第13話 トイレに行く度に死にかける男

 『アクアロッド』という魔道具がある


 長棒の形状をしたそれの外見は孫の手に似ているだろうか。要所に凝った装飾やボタンのような物も取り付けられている。これは主にトイレで使われる魔道具であり、魔力を消費する事で棒の先端から水流と温風が出てくるという仕組みなのだ。そう、この世界においての温水洗浄便座の役割を果たすのである。


 トイレで大をした後に手を触れる必要も汚す必要も無く誰でも手軽に臀部の清潔さを保つ事ができる。この画期的な利便さが人々の心を鷲掴みにした。瞬く間にアクアロッドはロングセラー商品となり人々のケツと清潔さを支え続けたのだ。


 そんな便利グッズが魔力消費たったの1で使えるのだとにこやかに説明する店員の笑顔に対してこわばった微笑で返答する天馬。


 魔力消費1、それは全人類にとっては負担では無くてもこの総魔力値2の男に取っては鬼門となる。これが何を意味するか。そう、この主人公がトイレで用を足す度に死にかけなければならないという事である。まさに【前門の虎、後門の狼】ならぬ【前門の棒、肛門の棒】なのである。




「………………」


 全ての事情を理解しつつそれを黙って見つめるタンとシエル。なんという事だろう。全人類のケツと清潔さを保つ為に生み出された大ヒット商品がとある異世界人を瀕死にさせてしまう等と誰が予想できるのか。



「これはきっと運命なのだろう」


 飲食店のドアを開き、空をそっと仰ぎ見る。晴れ渡る青空を眺めながら男はそっと語る。


「何故私がこの世界に来たのか。その意味をずっと考えていた」


 これ迄聞いた事のない男の本心からの吐露。その告白を見つめ続ける姉と弟。あくびをする野良猫。通り過ぎる野良犬。



「私がここに来たのも回復という魔法属性な事も…パンツ一丁な事にもきっと意味が有るはずだ」


「パンツ一丁に意味はないと思うわよ」


「きっと全ては神の思し召しなのだろう」


「天馬さん…僕は……」


「全ての事には意味が有る。きっと私の魔力値がオケラ並な事にも。ならば私は受け入れよう」



私は世界を旅したい

世界中の、筋肉と指のささくれに悩む人間を助けたいんだ



 空を仰ぎながら清々しい顔をする天馬。どことなく吹っ切れたようなその表情。本心からの笑顔に思わず釣られて笑顔になってしまうタン。そんな奇特な人間がいるか、と突っ込みたくなるのを我慢するシエル。


「僕も…頑張ろうって思います」


「…うむ、お互い頑張ろう」


 お互いに笑顔で握手を交わす。そう、彼らはここで一時のお別れなのだ。互いの離別を惜しむ筋肉とショタ。それを見つめる少女。あくびをする野良猫。



かつてこれほど迄に空しい冒険者の誕生があっただろうか。


哀愁に拭かれる筋肉の姿がそこにはあった。

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