第十一話 「嫌な予感がする、外れてくれていればいいが……」



 過剰な乱獲による、狩り場の一時使用不能。


 とはいえ大型新人がやらかす事態としては、良く聞く話であり。


 中級以上の冒険者は苦笑いですまし、行商人は喜ぶ。


 報酬の行方といえば、イレインは人生至上初の大金。


 銀貨三千枚に、喜び半分戸惑い半分。その殆どをギルドに預け。


 ガルシア達は残念な事に、取り分である銀貨千枚、必要経費を除きその殆どをラッセル商会に持って行かれた。


 幸いといえば、奴隷達の食事の質が上がった事と、一週間の休暇が与えられた事。


 これは、イレインの討伐禁止令に合わせ、ガルシアが商会と交渉した結果だった。


 ともあれ、討伐翌日から三日後の事である。


 アベルがサボりも兼ねて、イレインがミリーに合うのに同行し、倉庫という名の一軒家で一時を過ごしていた頃。


 街の南西部側、大通りから少し離れた場所のラッセル商会では、ある異変が起きていた。


「――――っ!? 襲げ――――ガッ!?」


「糞っ! 用心棒何して――――あぁっ!?」


「早くっ! ラッセル様に知らせて――――づぁっあああああああっ!? お、俺の腕がぁあああああああああああっ!」


「チィっ! 小娘一人に何やってやがるっ!」


 最初は、世間知らずの貴族の娘が奴隷を買いにきたのだと、誰もが思った。


 背中まで延ばした黒よりの赤黄色の髪、赤いドレスを彩る金糸の刺繍は、見事な蝶の文様。


 異国情緒溢れる顔立ちに、ふくよかな胸。


 護衛が一人すら居らず、もしかすると言葉すら覚束ない異国の貴族令嬢、――――つまりはカモ。


 ガラの悪い用心棒が鼻の下を延ばし、番頭は頭をヘコヘコさせながら舌なめずり。


 相場より高く売りつけるか、それとも商品に、あるいは盗賊に横流しして身代金を。


 辺境に流れてきた三流悪党商会の考える事は、概ねそんな所だったし。


 彼らは自分達の成功を疑う事すらしなかった。


 ――――だが。


「触るな、愚かな人間共め」


 鎧袖一触と、はこの事だったのだろう。


 柔らかな栗毛の貴族の少女は、自分の身の丈程もある白い剣。


 詳しい者が見たら極東の刀、――――大太刀。


 柄や鞘が白ければ、刀身まで真白なそれを片手で振り回し、瞬きする間も無く近くに居た三人を無力化。


「おうおう嬢ちゃん! ここが何処だか解って――――ぁ」


「ラッセル商会、そうだな? …………ふん、主は上の階か」


 少し奥に位置し難を逃れるも、彼我の戦力差が理解出来ない従業員の首を落とす。


 ――――あえて生かされた最初の三人は、痛みと、何かに浸食される様な恐怖で動けない。


 美しい少女の姿をした殺戮者は、階段を探す最中、ついでと言わんばかりに奥の奴隷達を切っていく。


 誰もがみな一様に、致命傷だけを免れていた。


 少女はさほどの時間も必要とせず、三階部分を丸ごと使用したラッセルの部屋までたどり着き、そして。


「――――言った筈だなラッセル。バカな事は考えるなと」


「ひ、ひぃいいいいいいっ! あなっ、貴女様はっ! プルガトリオの――――ひぃっ! はい、黙りますうううううううっ!」


 階下の騒ぎを聞き、即座に金庫から貴金属類を持ち出し、逃走の準備を始めていたラッセルは。


 その喉元に剣先を突きつけられて、震えながらバンザイ。


「それでいい、…………聞け」


 少女は来た時と同じく、不機嫌そうな表情を崩さぬまま、溜息を吐き出す。


「私達、プルガトリオは身内を大切にする。――――それが、お前達の様などうしようもなく頭が悪い悪党でも、一度縁を切った相手でも、だ」


 苛立ち紛れに、少女はラッセルの首の皮を切って遊ぶ。


 ラッセルは恐怖に打ち振るえ、その贅肉だらけの腹も揺れた。


「まったく、余計な事をしてくれたな。お前達が組織の名を騙ったお陰で、こちらも潜伏場所を一つ失ってしまった」


 今度は太刀の先を右肩に向け、ズサリと突き刺す。


「~~~~~~~っぁ!?」


 ラッセルが辛うじて声を上げなかったのは、組織の凶悪さを知っているからだった。


 金と暴力を拠り所にする悪党程、それがより大きいモノに弱い。


 そんな彼の様子に何一つ心動かされる事無く、少女は続けた。


「本来ならば、罰を与えたい所だが…………なぁ、知っているか? お前達、ギルドに睨まれているぞ? しかも相手は――――『処刑人』だ」


「!?」


 ラッセルは驚愕した。


 ギルドが動くのが早すぎる、そして――――処刑人。


 それは只の噂では無かったのか、と。


 そんな彼の表情を読み、プルガトリオから来た少女は嘲笑した。


「なんだ、知らなかったか? 今は無き異端審問共の生き残りが、このディアーレンに居る事を」


 ラッセルが聞いた話では、人類の異端審問の担っていた某国は五年以上も前に、プルガトリオによって滅ぼされている。


 生き残りは、誰一人居ないとも。


「だからこれは、最後の情けだ。――――一日、一日だけ猶予をやろう」


 少女はラッセルの肩から、刀を引き抜く。


「名誉ある自死か、全てを捨て、忘れ、この街から逃げ出すか。――――よく考えろ」


 そして少女は、足音一つ無く、振り返る事もなく去っていった。


 ラッセルは暫く呆然とし、正気を取り戻した後は猛烈に行動を始めた。


 逃げ出すのだ、今すぐに。


「おい、生きてるか!? 今すぐこの街を出る準備をしろおおおおおおおっ! 傷の治療は後だ! 命がおしければ――――っ! ちぃ人手が足りんか、おいっ! 誰か倉庫行って、商品連れてこいっ! 繰り返させるなっ! 今すぐだ――――っ!」


 一時、沈黙の中にあった奴隷商会が、途端に慌ただしく活動を始める。


 自分たちの傷跡が、黒く、黒く変色し始めている事にも気づかずに。


 放っておかれた奴隷達が、人在らざる何かへ、変貌を始めているのに気づかずに。


 その光景を少し離れた建物の屋根の上で、少女は感じ取っていた。


「――――これだからお前は愚かなんだ。その内に眠る、他者への激しい憎悪。そこに自ら気づきさえしていれば、私も。――――ああ、せめて。最後に役だってくれよ」


 そして少女は、虚空に溶ける様に消えた。


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