は性欲を凌駕する事にも匹敵する。計画外の肉は口にしない、等それを遵守出来る男が世にどれ程いるのか。それをこの漢は…まさか今この瞬間、この日常がオンシーズンだとでも言う気か?


 それだけではないステーキを頼む事はステーキの値段で野菜を食べる事にもなる。つまり店の売り上げにもきちんと貢献しているのだ。初めてきたこの店の店主にも筋肉にも優しいこの男の配慮。その思いやりからは海のような底深い慈愛を感じさせ、オクに対して重い槍となって突き刺さる。



この漢…できるな


図らずも二人の筋肉が以心伝心し合った頃、酒場のドアが勢い良く開くではないか。入って来たのは民からの評判が最悪な悪徳貴族であった。


「貴族が来たのだ、ふさわしい厚遇をしろ下民ども」


 浅ましい笑みをしながら周囲を物色するかのように見回す貴族。そんな貴族に誰もが目を背ける。誰だって関わりたくないのだ、貴族を怒らせてしまってはどんな罰を受けてしまうか。だが運悪く、漢は美女を見つけてしまう。その踊り子は抵抗をする物の悪徳貴族の前には意味をなさなかった。


「ほう、なかなかの女だ」


「や、やめて下さい…」


「平民だが我慢してやるか、どれ今夜は私の相手をしてもらおうかな」


 下衆びた笑いをしながら踊り子である女の腰に手を回す貴族。露出した肌、柔らかな巨乳に思わず性欲に塗れた顔で女を舐め回すように見てしまう。そんな男の手を振り払おうとする踊り子。彼女は必死に周囲に助けを求めようとするが酒場の客は誰1人助けてはくれなかった。


「い、嫌です!お願いですから」


「平民が私に逆らうのか?ぐふふ」


「だ、誰か助けて!いやぁああ!」


 抱きしめられ逃げられない踊り子の女。このまま彼女は貴族に犯されてしまうのか。そんな貴族と女の前に1人の筋肉が立ち上がった。


「ちょっと待ちな」


 瞬間、悪徳貴族は心臓が止まりそうになった。


 オークのなんと逞しい肉体か。大胸筋を振るわせてオクは貴族の元へと詰め寄った。そのあまりのフィジカル差に驚愕する貴族。


「な、なんだ亜人の分際で私に逆らうのか!」


 オクに対して声を張り上げる貴族。しかしその声も恐怖のあまり震えてしまっていた。なおも貴族を睨み続けるオク。そんなオクの態度に貴族は自らへの暴力の気配を感じてしまう。




オクが腕を振り上げた


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る