第33話 開戦、破壊神と狩猟神

「意外だな、森を灰燼に帰すつもりか?」

「それで貴方を殺せるのなら、望むところよ」

「なるほど。豊穣神とは違うというわけか」

「言ってなさい!」

 

 クローネスは地面を穿ち、煙幕を張った。素早く四足獣に跨り、森の中を馳せ回る。

 障害物のない場所で対峙して、勝ち目がないのはわかった。

 

 森を壊すのならそれでいい。

 それで僅かでも疲労してくれるのなら――

 

 木々の隙間から針を通すように〝矢〟を放つも、破壊神は手だけを動かし〝槌〟で弾く。

 

 ――まただ、とクローネスは訝る。

 

 相手を翻弄するよう四足獣から大蛇へと乗り移り、木の上から狙いを付けても通用しない。

 囮に獣を走らせても、破壊神は意にも解さず突っ立っている。

 

 クローネスはまた四足獣へと騎乗し、小石を拾い上げた。威力を一点に集中させ、貫通力を高める。

 的の位置は囮を務めている獣たちが教えてくれる。

 そうして大木――障害物越しに狩猟神の聖奠が牙を振るう。木々を貫きながら破壊神の後頭部にかじりつこうとするも、彼は手だけの動きで防いでみせた。


「無駄だと言った理由を教えてやろう」

 

 こちらの位置までは掴めていないのか、破壊神はあらぬ方向を向きながら口にした。


。そして、――わかったか?」

「……? 破砕点を知るだけじゃなかったのね」

「そうだ。だから、どれだけ攪乱しようとも無駄だ。聖奠を使う限りな」

 

 今更ながら、彼が肉体を強化した理由を思い知る。


「それと、そろそろこちらからもいくぞ?」

 

 破壊神の〝槌〟は、形も大きさも自由自在なのか、突如巨大化した。それを軽々しく薙ぎ払い、周囲の木々が粉砕されていく。

 咄嗟にクローネスは上空へと回避するも、


「障害物のない空はお勧めできんな」

 

 避ける範囲がないほどに〝槌〟の面積が広がる。


「――お願いっ!」

 狩猟神の命に従い、大型の獣が破壊神に牙を剥く。


「――恵みあれしもべらにゴッド・オブ・ザ・プロフェット

 気にせず、破壊神は自分の腕を食わせた。

 波打つ筋肉に肉食獣の牙が突き刺さり、

「――壊れよ」

 血液に触れた瞬間、獣は壊れ始めた。


「やはり、肉体を変えといて正解だったか」

「化け物がっ!」

「我が生まれ育った村の人間は、確かに我のことをそう呼んでいたな」

 

 動物を犠牲にして、クローネスはなんとか難を逃れていた。森に身を隠し、息を整える。


「さて、これはなんだと思う?」

 破壊神の聖別を受けて、獣は形を変えていた。

「化け物かそれとも――」

 

 言い切る前に、クローネスは射殺した。

「化け物ね」

 かつて、動物だったものを――


「そうか、貴様も人の王だったな」

 

 クローネスは既に割り切っている。だからもう二度と、動物に名前を付けたりしない。

 どれだけ愛着があろうが、おまえと呼ぶ。


「貴方の狙いはなんなの?」

 

 〝弓〟を構えたまま、クローネスは問いただす。自分は遊ばれている。少なくとも、生かされている……っ! と、怒りを噛み殺しながら彼女は対峙していた。


「我が目的は死ぬことだ」

 あっさりと、破壊神は告げた。


「なら、さっさと死んでくれない?」

 負けじと、クローネスは返した。


「理由は訊かないのか?」

「興味ないもの。それにシャルルから、少しだけ聞いてる」

 

 どうやらシャルルの同情は無駄ではなく、破壊神の心に楔を打ち込んでいたようだ。


「なんだ、理由を知ってしまうと殺せなくなるからじゃないのか」

「安心して。改心しようとも貴方は殺すから」

 

 彼は赦されてはならない存在である。クローネスが知る限りでも、それほどの罪を重ねていた。


「それは同情からか?」

「えぇ、否定しないわ」

 

 立場は違っても、創世神の重さは理解できる。それも生まれながらの神で、理由もなく虐げられていたとなれば尚更だ。

 

 ――彼の村の人間がしたことは罪過に他ならない。

 

 生まれたばかりの子供に全てを擦り付け、吐き捨てた。

 村に起こった不幸は全て彼の所為にされた。

 村人に降りかかった災いも、全て彼が悪い。

 そう言って、村人は子供を殺さないように苦しめてきた。肉体的な苦痛だけでなく、精神的にもいたぶり尽した。

 

 両親は彼を産んだ罪で殺された。

 それも彼が物心つくまで待ってから、目の前で殺された。

 そして妹も――正確には誰の子とも知れない捨て子だったのだが、村人は彼に妹と説明し、信じさせていた。

 

 おまえが我慢すれば妹は助けてやると言われ、彼は耐え忍んだ。妹が似たような言葉をかけられ、虐げられているとも知らないで。

 その顛末が、彼に人間を辞めさせる決意をさせた。


「貴方の怒りは知っている……〝アレ〟を見てしまったから」

 

 かつての旅で、クローネスたちは破壊神の生まれ育った村にも辿り付いていた。

 そこに人間は一人もいなかった。

 代わりに、形容しがたい〝壊れた〟生き物がいた。

 

 醜く弱い――それでいて、決して死なない。

 

 まともに動くこともできず、虫や獣に集られるだけの存在。

 表面を食べられ、再生したらまたかじられる――それだけを繰り返す人魔。


「アレを創り上げたことには微塵の後悔もない。だが、アレをおまえたちに始末させたのは悪かったと思っている」

 人と関わってこなかったからか、破壊神の喋り方は拙かった。

「おまえたちは子供だ。特に創造神なんてそうだ。豊穣神も見た目はともかく、心は子供だったな」


「……貴方、本当は何歳なの?」

「誰も数えてくれなかったから、知らない」

 

 ――壊れている。

 クローネスは背筋が寒くなるのを感じた。

 死神や悪神の成聖者とは別の存在だ。彼等はまだ人間らしかった。


「このまま生きていれば、我は〈子供〉と争わないといけない。そんなのは嫌だ。だから、死にたい」

 

 けど、これは違う。間違っても人ではない。

 そう、これは……神だ。

 だから、人神や人間には容赦がない。クローネスたち、創世神には慈愛の心を覗かせる。


「でも、破壊神が駄目だと言う。どうしても死にたいなら――せめて、狩猟神を始末してからだって」

 

 クローネスは森に逃げ込む。これ以上、面と向かってはいられなかった。


「創造神と豊穣神の成聖者は良くいるタイプらしいが、どうもおまえだけは違うらしい」

 気にせず揚々と、破壊神は続ける。

「この三柱は基本的に女、子供を選ぶ。争いを望んでいないからな。それなのに、今回の狩猟神はやけに好戦的だ。死神そのものを傷つけるなんて、普通じゃあり得ない」

 

 クローネスはそのことをあまり憶えていない。あの時はがむしゃらだっただけだ。

 ――エディンの

 彼女がに最期のお別れをしていた時、から……!?


「一つ訊くけど、貴方も死んだら……?」

 

 盲点だった。

 成聖者を殺せば終わりだと、クローネスは思い込んでいた。

 

「死んだことないからわからないと言いたいとこだが、破壊神との付き合いも長いからな」

 可能な限り暴虐を尽くすだろうと、かの神の成聖者は予測する。

「だから、おまえは我に殺されろ。そのほうが楽に済む」


「勝手な言い分ね」


「破壊神はおまえの存在を許さない。おまえが生きている限り、邪神に勝ち目はないからな。神のくせして、数十年も待てない性情なんだ」

 お喋りはお終いと言わんばかりに破壊神は〝槌〟を構え、

「創造神と豊穣神が来る前に終わらせよう」

 先ほどまでとは打って変わって攻勢に出た。

 

 振るわれる破壊の打擲を、クローネスは必死で避ける。獣、鳥、蛇と様々な動物を乗り継ぎながら、嵐が過ぎ去るのを待つ。

 決して空へは昇らず、木々を渡る。

 破壊の対象が多ければ多いほど、疲労は溜まると信じて。

 それにここは豊穣神の聖域。クローネスは思いつきで、木々を〝矢〟にして応戦に出る。

 効果はいま一つのようだが、無駄ではないはずだと、番えては放つ。


「ふーっ……」

 状況は最悪だというのに、クローネスは笑っていた。


「何がおかしい?」

 目敏く、破壊神が咎める。


「べつに。ただ、ジェイルはいつもこんな気持ちだったんだって思っただけよ」


「ジェイル……? 人神か」

 興味がないと言わんばかりに、破壊神は〝槌〟を振り下ろした。


「ジェイル。お願いだから力を貸して――」

 

 仲間と争っておいて彼に頼むのはズルいかもしれないが、クローネスは懐かしい歌を口ずさんだ。


「――慈悲深き神の恩寵アメイジング・グレイス

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