第5話墓参り

 翌日、学校が終わるとしずくはいつも通り、


今日使った教科書とノートをランドセルに入れてしっかりと背負った。


(重いものを持つなと言ったってねえ・・・。


 今まで由紀の分まで持ってやってたのに。)


図工の材料や、傘を持っていかなければならない日に、


「これおも~い、お姉ちゃん、持ってよ~」


と、小鳥のさえずるような声で由紀に言われると、


ついつい甘やかして言いなりになってしまうのだった。


 また、しずくはそうじの時間には人の二倍の数の机を運んだ。


誰も運びたがらない、置き勉している生徒の机も一生懸命運んだ。


それは全教科の教科書やノートなどの中身が入ったままでずっしりと重かった。


しかし、そうやって体を動かして働いているとき、


しずくは自分の存在意義を見つけたような気がしてうれしかったのだ。


(あれも体に悪かったのだろうか。仕方ない。これからは机を運ぶ量を減らそう。


 でも置き勉だけは絶対にしないぞ。


 病気だからってなんで自分を甘やかす必要がある?)


 しかし、由紀の死によるショックで長らく勉強が手につかなかった


せいで生じたブランクは大きく、しずくは第一志望の中学に落ち、


ただひとつ合格した、滑り止めに受けた中学に入学することに決まった。


 しずくは由紀が一番好きな色だったピンクの花とカステラをもって


由紀の墓参りに行き、墓前でぼそぼそと近況を報告した。


隣の墓は手入れされておらず雑草が伸びて荒れ放題だった。


頭上に広がる、どんよりと曇った鉛色の空に、大きなカラスが


不吉な声で鳴きながらわがもの顔に飛びまわっていた。


その陰気なリズムが頭の中にこだまするせいで、


しずくは余計に気が滅入っていた。


焼き場で拾った由紀の骨はとても小さかった。


体が小さかったため、ほとんど灰になってしまっていたのだ。


小さいときからどこに行くにもずっと一緒で、


よく知っていたあの由紀が、こんな小さな欠片になってしまったとは、


にわかには信じられなかった。


本当に悲しいときに限って涙は出ないのだと、しずくはその時初めて知った。


あんなに元気いっぱいで、希望に満ちあふれていた少女が、こんなさびしい場所に


眠っているのだとはにわかに信じられなかった。


今までのできごとはみな、長い悪夢で、


「おねえちゃ~ん!わたし今まで隠れんぼしてたの!」


と、舌っ足らずな声でしゃべりながら、


由紀が今にも墓石の陰から飛び出してくるのではないかとさえ思えた。


(病気になったのも、中学受験に失敗したのも


 由紀を死なせてしまった天罰だろうか・・・。)


としずくは思ったがすぐに考え直した。


(いやいや、由紀が生きていたころから、わたしは肩が上がりっぱなしで


 姿勢が悪いとよく言われていたんだった。生まれたときから、病気だったのなら


 天罰ではないのか。いや、由紀が死んでしまったことが


 天罰なのかもしれない。でもわたしが何をしたから


 罰を受けなければならないの?)


 するとだしぬけにおなかが鳴った。時計を見るともう午後二時だった。


そういえば朝から何も食べないでバスでここまで来たのだった。


すでに小学校を卒業してしまい、暇になってだらだら過ごしていたせいか、


時間の感覚がおかしくなっていた。


(ああ、おなか減った。でも近くにコンビニもなさそうだし、


 由紀には悪いけど、このカステラ食べちゃおう。


 お供えしてもどうせカラスに食べられちゃうだろうし。)


 事実、その墓地の供え物のほとんどはカラスによって喰い荒されていた。


しずくは由紀の墓に向かって手を合わせて謝罪の意思を示したあと、


あっという間にカステラをむしゃむしゃ食べてしまった。 


「それにしても、毎日お父さんもお母さんも終電で帰ってくるから


 ここのところ一日中誰とも話さない日ばっかり続いている。


 ほんとうにもう、なんのために生きているんだかわからなくなる。


 ああ、由紀が生きていてくれたなら・・・。」


と、しずくは自分でも気づかないうちに独りごとを言っていた。


 上空のカラスは近くの木にとまっていて身動き一つしなかった。


その姿はまるで、孤独なしずくの独白に聞き耳を傾けているかのようだった。

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