第十三話 「あ、お久しぶりですお婆様」



 ――――ちょいと面倒な一日だった。


 アベルなら、今日をそう評しただろう。


 イレインなら後に振り返り、人生の転機だと。


 多くの街人にとっては、身近に危機を感じた日であり。


 そしてまた、リーシュアリアにとっても。少し、少しだけ変わった日であった。


 ミリーが重傷を負った瞬間から、少し時を戻そう。


 その日、いつもの様にギルドで仕事を手伝い、表面上は笑顔で、裏では遊んでいるアベルに文句たらたらな彼女であったが。


 昼休憩を目前に、受付業務から離れる事となった。


 ヴィオラに、呼び出されたからだ。


 呼びに来た気にた女男、もといパトラと連れだって中に入ると、そこには思いも寄らぬ人物が立っていた。


「久しぶりね、リーシュアリア」


「――――お婆様」


 お婆様と呼ばれた人物は、それと相反する様に若々しい姿の少女。


 顔立ちや髪色などに、血縁を思わせるよく似た印象を伺わせたが。


 胸の大きさと背の高さの違いから、姉妹で通用するのだが。


 どう見てもリーシュアリアより若い、十代後半の容姿なのだが。


 そう、彼女は紛れもなくリーシュアリアより遙か年上、数百年生きているエルフのヴィオラより長生きの『お婆様』なのだ。


 これで自称『人間』なのだから、世の中理不尽である。


「…………お変わりない様で安心しましたわ、お婆様。長らく連絡を断って申し訳在りません」


「うふふっ、仕方ないわ。事情が事情ですもの。それに便りが無いのは元気な証拠。そ・れ・に――――」


 堅い顔をするリーシュアリアに、お婆様。


 その名を『アイ』という少女老婆は、彼女近づくき背伸びをしてぎゅっと抱きしめた。


「アリアちゃんは、まだまだ新婚さんですものね。ね、ね、子供は出来た? まだ? まだなら色々解決してくれるお薬があるんだけど」


「いえ、お婆様。私達はその様な関係では…………」


「照れちゃって、もう。アベルちゃんは、出立する前にちゃぁんと、お嫁に貰いますからって挨拶して言ったわよ?」


「~~~~っ!? アベルぅ…………!」


 嬉しいやら悲しいやら恥ずかしいやら、リーシュアリアは顔を真っ赤にして拳をぷるぷるさせる。


 実を言うと、アイは確かに血縁の筈なのだが、お婆様というのは正確な呼び名ではない。


 何せ、かつてリーシュアリアが姫をしていた亡国の、建国当時から存在するらしい。


 所謂、――――ご先祖様、なのだ。


 余談だが、アベルの家系にも彼女の血が入っており、彼が頭が上がらない人物の一人であったりする。


 ともあれ。


 折角の再会であるが、話がまったく進まないとヴィオラが咳払い。


「本当はもっとお喋りしたいし、家にお邪魔したい所なんだけどね。今日はその為に来たんじゃないんです」


 アイの言葉にリーシュアリアも正気に戻り、皆で席に着く。


 かの少女老婆は世話焼きな所もあるが、何より血族の『宿願』というモノに忠実だ。


 それに、今はアベルの妹の側で、共に歩んでいると聞く。


 そんな彼女が、今ここに居ると言う事は――――。


「まず結論から。…………プルガトリオが動いたわ」


「――――っ!?」


 遂に此処まで、とうとう、そんな言葉の飲み込んでリーシュアリアは唇を噛んだ。


「そう怖い顔をしないの、アベルちゃんに愛想…………は尽かされないか。あの子なら、そんな顔も綺麗だって言いそうね」


「お婆様――――」


「はいはい、御免なさいね。年を取ると話が余計な所に脱線してしまって…………。ええ、話を戻しましょう」


 アイは、リラックス、リラックス、と彼女に笑いかける。


「今回私が来たのは他でも無いわ。こないだの『天獄への道』の調査の事よ」


「お婆様が担当していたんですかっ!?」


「ええ、偶然手空きだったから。でもそれが幸いだった――――あの人の痕跡があったから」


 あの人とは、プルガトリオの首領の事だった。


 リーシュアリアの血族は、かの組織、かの人との闘争を。遠い過去から、そして国が滅んだ今の時代でも。


「組織が貴女の事に気付いた様子は無いわ、それに。仮に気付いても手出しはしないでしょう」


 アイの言葉の根拠は解らなかったが、その言葉はリーシュアリアに安心を与えた。


 彼女の言うことなら、間違いない。


(あの時来てくれたのがお婆様なら、私は――――)


 思わず、過去を振り返りそうになったが、今はそんな場合ではない。


「私が目的では無く、そしてお婆様が直々にいらっしゃる事…………――――っ! ヴィオラ様!?」


「ええ、そういう事よアリアちゃん。アイ様がいらっしゃった目的は『警告』よ」


「警告!? ディアーレンで何かが起きるというのっ!?」


 ヴィオラの言葉に、パトラが顔を強ばらせた。


「ラッセル商会がこの街に拠点を移したのは把握している? 恐らく彼女はそれを利用して――――」


 ――――その時であった。



「誰かっ! 治癒魔法を使える者は居ないかっ! 子供が一人死にそうなんだっ! 誰か――――っ!」



「この声っ! 旦那様っ!?」


「――――どうやら一歩遅かった様ですね」


 アイはすくっと立ち上がると早足で歩き出し、他の三人も続く。


 そして彼女は一階に着くなり、声を張り上げた。



「私が見ますっ! 彼女を床にそっと置いて、関係者以外は立ち入り禁止を。――――ヴィオラ、結界符を渡します、彼処に人を遣って最悪は封鎖を」



 アイは虚空から長方形の紙を取り出しながら、ミリーの治療を始めた。





 ギルドに駆け込んだ直後、正直に言ってアベルは

落胆した。


 一階にたむろする冒険者達の中に、治癒魔法を可能とする者が居なかったからだ。


(今から呼び出して連れてきて、どの位かかる? その前にギルド所蔵の治療用魔法薬を――――今のコイツに耐えられる体力が残って?)


 駄目元で挑戦するべきか、アベルに諦めと焦燥が浮かぶ。


 だが、それは直ぐに覆された。



「――――アイ様っ!? 何で此処、いや、ミリーを頼みます」


「ええ、お婆ちゃんに任せなさい」


 彼女は外見年齢にしては、少し貧そうな胸をトンと叩いて安心する様にと、微笑んだ。


 アイはアベルが知る中で、一番の治癒魔法の使い手だ。


 もう、心配は要らない。


 彼女は死亡直後なら、蘇生すら可能とするのだ。


「あ、アニキっ! ――――ぜぇ、ぜぇ、み、ミリーはっ!」


「遅い、落ち着け。んで、ガキ共は?」


 追いついてきたガルシアが、息も絶え絶えにアベルに縋る。


 彼はミリーを心配そうに見ながら呼吸を整えると、アイを気にしながら答えた。


「イレインちゃんと共に、こっちに向かってきます…………」


「運が良かったな、他の奴なら手遅れになってた所だ」


「――――そんなに、ですか?」


 それは、ミリーの容態とアイの治癒の実力、その両方への言葉だった。


 アベルはガルシアの肩をぽんぽんと叩き、安心させる言葉をかける中、幼い少女が命を落とさずに済んだ事へ、安堵するヴィオラは職員に指示を出す。


「医務室は空いてますね! 一段落したらそっちに移します、治癒魔法の使い手の用意も、至急!」


「は、はいっ! 直ちにっ!」


 職員達が慌ただしくし始めたその時、軽装の冒険者が一人、駆け込むと同時に叫ぶ。


「ヴィオラ支部長! ラッセル商会は駄目です! しかし、結界魔法で封鎖を完了しました」


「アニキっ!? それってっ!」


 アベルは険しい顔で頷いた。


 ミリーの命は助かったが、どうやら厄介な事態に発展しているらしい。


 どう動くか、そう思案する前に、アイがヴィオラに告げる。


「あの結界は数時間持ちます、魔獣の出入りは防げますが、人の出入りは阻害しません」


「協力、感謝しますわ。――――これより一時間後、緊急討伐依頼を出します。詳細はその時に、今この街に居る冒険者だけでいいです、皆は声をかけておいてください」


 その途端、ディアーレン支部は慌ただしく活動を始めた。


 職員達は、各種手配と書類を。


 冒険者達は仲間を呼びに、そして装備を取りに。


 アベルもまた、視線でリーシュアリアに合図を送り装備を取りに行かせる。


 辺境の田舎街に、戦場の空気が流れようとしていた。


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