6話 勇者の本と魔王の本
「して、その本は?」
アゲラタムの頬を引っ張っている間に地面に置いていた本を拾うと、奴はそれに興味を向けた。
「ああ、これ?さっき図書館で借りてきたんだよ」
この街には小さな図書館がある。
住民登録していれば、一度に何冊か借りる事が可能だ。
ふと、変化後のアゲラタムが住民登録してるのか気になったが、些細なことなので放っておこう。
「何故、そのような本を」
「ただの好奇心」
「勇者の歩んだ軌跡」と言う本を見せると、奴は眉根を寄せた。
「年代が近すぎるせいかな、前の魔王を倒した勇者の本ってないんだよ。発行年数が古い本はいくらでもあるんだけどさ。他の街にならあるのかな?」
もしかすると、前世で俺を殺した勇者はまだ生きてるのだろうか?
だから本が少ないのか?人は死して名を残す、か?
「折角普人の書物が手に入りやすい環境に居るのですから、そんな本など読まずに、知見を広げる書物をお読みになった方がよろしいのでは?」
アゲラタムが露骨に嫌悪感を表情に出している。口にはしないが、勇者の本が気に入らないらしい。
仕方なく俺は一緒に抱えていたもう一つの本を見せる。すると、奴は納得したように頷いた。
見せたのは近年の普人の国の動向がまとまった活字の詰まった本だ。挿絵の多い子供向けではない。
ただし、こう言うのを借りると決まって貸し出し対応に当たる司書が露骨に困惑する。
そのうち、「まだ早いんじゃない?」と言うような余計な口出しをしてきそうな雰囲気を感じるので、大体歳相応なものも同時に借りるようにしている。
困惑していた表情が難しいものに変わっただけのような気がするが。
「それにしても、何故勇者の本を?」
「同じ事を二度も聞いても無駄だよ。ただの好奇心だから」
俺を殺すために生きていた奴が、その後どのような最期を迎えたか、それともまだ生きてるのか、知っておきたいと言う気持ちが強い。
俺は毎回、転生した後に出来るだけ前世の魔王を倒した勇者のことを調べることにしている。これまでは、かつての俺の生まれがすべて魔人であったためか、普人である勇者の生涯を知りうる手段が皆無ではないものの少なかった。
運良く捜し当てることが出来たとしても、その生涯を最期まで記しているものは殆ど存在しない。
功績を遺したはずの勇者の記録が何故最期まで記されていないのか。栄光が途中で途絶えたのか、または突然姿を消したのか。その理由は想像する他ない。
知りたい理由はそれだけではない。俺が今世紀でも魔王となるのであれば、勇者のことを出来るだけ理解しておきたいと思っている。
勇者と殺し合わずに済む、共に歩める、そんな未来のために。
「魔王さまの本は見つかりましたか?」
「ん?ああ、あったよ。さすが共存の地……ってことなのかな?全体の割合から見ると、魔王の本が多い……」
他のカテゴリよりも、多いを通り越して無駄に充実していた魔王棚を思い出す。
「どの本をお読みになりましたか!」
「読んでない」
そもそも、読む気もない。
自分の事は自分が良く知っている。
他人がどう思っているかは……まあ気にならない事もないが、細かなことを気にしても仕方のないことだ。そもそも、多くの事象を大げさに描くことの多いそれらは、恥ずかしすぎて心臓に良くない。
その時、ふと感じたことがあった。「どの本」と言ったアゲラタムは何があるのかを把握しているのだろうか。まさか、全部読んだのではないだろうか。
「何故ですか!この街に来てから、コツコツと!あんなに用意したのに!!」
全部読んだどころか、用意した張本人だった!
「お前か、あの魔王本セレクション!!通りでいくら何でも多いと思ったよ!」
「いえ、あれでも少ない方です!世の中にはまだまだ魔王さまに関する本は多く存在しております。もちろん、私めは目に付いた本はすべて熟読しておりますので、ご安心を!」
「安心する要素がどこにもないよ!」
「さあ、今からでも遅くありません!魔王さまの偉業を称えた本を借りに戻るのです!いえむしろ私が魔王さ……クラッドさまのためにじっくりと朗読して差し上げましょう!さあ、どれを読みましょうね、ふふふふふふ」
獲物を狙うようなギラギラした目で図書館に向かって手を引っ張ろうとする奴を、俺は全力で振り切り、猛ダッシュして逃げ出す。
「わああああーーー!なんかアゲラタムが怖いいい!!!」
元副官から情けなく逃げ出すことになるとは、前世では思いもよらなかった。思いの強すぎる元副官に対して、俺は屈辱よりも困惑を感じるのだった。
前世の俺が死んだ後に何があったのだろうか。生前はこんな奴ではなかった……はずだ。俺が生まれ変わったと知ってから、魔王に対する重いが強くなりすぎてやしないだろうか。
今後の俺の人生が不安になるのだった。
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