5話 元副官による手に負えない暴走1
歩き慣れた街の中を歩いていると、ふと遠くから少年の声が聞こえてきた。
「……まーー!」
まだはっきりと言葉を聞き取れはしていないがその声に嫌な予感を覚え、俺は急いで声の主のところまで走る。
叫んでいたのは、俺よりも背が高く外見年齢も数歳ほど上の魔人。
一見控えめな印象を受けるが、俺が駆け寄ろうとする姿をみとめて大層嬉しそうな表情を向けてくる。
そして大声で叫ぶのだった。
「まおーさまー!!」
「ちょっ……!」
通りに響くその言葉を受けて、周囲にいた大人たちが見慣れた光景を眺めるように生暖かい目で見守ってくる。
居心地が悪いのでやめてくれ……!
普段からそう呼ぶなと強く言っているにも関わらず、全く改めようとしない少年の名はアゲラタム。
奴を黙らせようと思い、俺は立ち止まり一つ溜め息をついて右手の人差し指を向けた。
「世界の裏に、事象を描く」
意識を集中して、コップ一杯ほどの冷水を宙に浮かせる場面を頭の中で描く。
そしてそれをまだ少し離れたところにいるアゲラタムにぶつけるようなイメージで、奴に向けた指をパチンと鳴らそうとして……
スカッ
と言う、指を擦っただけの情けない音がした。
……失敗した!
恥ずかしい!!
そう思って両手で顔を覆い嘆こうと思ったが、予想外にもすぐに奴の悲鳴が聞こえてきた。
「うぎゃっ!!つめたっ!?」
失敗したのは指パッチンだけだったらしい。
魔法はきちんと発動し、アゲラタムの灰色の髪の毛は冷水を浴びてしんなりとしている。
この魔法は裏魔法、と呼ばれている。
母さんが
アゲラタムは勢い良く顔を振って水滴を振り払ったと思うと、様子を見ていた俺のところに一直線に走ってきた。
その様子はどこか遊び盛りの子犬のようでもある。
「魔王さま!」
「アゲラタム。何度も言ってるけど、俺のことを魔王と呼ばな……」
「魔王さま!先ほどの失敗、私は何も見……いえ、聞いておりません!」
「え、なに?」
「ですからもう一度……!そう、もう一度、私めに魔王さまの華麗なる魔法で冷水をお掛けください!!」
「だからそう何度も魔王と連呼しない!あと、しっかりと指パッチン失敗したの聞いてるじゃないか!」
俺は、人の話を遮りまくし立てるアゲラタムの額に指を当て……
ペチン!
とデコピンをくらわせてやった。
「ぎゃっ!!」
その直後、額を押さえてうずくまったアゲラタムの頭上から、冷水と言う名の追い討ちが勢いよく叩きつけられる。
およそバケツ一杯ほどの水をかぶり、奴は全身から水を滴らせた。
デコピンした直後にいくらか距離取った俺にも水しぶきがかかったが、たいしたことはない。
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