王龍の座する処へ

「王龍……と言うと、王龍ジェナザードの事だな? 何故わざわざ『原初の龍』に会いに行かねばならないのだ?」


 アヴォー老の提案に、シェキーナは訝しんだ表情を浮かべてそう問い返した。


 王龍ジェナザード……。

「原初の龍」と呼ばれる5体の古龍が1体であり、古より魔界を拠点として暮らしている龍である。

 その存在は伝説に謳われているものの、その姿は多くの者が未だ目撃しており、魔族からは例外なく崇めらている。

 

 魔界の守護者とも言える存在であり、魔界の統治者となったシェキーナが会いに行く事はそれ程おかしな話では無い。

 だがその力は強大で、また人と慣れ合う様な間柄でもない。

 シェキーナが友好を求めて会いに行ったとしても、王龍から拒絶されるかもしれないのだ。

 その場合は戦闘になる事も容易に想像され、そして戦いともなればシェキーナと言えども無事でいられる保証など無いのだ。


「歴代の魔王様は、その地位に就くと必ず王龍へと報告に伺ったのですじゃ。闇の女王様にもその慣例に従っていただきとうございますじゃ」


 そんなシェキーナの問い掛けに、アヴォー老はやはり笑みを浮かべて鷹揚に応えたのだった。

 

「……ふむ……。その様な慣例が……」


 そしてそう言われてしまえば、シェキーナにはそれ以上に言うべき事も無くなってしまったのだった。


 歴代の魔王がその地位に就任した事を、魔界の守護者とも謳われる王龍に報告する。

 それは然して、不思議な事でもない。

 魔王は魔界を統べ、この地を平定し平和を維持する事を目的としている。

 そして王龍は、古くから魔界を守護する存在なのだ。

 目的を同じとしているからには、互いによしみを築くのは寧ろ自然な事でもあった。


「……そう言う事ならば了承した。此度は老の案に乗る事としよう」


 暫し思案を巡らせたシェキーナだが、笑みを浮かべてアヴォー老にそう返事をしたのだった。

 シェキーナにしても、これがアヴォー老のである気がしないでもない。

 アヴォー老は勿論エルナーシャ達も、シェキーナの自らを省みていない様な働きぶりを目の当たりにして、彼女の体調を心配しているのだ。

 周囲からこれ程不安がられているのであれば、それを解消して安心させることも必要だと割り切ったのだった。

 

「しかし……肝心の王龍が何処にいるか……どこで暮らしているのか分からないのではないか?」


 そしてシェキーナは、王龍へと謁見に行く事を前提でそう疑問を呈した。


 魔界に住む王龍ジェナザードが、何処を棲み処としているのか……実のところ、その事を知る者は殆ど居ない。

 いや、生息が確認された場所はあるにはあるのだが、それは複数個所に上り魔界全土に及ぶのだ。

 龍族が生息している場所に、王龍の姿を求めて探索をする等自殺行為に等しい。

 王龍の姿を捉える前に下位龍ロウアー・ドラゴンなり老竜エルダー・ドラゴンなりと遭遇しては、決して無事では済まないのだから。

 それにもしも今から王龍の所在を探すのだとしたら、結果が齎されるまでにどれ程の時間が掛かるのか知れたものでは無いのだ。


「その御心配には及びませんですじゃ。王龍ジェナザードは、北大陸中央部にある『竜哭山りゅうこくざん』にその身を寄せている……との報告を受けておりますじゃ」


 しかしシェキーナの心配は、アヴォー老の返答で一蹴される事となった。

 

「……ほう。何故王龍の所在がそれ程すぐに知れたのだ?」


 余りにも用意されていた風な返答に、シェキーナは意地の悪い笑みを浮かべてアヴォー老にそう問い質すも。


「はい。実は先年エルス様達が王龍に謁見を果たして以降、メルル様の命で密かにその所在を監視させておりましたのじゃ。王龍は我等の世界を守って下さる守護龍であると同時に、万一敵対した時には恐るべき存在となるですじゃ。今まではその様な事など考えもしなかったのですが、備えない者は愚かであるとメルル様はおっしゃりましてな……。勿論、王龍に近づいてその神経を逆撫でする様な事は致しておりませんじゃ。ですがあれだけ大きな個体なれば、動き出せば遠く離れた場所からでもその動きを知る事が出来ますじゃ。そうして我等は、王龍の動きを追い続けたと言う訳ですじゃ」


 そしてそんなシェキーナの質問も予期していたのか、アヴォー老はまたしても淀みなく返答したのだった。

 

 成程、理由を聞いてみればそれはシェキーナにも納得出来る話であった。

 そして如何にもメルルらしい……と彼女は思わず苦笑を浮かべてしまい、それと同時にアヴォー老の周到さに呆れ返ってもいたのだった。

 ここまでの一連のやり取りは、アヴォー老の正しく想定内で行われた事なのだ。

 だから彼は、シェキーナが口にする疑問に即座の回答をする事が出来たのだ。

 ただし、それだけで疑問が解消された訳でも無い。


「なるほど……。それで、謁見とはどのようにして執り行われるのだ? ただ会いに行き、話をすれば済むと言うだけでもあるまい?」


 今度のシェキーナの質問に、アヴォー老はやや言葉を詰まらせて即答を避けたのだった。

 それは、シェキーナの質問が意外だったわけでは無く。

 返答する事に戸惑いを覚える事だったからだ。


「……歴代の魔王様が王龍と謁見され……殆どの方々は無事に……戻って来られましたじゃ。謁見の内容は誰も語られず記録も残っておりませんが……概ね魔界の平穏を願う内容だった筈ですじゃ。ですが……幾人かの魔王様は……そのまま帰らぬ人となりましたじゃ……」


 アヴォー老が言い淀むのも、致し方ない事であった。

 彼の口にした内容は、王龍との謁見が必ずしも安全で平和裏に済むものでは無いと言う事に他ならない。

 下手をすれば、その場で戦闘となるやも知れないのだ。

 そしてシェキーナにしても、そのまま王龍に無抵抗で殺されるつもりは無い。

 彼女には達するべき目的が……しなければならない事があるのだから。


「だいたい分かった。それが魔王のすべき事だと言うならば、私もそれに従おう。近日中に準備を整え、今現在王龍が座する山へと向かおうと思う」


 それでもシェキーナは了承の旨をアヴォー老へと告げ、老もそれを受けて安堵した表情となった。


 実際の処は、シェキーナは王龍との会談に興味や重要性を感じていない。

 これまではどうであったかはシェキーナも知らないが、魔界の平和を維持する為に「原初の龍」の力を借りようとは考えていないからだ。

 寧ろその様に危険な場所へ、例えそれが習わしであったとしても行く必要を感じなかったのだった。


 慣例は慣例であって、義務では無いのだ。


 もっともシェキーナは、彼女の代でその常例を途絶えさせるつもりもなかった。

 それが如何に必要を感じない慣例であっても、魔界の先人たちが行って来た事なのだ。

 それには何かしらの意味もあるだろうし、魔界の為となるのであろう。

 魔界の住人として生を受けた訳では無いシェキーナであったが、郷に入っては郷に従う事に否やは無かったのだった。




 ―――それから数日後。


 シェキーナは、自ら人選した近侍の者を伴って北大陸にある「竜哭山」へと向かうべく、「王の間」に召集を掛けていた。

 今回はあくまでもお忍びでの行動であり、大勢を引き連れての表立った行動は出来ない。

 さりとて今のシェキーナは「闇の女王」であり、魔界を統べる立場にある。

 供の者を1人も連れないで行動する事など、誰も認めてくれなかったのだった。

 今、この場所に集っているのは、シェキーナを除き……。


 アヴォー老、エルナーシャ、レヴィア、アエッタ。


「失礼しますっ!」


 そしてたった今、気合の入った声を張り上げて大扉より入って来たのは、この度近衛騎士隊長に任命されたジェルマと、


「失礼します―――」


「遅くなりました―――」


 鏡映しの様にそっくりな双子の魔族、シルカとメルカであった。


 本当の処を言えば、この場にいる誰も、シェキーナの護衛が務まる者はいない。

 シェキーナは今現在に於いて魔界最強であり、他の者はそんな彼女に大きく後れを取っているのだ。

 シェキーナが本気で戦って敵わない相手ならば、この場にいる全員が束になって掛かっても敵わないであろうし、そうでないならばシェキーナが一蹴してしまい彼女達の力は必要ない。

 それでも今回の“旅”に彼等を随伴するのは偏に……経験を積ませる為だった。

 

 エルナーシャを始めとして、若い者達にはどれだけ経験を積んでも足りない……無駄となる事は無いのだ。

 そう言った意味で、シェキーナは今後様々に起る事柄には、極力彼女達を伴おうと思っていたのだった。


母様かあさま、此度お供をするのは以上でしょうか?」


 主だった面子が揃った事で、エルナーシャはシェキーナにそう確認したのだが。


「いいや、まだ後2人呼んである」


 シェキーナはエルナーシャにそう答え。


「セヘル=エルケルッ! 招集につきまかしましたっ!」


「アエッタ様―――っ!」


 まるでタイミングを見計らったかのように、シェキーナの台詞が終わると同時に2人の声が響き渡ったのだった。

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