第四話 「駆け出し冒険者のお守りだってするさ、仕事だからな」



 グレタを殺して、その翌日。


 もう昼過ぎではあるが、アベルはリーシュアリアと共に、ギルドの三階にある支部長の執務室に。


 処刑人として、危険な魔法薬『天獄への道』、その案件に対する独自対処の権限を与えられているアベルではあるが。


 当然の事ながら好き勝手に殺し、はいそーですかとギルド側も放任する事などあってはならない。


 実際の身分は、ディアーレン支部粛正部隊員。


 俗に言うギルドナイトの一人となっている、――――名目上は、だが。


 それが何を意味しているかというと、つまり仕事をした以上、『報告義務』というのが発生しているのだ。


 多少のお目こぼしはあるが、その殺害が正当だったか、容疑者の背景の調査結果などなど。


 そういった類の『責任』や『報告』が必要となってくるのだ。


(勝手にやってくれれば楽なんだが、そうもいかないよなぁ…………)


 何はともあれ、アベルは裏も表も雇われの身、更に、実は大食らいなリーシュアリアを養う必要もある。


 ならば、仕事の対価として金銭が発生する以上、やる事はやらねばならない。


(やらなきゃならないが、リーシュアリア一人でいいんじゃないか?)


 基本的に、報告書類を作成するのがリーシュであるならば、報告に必要な情報を持っているのも彼女。


 人類最高峰の戦闘力を持つアベルとしては、訓練と実戦以外は管轄外。


 応接用の豪華なソファーに一人、紅茶を啜ってリーシュアリアと支部長を眺める他に無い。


(暇は暇だが、うん。これは良い、実に眼福だ…………)


 リーシュアリアの美貌は勿論だが、このディアーレンの支部長ヴィオラもまた、違った意味で美人であった。


 長命種のエルフでもある彼女は、存在自体が卑猥で、エロフという新種ではないかと、ギルド内どころか大陸でも囁かれている存在。


 絹糸の様に滑らかな銀髪、老いぬエルフにしては熟れた外見年齢は、アベルが幼少期に記憶と同じまま。


(大きさで言うと、リーシュより乳も尻デカいのに、腰は細いって反則だろそりゃ)


 加えて、何でも受け入れてくれる様な優しげな顔に、何時も物憂げな瞳。


 日の当たる所では透けて見える、白い薄衣は肌面積がやたらと多く。


 更にはその下に、――――着ているモノは何も無い。


(これで、誘えばホイホイ相手をしてくれるんだからなぁ…………)


 もっとも、一般の冒険者や、貴族でもそう簡単に会えないと評判なのだが。


(代々王族の筆下ろしを勤めているという噂は、本当だったっけか?)


 アベルの場所からは残念ながら、執務机のせいでヴィオラの上半身、大きな果実が呼吸に併せて揺れる所しか見えないが。


 替わりにリーシュの背中や、時折揺れる臀部が楽しめる。


「ヴィオラ支部長、アベルが来てるって聞いたけど――――」


 そんな至福の空間に、闖入者が一人。


 これまた美女と評判の福支部長のパトラである。


 ――――ただし、その正体は『男性』ではあるが。


「はぁい、アベル。暇そうにしてるわね。ちょっと貰っていくわよリーシュ」


「後で返しなさいな、男女。ここに居ても視姦するしか能が無い甲斐性なしですし、よろしいですわねヴィオラ様?」


 二人の間で一瞬火花が散らされ、だが険悪な雰囲気になる前にヴィオラがすかさず口を挟む。


「お楽しみの時は言ってねパトラちゃん、わたしも混ざるから」


 もう少し、他の言葉が無かったのか、とまともな人間なら頭を抱えそうな台詞だが。


 この女性は一事が万事、この調子である。


 故に、アベルもさらりと返した。


「男を抱く趣味は無いし、アンタを抱いたらリーシュに殺されるから、その可能性は無いな」


「あら、私以外に目を向けてくれると、夜の負担が減って嬉しいのですけれど」


(手を出す素振りだけで、心中しようとする奴がよく言う…………)


 リーシュの嫌みったらしい言葉に、アベルはひらひらと手を振ってパトラと共に支部長室から退出する。


 女三人寄れば姦ましい、――――一人は男であるが。


 ならば長話に巻き込まれる前に撤退、というのが人生経験というものであった。





 ディアーレン支部には、職員の憩いの為に屋上が解放されている。


 そこに着くなり、アベルは幻肢痛を押さえる薬煙草を取り出し吸い始めた。


「あら、まだ痛むのねそれ」


「仕事の後だからな、そう言う事もある」


 リーシュアリアが側に居る時はそうでもないが、離れた途端にこれだ。


 彼女への依存を心地よく感じながら、アベルは紫煙を吹かす。


 今日の天気は快晴、こういう時に吸うのが乙なのだ。


「で、話って何だパトラ」


 執務室で話さなかったという事は、夜の仕事には関係ない事か、二人に聞かれたくない事だ。


 恐らく前者だろうがその場合、教官としての仕事が増えるのでは、とうんざりしながら言葉を待つ。


「後であのアマから聞くと思うけどね、隣国の支部に薬の追跡調査を頼んでおいたわ。一週間もしない内に報告が届くはずよ」


「わかった。詳細はリーシュアリアに頼む」


「はいはい、何時も通りね。んで、本題なんだけど…………」


 ふわふわとした金髪を揺らし、パトラが中性的な顔をしかめる。


 彼が語った内容は、ダリーとハンナの処遇についてだった。


「…………成る程。ギルドの矯正施設に一時預かり、その後は名前を変えて遠くのギルド預かりになる、と。うん、費用は俺の隠し口座から出しておいてくれ」


「こっちで出してもいいのよ?」


「アイツ等を殺さなかったのは俺の我が儘なんだ、それぐらいは出すさ」


「アンタがよくても、あのアマが後で文句言ってくるのよ、自分の女の手綱ぐらい握りなさいな。今のアイツは仮にも奴隷なんだから…………」


 うへぇ、と天を仰ぐパトラに、アベルは苦笑する。


 彼とはその昔、男娼をしていた頃からの付き合いだが、どうにもリーシュアリアとの相性が悪い。


 彼とアリアが二人っきりの時は、話しかけるなが支部職員達の共通認識である。


「あー、そうそう。もう一つアンタがしなきゃいけない仕事があんのよ」


「他に?」


 アベルは煙を吐き出しながら思案した。


 今晩の食材の買い出し、は勿論関係は無い。


 未提出の書類は無かった筈だ、リーシュアリアが見逃す筈が無い。


 恐らく、昨日の事に関係する事で、アベルに直接言う様な用件。


(そういえばコイツ、新作の服がどうとか少し前に言ってたっけ?)


 となれば――――。


「――――わかった、グレタから回収した装備の売り払いの話だろう? 取り分は半分、負からんぞ」


 自信満々に答えるアベルに、パトラは白い目を向けた。


「金の話じゃないわよお馬鹿。ほら、グレタ達と一緒にいた不運なあの子。魔法使いのイレインちゃんが居たでしょう?」


「イレインが? どうかしたか?」


 首を傾げるアベルに、パトラはため息を一つ。


 彼の親友を自負する身としては、昔の正義感が強く、面倒見がよく、勤勉な彼の姿が懐かしい。


 こんなに不抜けてしまったのは、誰の所為か。


 若干の苛立ちを覚えたパトラだったが、ともあれ思考と元に戻す。


「アンタが殺したお陰で、彼女の所属予定のパーティが無くなったでしょう? 今は北の方で新たな魔王が出現して、任せられそうな徒党はあっち行ってるし」


「ジョージや、メリルの所は? アイツ等魔法使い足りないって言っていなかったか?」


「駄目よ、聞いてない? どっちも一昨日に追加人員の登録に来たわよ」


 普段は受付嬢をしているパトラの情報だ、間違いはない。


「じゃあ、アイツは一人って事か」


「まさか、初心者を単独で放り出す訳にはいかないでしょう」


「――――成る程、俺に暫く子守をしろと」


「新しいパーティが見つかるまでの間で良いわ、こっちから補助金も出すし、受けてくれない?」


 吸い殻を始末しながら、アベルは答えた。


「訓練依頼も、初心者講習の申し込みも今は無いしな、引き受ける」


 彼女が孤立したのは、元を正せばアベルの所為なのだ。


 それぐらいはするのが、教官としての役目だろう。


「じゃあ、明日の朝に呼び出しておくから、お願いね」


「あいよ、任された」


 つまりは、そういう事になった。


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