第34話 参戦、航海神・豊穣神・創造神

 次々と押し寄せてくる魔物の増援にも負けず、二人の英雄は踏み止まっていた。

 だが、それが限界でもあった。

 とてもじゃないが、攻勢に出る余裕はない。

 成聖者といえど、無限に武器を生み出すことは叶わず、レイドは明らかに疲労していた。

 また、クローネスが破壊神の成聖者らしき存在と姿を消したのも都合が悪かった。

 リルトリアにとっては戦力的に、レイドにとっては精神的な痛手である。


「敵……増援です!」

 

 英雄たちの意志を挫くように、闇が迫ってくる。

 空を覆い隠すほどの敵影――いや、いつの間にか

 暗雲が立ち込め、雷鳴轟く。

 急な天候の変化が意味するのは――



「日暮れて やみはせまり

 わがゆくて なお遠し

 死のとげ いずこにある

 死のちから せまるとも

 主に依れば 恐れなし」

 

 森を抜け、遠目から戦場を見渡したペルイは迷わず聖奠を行使した。


「閉ずる目に 十字架の

 み光を 仰がしめ

 み国にて 覚むるまで

 主よ、ともに宿りませ――」

 

 本来、航海神の聖奠は海上でこそ真価を発揮する。

 地上でも他の人神を圧倒するほどの奇蹟を起こすものの、制御が効かないという難点があった。

 だからこそ、この場で振るう。

 狙いは既に始まった戦場ではなく、敵増援の侵入経路。


「――日暮れてやみはせまりアバイド・ウィズ・ミー

 

 疾風迅雷――霹靂へきれきが、魔物の群れを襲う。

 嵐を呼ぶ航海神の聖奠が、空を飛ぶ魔物を悉く地に落としていく。


「はぁはぁ……」

 

 同時にペルイも膝を付いた。航海神の民が少ないセスス大陸では、成聖者にかかる負担は尋常ではないようだ。


「俺に構うな……先、行け」

 

 心配する二人を促すが、共に聞かない。


「シア、船を一隻つくって」


「わかったよ、シャルル――」

 木々が形を変え、原始的な船の形を成していく。


「二人とも乗って」

「おぃ、シャルルてめーまさか?」

「ペルイ、聖別しといたほうがいいんじゃないの?」


 忠告に従い、


「あさかぜしずかにふきて、

 小鳥もめさむるとき、

 きよけき朝よりもきよく、

 うかぶは神の思い――」

 

 航海神の聖別を施す。


「――あさかぜしずかにふきてスティル・スティル・ウィズ・ジー

 

 これで船は嵐さえ乗り切れる。


「シア、かいも頼む。船をこぐアレだ」

 確かにこの方法が一番早いと、ペルイは覚悟を決めた。


「来たれ聖霊よ、われらの心に

 つくらしれものを 満たせ、恵みもて

 慰めたる主よ、いのちの泉よ

 注がせたまえや、貴き賜物

 み力によりて わが身を強めて

 燃やしたまえ、主よ、心に愛の火」

 

 創造神の聖奠は天地創造の力。


「敵を追い払い、悪より遠ざけ

 与えたまえ、主よ、平和をわれらに――」

 

 すなわち、

「――来たれ、聖霊よウェーニー・クレアトール・スピリトゥス

 怪力である。

 

 シャルルは船を両手で持ち上げ、戦場に向かって放り投げた。

 船は空高く、舞い上がる。


「荒れ地よ、喜べ。砂漠よ、歌え――」

 

 空飛ぶ船の上でシアは、子供に読み聞かせるように唇をほころばしていた。


「咲かせよ、一面に喜びの花を

 閉ざした耳、目、口、開く時が来た

 もつれた舌ほどけ 賛美の歌うたう

 よろめくひざは立ち、喜び踊る」

 

 まもなく、船は放物線を描き地面へと向かう。


「荒れ地よ、喜べ。砂漠よ、歌え

 いのちの花が咲く、今、この荒れ地に――」

 

 このまま着地すれば、ペルイたちも無事では済まない。


「――荒れ地よ、喜べザ・デザート・シャル・リジョイス

 

 しかしながら、ここには豊穣神の恵みがあった。

 シアは人の目には映らない〝かめ〟を持ち、地面に向けて放り投げる。

 

 創世神だけに〝甕〟の割れる荘厳な音が響き――


 川の急流のように迸る流れに船は乗り、敵の真っただ中に殴り込みをかける。

 数多の魔物が水流に呑まれ、船に押し潰された。

 目的地に辿り着くと、シアは船を起点に森を育て始める。

 そしてペルイは颯爽と降り立ち、仲間たちの歓迎を受けた。


「ペルイさん!」

「無茶をする奴だ」

 

 ペルイも二人に手を振り、

「よぅ、元気そうでなによりだ」

 応える。

 

 襲い掛かる魔物をものともせず、三人は情報の共有にかかる。


「なるほど、クローネスが破壊神とやりあってんのか」

 ペルイは銛に聖奠のおこぼれを宿し、易々と魔物の巨体を打ち払う。

「レイド。おまえ、ちょっくらクローネスの元へ行ってやれ」


「いいのか?」

 レイドは状況に応じた武器を使いこなし、常に敵の先手を取る。


「あぁ、もうじきシャルルも来る。そしたら、おまえの力なんざ必要ねぇ」


「ですが、ペルイさん!」

 魔物が相手だからか、リルトリアは剣と槍の二本で立ち回っていた。


「わかってる、リルトリア。俺たちが行ったところで、なんの助けにもならねぇってことくらいはな」

 

 豊穣神の聖奠が魔物の群れを流す。濡れた大地から植物が爆発的に成長し、群れを次々と分断していく。

 シアはたった一人で魔物の軍団と相対し、善戦していた。

 おかげで三人の人神が相手にする魔物は単体ばかりで、会話を挟む余裕があった。


「けどな、クローネスの気持ちも考えてやれ。あいつだってまだガキだ。誰かが支えてやらねぇと、危なっかしいったらありゃしねぇ」

 

 その役目はレイドしかいないと、ペルイは発破をかける。


「行ってやれ、レイド。絶対に喜ぶはずだ。そして、支えてやれ。力になれなくてもいいから、傍にいろ。それだけで、あいつは頑張れる」

「……ペルイ、礼を言う」


「素直にありがとうって言えっての」

 走るレイドの背中に悪態をついて、


「なんですか、ペルイさん?」

 ペルイは意地悪な視線を注いだ。


「いや、なんか知らんがシアがおまえのことを絶対殴るって言ってたから覚悟しとけよ」


「……うっ」

 リルトリアは顔を顰め、呻いた。


「いったい、どんな手を考えていたんだ?」

「それはその……。不覚でした。シアを見くびっていたようです」

「その気持ちはわからんでもないな」

 

 男二人して失礼極まりない。

 そんなことを露知らず、シアは木城から植物の胞子を飛ばしている――ふーっ、と。

 そうして、ついに創造神が参戦した。


「――地よ、声高くランカシャー!」

 

 地面が軋み、割れ、鋭利な槍と化して襲い掛かる。魔物は激震する大地に身動きすらまともに取れず、血祭りにされていく。

 

 次いでシャルルは胸からぶら下げた大きなロザリオを両手で握り、地面に突き刺した。

 創世神にのみ、少女の両手が一回り大きく、白く映る。

 創造神の神器は肉体と一体化した〝手〟そのもの――


「死にたくない奴は伏せてろよぉぉぉっ!」

 

 持ち上げたロザリオには天を貫かんばかりの大地の刃。それを胸の高さで真一文字に振り切り、おびただしいほどの魔物を薙ぎ払う。


「ちょっとシャルル! 味方にも被害が出ています!」

 リルトリアが声を張り上げるも、


「見分けつかねぇよっ!」

 シャルルは大地を踏み鳴らし、平野に文字通り境界線を刻んだ。


「そっちはリルトたち、こっちはおれたちでやるかんなっ!」

 

 勝手に決めて、シャルルはシアと二人で魔物を圧倒する。


「ペルイさん! シャルルにどういう教育してたんですかぁっ!」

「俺の所為じゃねぇっての。つーか、あれはもとからだろ?」

 

 シャルルの戦い方は大雑把の一言に尽きる。基本的な戦闘技術が備わっていないので発想が単純なのだ。

 つまり、大きな武器を力任せに振り回す。


「いいじゃねぇか。あいつらに任せたほうが、被害が少ない」

「それはそうですが……複雑ですね」

「あぁ。こういう時、俺たちは無力だ」

 

 今更である。

 二人は先の戦いで思い知っていた。


「けどな、こういう時だけだ。そうじゃない時は、俺らがあいつらを守ってやらないといけない」

 期待してるぜ未来の皇帝陛下、とペルイは軽口を叩く。


「よして下さいっ」


「まっ、そうだな。まだケリをつけてねぇもんな」

 ペルイは銛で指し示す。


 ――と、そこには皇帝の姿があった。


「決着つけてこい、リルトリア。こっちは面倒みといてやるからよ」

「……わかりました。必ず、決着を付けてきます」

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