第26話 虚空の魔弾


『■■■■■■■5からG■■■■リテイク■再起■』

『エ■■■■■■■■■■558■■■■第6■■■■5次■■動を提案』

『提案を却下。■■■■■■■■■■行に多少の■■■■■■■■■■傷ではない』

『鋏■■■■■カッ■■■■■4%で安定。対地■■■7㎞/hを維持』

『目標■■■■■の動態反応■■■■■■隊規模、グルー■■■■称』

『グループα■■■■■■反応2、ベヒ■■■■■と呼称』

『アウト■■■■■■■撃による殲滅■■■』

『拒否。■■■■■■■。グラウンドソナ■■■■■■■■■器を保有していないと考えられる。■■■■■■ク■■■■■突入することを推奨』

『審議…賛成2、条件付き賛成1。■■■■■■展開■■■■■■■■速。■■■■■■■■■■スタート』








 主が血煙と化し、その余波で首から上を吹き飛ばされた馬のような生物の脚から力が抜けるとともに、時速60㎞で崩れ落ちた肉塊は身の毛もよだつような音とともに路面を転がり、身体を構成していた物質が衝撃に耐えかねてはじけ飛んでいく。

 常人が見れば顔を青くするだろう惨劇を横目に、異星人は黒鉄の銃口を先ほど仕留めた指揮官らしき人物の隣を並走していた騎兵へと向け、容赦なくトリガーを引き絞る。

 プラズマの吐息とともに吐き出された弾丸はつい数舜前と同じように吸い込まれるように騎兵の胸甲へと突き刺さり、信管を作動させた。途端に指向性を持った爆圧が不可視のハンマーを形成し、音を置き去りにした衝撃波となって騎兵に襲い掛かる。機動魔術槍の一撃すらも無力化するエリクシルの基準では強固な魔術鎧を着こんでいたとしても、ただひたすらに物理的な攻撃能力に対して強度を増してきた地球の装甲版を、拳銃で粉砕するために進化した弾丸の前には無力も同然だった。

 再び同じ光景が繰り返され、ルベルーズの街道が朱に染められる。


 ――魔術鎧兵用に対装甲車用の衝撃弾頭に入れ替えたの忘れてたな

 ――鎧着込んでるから装甲目標、イイネ?

 ――アッハっとぉ!?


 一瞬で2騎を失った近衛騎兵は槍の照準をユキトに再変換し攻撃を続行させたため、いつもの会話が途切れてしまう。近衛兵も焦っているのか、先ほどまでのようにこちらの逃げ道をふさいでいくような緻密な攻撃ではなく、ただ速さとかく乱に重きを置いた息をつかせぬ連撃。攻撃針路を読んで刀を振るおうとするが、芯をとらえる前に他の槍が危険域に侵入するため、そらすのが精一杯になってしまう。

 頭の中では軌道が計算され、それに対する迎撃方法も演算されてはいるが、思考に体が追い付いていないが故の防戦だった。


 ――早いな。この適合率だと、そらすのが限界か

 ――ルナテックな発狂モード入る前に2本叩き落せてラッキーでしたね

 ――ここまで連撃食らうと、反撃する暇がない。急がないと合流されたら厄介だが…

 ――いや、それはないじゃろ

 ――フェネカ?


 会話に割り込んできた少女の声。アルマから通信端末を受け取ったのだろうか?


 ――魔導胸甲騎兵は国家の主戦力じゃよ。戦争でもないのにおいそれと他国の領域に足を踏み入れることはない。重要人物の捜索という体でもせいぜいが3~4騎、分隊レベルじゃ

 ――しかし、ここに来るまでに合わせて1個小隊ほどの敵と遭遇したが

 ――どれもこれも徒歩じゃろう?大方、乗騎は壁の外で留守番部隊とともにいるのだろうよ。乗騎と機動魔術槍のない魔導胸甲騎兵ならば、そこまで脅威ではないからの


 ああ、それと。と何かに気づいたようにフェネカが付け加える。


 ――3時の方角、死にたくなければ槍を払った後も気を抜くでないぞ?


 不可解な彼女の忠告とともに3時方向から飛来した槍の切っ先に刃を沿わせることで軌道をそらす。それと同時にノーマッドからの警報。高速演算により回避行動がはじき出される前に、直観に従い体をひねる。

 直後、暴風ではためくマントに何かが直撃し9時方向へ向けて思い切り引っ張られる。幸いにも、直撃したなにかはマントを貫通したようで、1歩後ずさっただけですんだ。さらに迫りくる白銀の槍を捌く傍らで視界の端に移ったのは、ぽっかり地位sな穴が開いたマントだった。


 ――狙撃!また射界に入ったんですか!?

 ――アルマ!

 ――わかってる!


 車輪がきしみ、車体が傾き、ルアールは針路をわずかに変更して街道の右側に車体を思い切り寄せ、街並みを狙撃に対する盾とした。しかし、これならば3時方向からの狙撃を防げはするが、それと引き換えに機動魔術槍の隠れ場所を作ってしまうことになる。


 ――お構いなしかこいつら!

 ――にはは、既に町をぶっ壊しておるからのう。なりふり構っては居られんようじゃ

 ――正確には、貴様が壊させたんだろうが

 ――何してんのフェネカ?!

 ――魔術が滑った。まあ、儂の可愛さに免じて許ふぎゃ!

 ――すまん、ユキト。私がよく見ていなかったばっかりに

 ――アルマさんの母親ムーブも興味深いですけど、狙撃をどうにかしないとこのダイナミックもぐら叩きが延々と続くことになりそうですよ?


 こんな物騒なモグラがいてたまるか!という愚痴は右側の家を貫いて出てきた3本の魔術槍を迎撃するための膨大なデータの海に沈んでいった。フェネカの言う通り周囲の被害を度外視することに決めたのか、近衛の魔術槍はルアールが身を寄せた建物の壁から突き出されるように射出されていた。方向が限定されているため、警戒する範囲が狭くていいのは助かるが、壁を貫く瞬間までどこから来るのか解らないことが致命的にもほどがある。先ほどまでの戦闘データから残った2騎が選択する手を予測し、次に射出されるポイントをある程度絞り込むことで何とか持たせている状況だ。不利なことに変わり無い。


 ――ユキト、もう少し辛抱してくれ。あと少しで、その邪魔な槍を黙らせてやれる

 ――何か秘策でもあるのか?

 ――秘策というよりも力業だな………よし、これでいい

 ――アルマ、何を?


 そう問いかけつつ大腿部を刺し貫こうと迫る2本の槍を迎撃した瞬間、全く予期していないポイントから1本の槍が頭部めがけて射出される。

 今までの足止めや拘束を期待した攻撃ではなく、文字通り敵を殺すための攻撃。足元に飛来した槍を払った直後の、絶対に迎撃できない位置、角度、速度、タイミング。すべてがユキトにとって最悪の方向で揃う。

 レンガを粉砕し、砂埃を引き裂きながら目の前に迫りくる白銀の槍。その切っ先が彼の頭蓋を刺し貫く刹那―――――――――世界が停止した。




 高速演算をもってしてはじき出された結果は、頭部半分の欠損。首をひねったところで、穂先は躱せても同等の運動エネルギーを持つ胴体部分に接触、致命的な負傷するという未来は、滅びの魔女によって永遠に凍結させられた。




 停止したのは世界ではなく、槍のみ。ユキトを貫こうとした槍の穂先は彼の額のわずか数㎝の手前で空間に縫い付けられたように浮かんでいる。

 それだけではない、それまでひっきりなしに彼を襲っていたほかの5本の槍も、この絶好の機会に群がるそぶりはなく。建造物の天井を引き裂いて空に駆け上がり、ルアールの周囲に守護騎士のように展開する。

 その光景を見た近衛騎兵は動揺したように数度加速杖を振るうがルアールの周りに浮かび上がった6本の槍は彼らの命令には従わず、切っ先を空に向け円環となって反逆者たちの頭上を回りつづけた。


 ――ユキト、刀を持った手を挙げろ

 ――こうか?


 彼女の意を汲み、見せつけるように、しかし迅速に刀を空に掲げる。直後、それまでゆっくりと旋回していた6本の水銀の槍は弾かれた様に横倒しになり、その切っ先をかつての主へと向けた。

 その光景を見た2騎は即座に急ブレーキを選択。乗騎の蹄が舗装路を削りながら速度を殺していき、あっという間に2者の距離が離れていく。


 ――はっ!やりおるのぅ。まさか、近衛から槍を分捕るとは思わんかった。

 ――アルマさん、もしかして制御を奪ったのですか?

 ――ああ、そうだ。ユキトが槍を迎撃し、接触するたびに槍の結晶の術式を書き換え、反逆させてやった。

 ――機動魔術槍って乗騎がなければうまく扱えないのでは?

 ――……奪ったといっても、私がやったのは機動魔術槍の術式を書き換えて個人でも扱えるレベルまでスペックダウンさせたものだ。正直、今のこいつは玩具とそう変わらん。

 ――ようするに、さっき僕にやらせたあれは…

 ――はったりに決まってる。撃てるならさっさと全弾叩き込んでやったさ


 フン、と若干すねたような彼女の声が聞こえてくる。あの短時間で高速移動する槍の魔術式をパスでつながっている敵に悟られないように書き換えるなど、魔術の素人である自分からしてみても容易にできることではないと想像がつく。


 ――とりあえず、厄介な魔導騎兵は無力化できたことじゃし。すぐにノーマッドと合流して

 ――注意!9時方向!

 ――なんだと!?


 アルマの驚愕する声とともに軍刀を振るおうとするが、視覚野に投影された弾道予測線は自分に向いていなかった。不可解な現状に疑問を持つ前に、頭上で旋回していた魔術槍のうち1本の中心部に弾痕が穿たれ、結晶を破壊された槍が砕け白銀の液体が宙を舞う。

 驚く暇もなく、続いて飛来した2発目と3発目の弾丸も一瞬前と同じように魔術槍に直撃し銀の飛沫へとその姿をかえさせていった。

 事態を理解したアルマが車体を9時方向の建物へと寄せようとハンドルを切るのもつかの間、今度は真後ろから飛来した弾丸が槍の穂先から中心部まで貫くように突入し4本目、5本目の槍を破壊する。弾丸の飛来した方向にはそれぞれ空高くそびえる防御塔が街並みから垣間見えた。


 ――防御塔からの狙撃!複数か

 ――いんや、一人じゃよ。ったく、まさかまで引っ張り出してきよったか。アルマ、すぐに槍を車体の下に隠せ

 ――なぜだ

 ――いいから早くせい!


 焦ったようなフェネカの言葉に渋々浮遊させた槍を車体の下に隠す。その間に飛来した複数の弾丸はユキトに襲い掛かり、彼は冷や汗をかきながら弾道予測線から逃げるほかなかった。








「虚空の魔弾とはどういうことだ!」

「なんじゃ、知らんのか?」

「馬鹿め!そんなことを聞いているわけではない!どうして奴がここにいるのだ!フリーランスの冒険者のはずだろう!?」

「おおかた、近衛が金を積んだんじゃろう。殺しの依頼など、狙撃兵には吐いて捨てるほど来るからの」

『そのっ、割にはっ、ずいぶんっ、へたくそ、だなっ!』

「奴の弾道を見切ってぬるぬるよける変態なんぞ、お主ぐらいじゃろうて」


 通信機から聞こえてくるユキトの途切れ途切れの言葉と、頭上の装甲版にひっきりなしに響く足音から相当無理をして彼が狙撃にあらがっていることがうかがえる。「悠長に話している場合か!」と普段の不機嫌な顔に焦りを含ませた魔女の顔を若干楽しみつつ、フェネカは己の魔力炉から生成される魔力を周囲の大気へと供給し続ける。


「急ぐと碌なことがないぞ?いくら気になる奴が窮地だからと言って、事を仕損じてしまえば後悔してもしきれんじゃろう」

「んなっ!?」

『アルマさん弄りが楽しいのは認めますけどー、そろそろカウンタースナイプってくれません?ぶっちゃけ、狙撃に対応するの飽きてきました』

「何か策でもあるのか?」

「おうさ、儂を誰と心得る。畏れ多くも」

「そういうの良いから早くやれ」

「ちぇー。まあ、ノーマッドは薄々感づいておったようじゃが、今ユキトを狙っておるのは虚空の魔弾一人だけじゃ」

「一人だと?なら、やつは瞬間移動を連続して使えるというのか?」

「無理じゃよ。お主も知っておろう?世界を誤魔化す瞬間移動や時間の加減速は術者への反動を伴う。ここまで連発しておれば、ただではすまんわい。奴が使ってるのはあれじゃ」


 フェネカが指さした先には、車内のクリスタルに映る防御塔。今のところ、すべての狙撃は防御塔がある方角から行われていた。


「ルベルーズの防御塔はの、そこから結晶を通じて大規模魔力を投射するほかに、反射魔術も組み込まれておる。そとから入力された魔術を一定の角度で出力する機能を利用することで、市街戦となっても必要な個所に防御塔を経由させることで魔術を届けることができるのじゃ。戦時は時々によって入出射の角度が異なるが、平時では同じ角度に統一されておる」

「まさか、それを利用して跳弾させているというのか?冗談だろう?」


 入力と出力の角度が決まっているからと言って、それを経由して直径1㎝ほどの移動標的に命中させる狙撃など、物理的には可能でも常識的には不可能と呼んでいいだろう。

 虚空の魔弾。狙われたものはどれほど用心していても、どこからともなく飛来する魔弾に命を奪われる。人族最高の狙撃兵とはアルマも耳にしていたが、ここまで無茶な狙撃を成功させる冒険者だとは露にも思っていなかった。そして何より、今その狙撃手のスコープに移っている人物は。


「にはは、やはりお主。ここぞというときに顔に出るの。」


 いつものようにこちらを揶揄う様な笑い声をあげるフェネカにハッとしてしまう。目の前に設置された通信端末の黒基調の画面には、苦々しくゆがんだ己の顔が映りこんでいた。


「確かに変態狙撃は脅威じゃが、儂とお主が協力すればすぐに黙らせられる」

「できるのか?」


 フェネカは彼女の問いには答えず「槍の制御権をちょいとばかし寄越せ」とだけ告げると、ポケットから愛用の短杖を取り出した。柄に埋め込まれた緑色の結晶には、今にもはち切れんばかりの魔力が込められていた。






 ――手筈は良いな?ユキト

 ――本当にできるのか?

 ――儂を誰じゃと思っておる。要塞級に乗ったつもりでやればよい


 いい加減、四方八方から飛んでくる狙撃に嫌気がさしてきたころに告げられた、今自分が対峙している敵の詳細と、それに対する作戦は耳を疑いたくなるようなものだった。しかし、ビークルを捨てて路地に逃げこむことも――ノーマッドにたどり着くまでさらに多くの時間と危険が伴う――、背負ったライフルでカウンタースナイプすることも――フェネカの話と今までの経緯から意味なしと判明――できない現状では、その荒唐無稽な策を選択するほかない。


 ――しっかし、相手が跳弾使いのオセロットとは思わなかったですよ。あ、ライフル使ってるならLE版のダン卿ですかね。

 ――どうでもいいが、なんかさっきから弾道予測線が太くなってるような気がするが気のせいか?

 ――たぶんこれぐらいなら避けれるだろうな~ぐらいの精度にして手抜いてますからね。効率化しましょうよ、効率化

 ――それはサボりというんだよ駄戦車!


 怒りとともにテキトーな弾道予測線の中を飛んできた魔弾を、アルマの術式を組み込んだ刀で受け止める。刃に深い度で着弾した弾丸が火花を散らせた瞬間、弾丸の姿が掻き消え、車体の下に隠されていたはずの機動魔術槍の滑らかな表面が目に移り、弾丸など比較にならない強烈な衝撃に食いしばった歯の間からうめき声が漏れる。


 ――転移術式作動!

 ――よーし、よくやった!後は、儂に任せよ!


 アルマがユキトの軍刀に付与したのは同じ属性の魔力を帯びる物質の場所を入れ替える転移系の魔術だった。難易度の割には効果範囲が狭く、無生物しか転移させられない欠陥もあるが、その特徴は転移するのは物質のみで物質が持っていた速度や掛けられていた魔術は転移しないことにあった。


 ――風の名の元に、勅を告げる。反転、再起動せよ!ユキト!


槍を受け止めていた軍刀を支えていた手を離しつつ、邪魔になる刀を上に僅かに跳ね上げる。腰は落とし、右手を握り腰の位置へ、体は半身に。


――戦闘術式導入インストール、術式名【八極拳】

――此れなるは破滅の黎明!

――ってそっちかよ!フェネカ、いいんだな!?

――儂が許す!打て!


戦闘術式がユキトの身体にとるべき動作を伝達し、人工筋繊維が駆動する。すり足で踏み出された足がルアールの装甲版をしたたかに打ち据えた直後、八極拳においても威力重視の技の一つ、冲捶が叩き込まれる。

 ユキトの拳が軍刀に直撃したことで円錐形に変形した槍の底部に直撃、初速の入力を検知した機動魔術槍が緑色の光を発したかと思うと弾丸が飛んできた方向と全く同じ方向へ向けて飛び去って行った。


 ――ふふん、虚空の魔弾よ。ここは儂の空じゃ


 日の傾き始めた空に向けて放たれた槍が、恒陽の光を受けて煌めいた。








 フェネカによって弾丸に掛けられていた直進補助魔術と加速魔術、弾頭防護用の魔術結界を付与され、ベクトルを反転・再起動させられた魔術槍はルベルーズ市街に突き立った防御塔の中に埋め込まれた大型の結晶に着弾する。

 全長1mを超える白銀の槍の切っ先が触れた結晶はわずかに光を放ちながら水のように変形しその槍を飲み込み、ある方向へ向けて同じ速度で吐き出した。その際に決勝にため込まれた魔力の一部を利用して若干加速した槍は次の防御塔へと向かう。

 防御塔の結晶を通過するごとにわずかずつ速度が上がっていく魔術槍は、ルベルーズの街を横断したのち、その身に複数の弾丸を受けながらも発射地点からちょうど対極に位置する防御塔へと突き立った。

 音の4倍を超える速度で直撃した重金属の槍の破壊力はすさまじく、防御塔上部に納まっていた結晶は衝撃波で砕け散り、多くの瓦礫や砂煙とともに反対側から噴水のように噴き出した。粉砕された破片が突然爆発した防御塔から逃げる民衆へと降り注ぎ、ただでさえレネーイド帝国の近衛兵が暴れているという情報に混乱していた民衆をパニックへと突き落とした。


「いたた、全く、ついてないな。うん」


 眼下の街並みから聞こえる混乱の喧騒と、致命傷を負った防御塔の末期の悲鳴崩れる音を聞きながら。結晶の設置されているフロアから数段下のフロア――とはいっても、着弾の衝撃で床が抜けて吹き抜けになっている――に積もったがれきの山から、一人の青年が這い出して来る。

 普通なら瓦礫につぶされ、衝撃波で粉々になっていたとしても可笑しくないが、彼は五体満足であり、そればかりか無傷でさえあった。ここにいるのは彼一人だというのに、その饒舌さと大きめの身振り手振りのせいか、妙に芝居がかった印象を与えた。

 彼は夜の色を落とし込んだような暗い色のコートについた埃を手で叩き、長大な愛銃を構えて一つ頷く。


「うん。特に曲がっている様子もなし。よしよし、これはついてる。もしダメになってたら、彼らに整備費を請求せねばならないところだった」


 スリングで愛銃を肩にかけ、着弾の衝撃で亀裂が入った壁の隙間から外を見る。日の傾いたルベルーズは赤く染まり始めており、高い場所ということもあって眺めは最高だ。もちろん、あちこちから聞こえてくる悲鳴や怒声、銃声は聞かなかったことにしておく。


「しかし、転移魔術と同族性の反転・逆行魔術でカウンタースナイプとか何考えてるんだろうか。弾道を計算したのはこっちだってのに、くそう、腹立ってきた」


 自分の成果を横取りされたような気分になった彼だったが、憎き標的達の顔を思い出し、まあいいかと機嫌を直す。


「ま、その健闘とお姫様の可愛さに免じて許してあげるか。うん。私の狙撃をはじかれたのは屈辱だけどさ。ん?なんだい?」


 それまでぶつぶつ独り言をこぼしていた青年は、突然言葉を切って何度か頷くようなしぐさをする。


「ふむ、なるほどなるほど。そいつは大変、命あってのなんとやらだ。クライアントには悪いけど、この町ではずらかるとしようかね。陽滅蠍の相手なんぞやりたくもないし……ここもやばいしね」


 ととっ、と蹈鞴を踏むように後ずさるとそれまでたっていた床が崩落し下の階層が見えた。この防御塔はあと何分も持たないだろう。

 それでも、青年は焦ることなく再び壁の裂け目から今自分を撃ったであろう敵の方角へ視線を向け、ニコリと人好きのする笑みを浮かべた。


「今日という日を覚えておきたまえ。虚空の魔弾が諸君を仕留めそこなった日であり、君たちが虚空の魔弾を仕留めそこなった記念すべき日だ」


 ついに限界を迎えた防御塔が轟音と爆煙とともに崩れ落ちる。一抱えもあるほどの建物の残骸が降り注ぐフロアからは、すでに人影は消え失せていた。









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