超人決戦・鋼鉄武装クロスカイザーvs指揮者(コンダクター)

ホムラショウイチ

超人決戦・鋼鉄武装クロスカイザーvs指揮者(コンダクター)

超人と呼ばれる超常能力を持った人間が現れた現代。

世界では、ヒーローとヴィラン、二種類の超人が相争っていた。


●●●


指揮者コンダクター

彼女は、そう名乗った。超人であり、他者を指揮し操る能力を持つという女だった。

黒髪にツリ目気味のキツイ印象の美人。何故か燕尾服姿という男装をしている。


「まだ分かりませんか? クロスカイザー。貴方ではボクに勝てない」


やけに細く長い指を掲げ、指揮者コンダクターが僕へと手招きするように広げる。

まるで、巣に捕まった獲物に、今にも襲い掛からんとする蜘蛛の手足のように。


「クソ……動けない……!」


アマハラシティで一番高いビル・セントラルアマハラタワーの屋上。

晴天の下、僕――白銀の鎧に身を包んだ変身ヒーロー・クロスカイザーと、指揮者コンダクターは二人、互いに向かい合っていた。

向かい合う、それだけだった。僕には、それだけしか出来ないのだ。

僅かに音楽が鳴っていた。ニュルンベルクのマイスタージンガー。やけに荘厳な音楽が、厳かに辺りに響いている。


「聞こえるでしょう? この曲こそがボクのチカラ。この曲はボクの中から流れていて――聞いた者を圧倒し、支配する。

 この曲が流れ聞こえる領域において――ボクこそが支配者。ボクこそが指揮者コンダクターなんですよ、クロスカイザー」

 

彼女はどこか嬉しそうに僕に語り掛ける。


「この音楽が流れている限り――勇猛と名高い貴方でも、何一つ出来ませんよ。凄いでしょう?」

「何故、こんなことをするんだ……!」


僕は指揮者コンダクターに問いかける。

何故、こんなこと――自身・・音楽・・をアマハラシティ・・・・・・・・アマハラシティの・・・・・・・・全住人・・・支配・・拘束・・するのか・・・・


「街の皆の動きを止めて! お前は何がしたいんだ!!」

「――平和のためですよ。誰もが静止し、ただボクの音楽だけが響く世界――美しいじゃないですか。誰も動かないから誰も悪い事をしない。永遠の平和、永遠の平穏がここに実現しているのですよ」


僕のマスク越しの糾弾に、指揮者コンダクターは真っすぐに目を向いて答える。

その目は真っすぐだった。ただひたすらに自分の目的を見つめる目。――狂的なまでに、虚ろな目。


「こんな状況、未来さきが無い! すぐにアマハラシティの異常は察知されて、他の所のヒーローがやってくる! お前の作った平穏は、すぐに崩されちまう!!」

「分かっていますよ。こんなの長続きしない。永遠なんて程遠い。分かっています。分かっていますよクロスカイザー。

 ――でもね」

 

彼女が僕に近づく。手は自身の音楽に乗せて、指揮するように優雅に動かしながら。


でも・・かに・・・・ここに・・・平和・・るんですよ・・・・・、クロスカイザー。先が無くても。この瞬間には確実に、皆が――貴方が求める平和・・が在るんです」


だから、と指揮者コンダクターは僕の目の前に立ち、言う。告白する。


「抵抗なんて辞めましょうよ。いずれ壊されるヴィランの悪事です。それでも平和なら。貴方が望む平和なのだから。

 ――一緒に、享受しましょう?」

 

言って、指揮者は僕を抱きしめる。白い鎧――パワードスーツに耳を包んだ僕のゴツイ体躯を、優しく包み込むように。


「ボクは知っています。クロスカイザー。鋼鉄の英雄ヒーロー。貴方がどれだけ頑張っているか。どれだけのヴィランと戦い、傷つき、それでも平和のために戦い続けているか。全部、全部分かっています。

 ――だから、今ぐらいは、いいじゃないですか。ちょっと休みましょう? 例えボクというヴィランによってもたらされた、仮初の悪意に満ちた平穏でも――平穏には違いないじゃないですか。だから――」

 

ちょっとぐらい、いいじゃないですか。

そう言って僕を抱きしめる指揮者コンダクター。その手は優しく、愛おしむようで――巣に捕らえた獲物をなぶる蜘蛛の様に、傲慢だった。


「――君は、僕のためにこんなことをしたのか」

「うん、そうだよ。全てキミのためだ」

「――そうか」


確かに僕は、ずっとヒーローとして戦い続けてきた。それこそ寝る間も惜しんで、ヒーロー活動に身を投じてきた。

いつかアマハラシティに――世界に平和が訪れるようにと、世界を騒がし続けるヴィラン達と相対し続けてきた。

そんな僕をために、彼女はこの騒動を起こしたのだという。


――そうか。


胸中でもう一度呟く。僕のヒーローとしての戦いが、彼女を悪に駆り立てたというのなら。

僕のやるべきことは、一つだった。


――接続アクセス・カイザースーツ制御ユニット。


思考制御ダイレクトインターフェースシステム。僕のヒーロースーツ・カイザースーツに搭載された、思考でスーツを動かす機能だ。


――カイザースーツ・聴覚機能・切断カット・・・完了。


カイザースーツの聴覚機能を無効化。あらゆる音を聞こえなくする。

周囲の音が消える。指揮者のニュルンベルクのマイスタージンガーも聴こえない。

指に力を入れる。小指・薬指・中指・人差指・親指――微動だにしなかった身体が、動く。指揮者コンダクターの能力から解放されたのだ。


「――悪いが、この平穏は受け入れられない!」


叫び、僕を抱きしめる指揮者コンダクターの身体に腕を回し、拘束しようとする。


「――――!」


しかし、指揮者コンダクターはするりと僕の腕の中から抜け出し、二十メートルほど離れた地点に静かに降り立つ。


――カイザースーツ・視覚機能・補助・読唇術リップリード起動・・・完了。


『――だろうね。キミはこんなこと望まない……知っていたさ』


指揮者コンダクターの唇の動きから、会話内容を予測・合成音で聞き取る。


『だがそれでも、この平穏を――この幸せを! 受け入れてもらうよクロスカイザー! 例え力づくでもね!!』


彼女はそう言い、両手を翼のように広げる。するとまるでその動きに連動するように――足元のビルの屋上の壁面が割れ、無数の礫となって中に浮かび上がった。


『ボクは指揮者コンダクター。ボクの音楽が流れるモノ全てを支配するモノ。止めるだけじゃない……こういう芸当も出来るのさ!』


叫び、指揮者コンダクターが腕を振る。礫はその指揮に従う様に、一直線に僕へと叩きつけられてきた。


「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


僕もまた叫び、礫に向かって走る。叩きつけられる礫は大半はそのまま身体で受け、頭を狙うモノや大きい危険なモノは手で弾いていく。

僕は無音の世界で、叩きつけられる礫の衝撃が身体に響くのを感じながら、ただ前へ進む。前へ、前へ――指揮者コンダクターの元へと。


――お前は、俺のために刹那の平穏を作ったのだろう。

――それでも。その平穏が、無辜の人々を犠牲にしている以上――鋼鉄の英雄ヒーロー・クロスカイザーは享受できない。


「――――」


やがて、僕は指揮者コンダクターの前に立つ。礫はもう残っていなかった。彼女ももう為す術が無いのか、黙って両手を広げている。まるで全てを受け入れるように。


「――ヴィラン・指揮者コンダクター。貴女を拘束する!」


僕は彼女の背後に周り、腰に下げていた対超人用拘束腕輪を取り出し、背に回した彼女の両手に嵌める。

対超人用拘束腕輪には能力封印の効果もある。これで指揮者コンダクターの音楽も消え――アマハラシティは、元に戻るだろう。


――カイザースーツ・聴覚機能・再起動リブート・・・完了。


スーツの聴覚機能を元に戻す。すると、指揮者コンダクターの声がわずかに聞こえた。


「――いなぁ……」

「何か、言ったか?」

「何でもないよ、クロスカイザー――鋼鉄の英雄ヒーロー

 ――キミは戦い続けるのだろうね、この先もずっと。いつか平和な世界が訪れると信じて。

 ねぇクロスカイザー。一つ聞いていいかい? ――キミは本当に、この戦いの先に――キミが望む平和が、訪れると信じているのかい?」

「――どういう意味だ」

「今回はボクの悪事によってもたらされた平和だったワケだけどさ。キミの戦いの先に待つ平和が、キミの望むモノとは限らないよ? キミは先に何もない道を走っているのかもしれない。それでも、キミは戦い続けられるのかい?」

「当然だ」


僕は一瞬の逡巡も無く、彼女に答える。


「僕の戦いの先に、必ず平和が――僕が望む、誰もが笑い合える平和な世の中が訪れる。そう、信じている」


その言葉に、指揮者コンダクターはふぅ、とため息をついた。


「だと思ったよ。それでこそボクのヒーローだ」

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