第七話 「苦労してんなお前、でも……解ってるだろうな?」



「ガルシアよ、間違った薬は決して作るなよ」


「わかった、お爺さまっ!」


 祖父とそんな言葉を交わしたのは、何年前だっただろうか。


 ガルシアは今、三尾犬の群を前にぼんやり考えた。


(ちくしょう! 祖父さん、約束って中々守れないもんだよねぇ…………)


 祖父が死去し、ぼんくら親父が歴史ある家を傾けて数年。


(行き着く先が悪徳奴隷商の手先って、オレもついてないなぁ)


 何時になったら、こんな生活から抜け出せるのか。


 整った顔立ちを歪めて溜息を一つ、そんなガルシアを見かねて、側付き奴隷のミリーが声をかけた。


「――――ご主人様、もう少しで敵が。指示をください」


「わかってらぁい! おう! このガルシア様の奴隷ちゃんたち! 準備はいいかっ!」


 叫ぶガルシアに、先頭に居る盾持ちの奴隷少年二人が声を張り上げる。


「ご主人様! もっとやる気だしてくれよ! こっちは怖いんだからさぁ!」


「来る! 来るから! 晩ご飯は大盛りの約束は守ってくれよご主人さまっ!」


 ガルシアの主人の命令は、この奴隷達を冒険者として育てる事、そして名を上げて商会の宣伝をする事。


 もう一つ、禄でもない事があるが、それは今考える事では無い。


「俺の作った魔法薬、『天獄への道』は飲んだだろうな! 飲んでさえいれば、これくらいは耐えられる! 踏ん張れよ! それから罠組! 今から三つ数えたら起動させろ。――――ひとつ! ふたつ! みっつ!」


 ガルシアの指示の下、罠が作動し、魔法による土壁が取り囲む様に発生。


 出入り口は狭く、横は一匹のみが入れる大きさだ。


「いくら数が多くても、これなら一匹一匹を楽に殺せる! 前衛班前へ、魔法班、ミリーび合図があるまで待機。解体班はまだ動くなよっ!」


「ガルシア様の作戦通りに、勝てます! ――――あたしも前衛に、いいですよねガルシア様」


「行ってこいミリー、けど怪我すんじゃねぇぞ」


「はいガルシア様――――!」


 前に出る、ポニーテールの可憐な少女を眺めながら、ガルシアはため息をついた。


 彼自身、まだ十二分に大人とはいえない年齢だが、貴族として教育は受けている。


(ガキにガキ任せて、有名になってこいって。しかも今回も稼ぎは九割持って行かれんだろ? やっていけねぇって!)


 不幸中の幸いは、思ったより戦える者が多かった事、魔法が使える者が複数人いた事、親が猟師の子が獲物の解体方法を知っていた事。


(食うには困らないけどなぁ。何時までも持たねぇって、これ)


 とはいえ、奴隷商会に実家が多額の借金をしている以上、命令に逆らう事など出来ない。


(こっちが破綻する前に、どうにかあっちが破綻してくれりゃあ、逃げ出すなり何なり出来るんだけどなぁ…………)


 所詮は無いもの強請りだ。


 従業員の噂を信じるなら、ガルシアを使う奴隷商会は今、非常に苦しい経営状態にあるらしい。


(たしか、プルガなんとかとか言う秘密結社に手を切られたんだっけか? その腹いせにその名前使って悪評流すとかさぁ。しかも実行犯はオレとか)


 やはり実家を出奔し、悪友の勧め通り女衒にでもなっていればよかっただろうか。


 後悔と未練に肩を下ろしつつ、ガルシアは覗き口から、三尾犬の残頭数を確認する。


「取りあえずは上出来、後は時間の問題か。――――おい、解体班! 保存食作りすっから、『隠し』の分量をいつもより多めにしとけっ!」


「いいんですかガルシア様?」


「念のためだミリー、上にはオレから言い訳しておく」


 事情は解らないが、食料が増えるという認識をした奴隷達は、和気藹々と解体の速度を上げる。


「ったく、まだまだガキだなぁ。――――まだ戦闘中だ! 気を抜くなよ!」


 はーい、という元気な声を耳にしながら、ガルシアも加勢に出る。


(最悪、ミリーだけでも連れて逃げっかなぁ。というか将来美人に育ちそうだし、いつか紐にしてくれないものか)


 上から監視目的で与えられた、黒髪美少女の奴隷。


 そんな彼女が拙くも懸命に戦う姿に、ガルシアはまた溜息を付いた。





(ほう…………あんなガキ共大勢引き連れて良くやる)


 アベル達がその場に到着した時には、戦闘は終わり。


 土壁の囲いも無くなって、子供達が獲物の解体作業をしていた。


 その中で、一番整った装備をしている少年に近づく。


「よぉ、ご同業! 調子はどうだい?」


「アンタは確か…………? この街のギルド教官だったか? 何故こんな――――ああ、引率って所か」


「見ない顔だが、この街は初めてか?」


「ああ、一昨日来たばっかですよ。――もしかしたら世話になるかもしれません。そんときは宜しくお願いします。それで、何かご用でも?」


 ガルシアの態度は一見、友好的に見えたが。ちらちらと奴隷達を気にしていた。


 それに、後ろめたい事があるのか、何処か言葉が堅い。


(――――取りあえず、イレインを投入するか)


 ガルシアの扱いが悪いなら、奴隷と接触されるのは避けるだろう。


(ガキの顔色はいい、少し栄養が足りないようだが、雰囲気も悪くない)


 アベルはそわそわしているイレインを前に押し出し、ガルシアに言った。


「俺はアベル、んでコイツはイレイン。――――そこの黒髪の子の幼馴染みなんだ。少しでいいから話をさせてやってもいいかな?」


「――――ああ、キミがイレインか。ミリーからよく聞いてる、あの子は一番の親友だって。こっちも後は帰るだけだし構わないよ」


「ありがとうございますっ! ――――ミリー! ミリー!」


「――――イレイン! イレインなのねっ! 会いたかった!」


 ぱっと顔を明るくし、駆け出すイレインと、同じく駆け出すミリー。


 二人が抱擁しあう姿を眺めながら、引率者の片割れは自己紹介した。


「そうそう、名乗るのが遅れた。オレはガルシア、このパーティのリーダーをやってる。よろしくアベルさん」


「よろしく、ガルシア。――――このガキ共全員、アンタの奴隷かい? 随分と儲かってるんだな」


「そんなんじゃないさ。ヤツらを一人前の冒険者に育てるように言われている、ただの雇われだよオレは」


 その言葉に自嘲の響きを感じたアベルだが、目的はミリーの状況の確認だ。


(後は二人の問題だ、もし『買う』なら資金援助ぐらいはしてやろう)


 それ故、あたり差し障りの無い事を言うに、留めておく事にする。


「雇われって事は、上はどっかの奴隷商会か? あのミリーって子を買うかもしれないから、名前を教えておいてくれ」


「ミリーは高いですよ、こっちとしても買われると痛いんだけど、オレに決定権がある訳じゃないからなぁ…………」


 心底残念そうにするガルシアに、アベルは苦笑しつつ、ある事に気付いた。


「ま、可能性の話だ――――と、そろそろ門が閉まっちまうな」


 夕刻を過ぎ、日が落ちると門は閉鎖され野宿が待っている。


 アベルの様に市民であるなら、割り増しされた通行税を払い通る事も出来るが、可能な限り避けたい事態だ。


「アンタ達さえよければ、一緒にギルドまでどうだ? ミリーも喜ぶだろう」


「ああ、感謝する。――――イレイン、ギルドに戻るぞっ!」


「テメェら終わったな! 日が暮れる前に帰るぞ!」


 戦闘はミリーとイレインが、ガルシアとアベルは最後尾にて談話しながら歩き始める。


「――――にしてもアベルさん、えらく大漁だなぁ。たった二人で、それには…………」


 眼帯と隻腕を遠慮がちに見ながらも、興味を隠せないガルシアに、アベルは苦笑しながら答える。


「昔の事だ、遠慮しなくていい。今回の事はイレインが思ったより優秀でな。――――信じられるか? これが初めての実践なんだぜ?」


「ハァ!? マジでっ!? いくらアベルさんが教官だからって、え、どうやったんです!?」


「俺がしたのは、獲物の誘導だけさ。後はイレインが纏めてドカンとな」


「…………はぁ~~。天才って居るんですねぇ羨ましいなぁ」


 ちくしょう、とブツブツ呟くガルシアの背中を、アベルはバシバシ叩いた。


「そう嘆くなって、お前も凄いじゃねぇか。あんなガキ共の寄せ集めで、――――見たところ一人も死なせてねぇんだろう? こんだけ狩れりゃあ上出来じゃねぇか」


 戦闘を全部を見ていた訳では無いが、アベルはガルシアの才をある程度は見抜いていた。


(ガキ共が慕って、よく動いている。少なくとも人を率いる才はあるな。冒険者としては普通だが、年を考えたらまずまず)


 冒険者は基本、横のつながりだ。


 であるからして、有望な者と知己になっていて損は無い。


 近い内に、晩飯でも奢ろうと考えいる最中、ガルシアは思い出した様に手を叩いた。


「あっ、そうそう。時にアベルさん、『魔法薬』入りません? ウチの奴らにも飲ませてて、そのお陰でこの大漁と、実績はお墨付きなんですよ」


「奴隷商会は魔法薬も販売してんのか? 手広くやってんなぁ。質が良いなら、ギルドに商会してやってもいいぜ」


「ホントですかっ! いやぁ、半分ぐらいオレの小遣い稼ぎみたいなモンで、ガキ共の食費の足しにしてるんですよ」


 アベルの言葉に、気を良くしたガルシアは腰の道具袋から『緑色』の丸薬を取り出す。


「なんでもプルガなんちゃら、って所から回ってきたレシピでオレが作らされてるんですけど。――――『天獄への道』っていう、凄く効果の高い魔法薬なんですよ」



「――――へぇ。聞いたことのねぇ薬だな」



 その瞬間、アベルの目は細く鋭くなる。


(――――よし、コイツは殺そう)


 ガルシアはペラペラと効能を話していたが、今のアベルには右から左へ通り抜けていく。


 ただの魔法薬なら、言葉通りギルドにかけあったかもしれない。


 だが、『天獄への道』その単語と、そして――――。


(『プルガトリオ』、面倒なモンが出てきやがって)


 表面上は笑顔を張り付けて、気取られぬ様に殺気も隠して。


 隠してアベルの内面は、煮えたぎる。


 かの組織、プルガトリオはアベルとリーシュアリアの怨敵だ。


 積極的に探し出して敵対する意志こそないが、目に届く範囲にいるならば。


(殺す、――――お前達は絶対に、殺す)


 アベルの目には、一件だけ気になる所もあったが。


 ともあれ、ガルシアの命運は今まさに尽きようとしていた。


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