第23話 鍛冶神の答え

 異様な展開に、さすがのレイドも心配せずにいられなかった。

 

 ――大丈夫なのか、リルトリアは。

 

 クローネスを護る為、この地へ馳せ参じた彼だったが、今ではリルトリアのほうを気遣う毎日である。

 レイドのいる場所が場所だけに、入ってくる情報はリルトリアにとって都合が悪いものばかり。

 

 皇帝の出陣を境に、エマリモ平野の陣容は一変していた。

 

 まず、第一皇子と第二皇子の到着――予定では二万の援軍だったはずなのが、三万を超える大所帯となっている。

 

 これで八万近い軍となるも、指揮系統を統一する動きは一切見られない。

 

 この地で帝位継承戦にも決着をつける思惑なのか、独立した師団が複数存在する形を成していた。

 

 勢力的には第一、第二皇子がせめぎ合い、結局、弟たちの協力を獲得するに至らなかった第三皇子が一歩劣る展開。

 

 それに焦ってか、第三皇子は数を揃えるのに必死だ。

 

 リルトリアは中立を貫き、志願兵を中心とした、僅か五千ばかりの旅団を率いている。

 また、彼だけが遥か後方に追いやられ、陣をクロノスに向けて敷いていた。 

 考えにくいが、クロノスの急襲を恐れた長兄と次兄の要請である。ここに帝国の象徴が揃う以上、備えるに越したことはない。

 

 ――最悪は起こり得る、というのが彼等の言い分だ。

 

 結果、リルトリアの傍には常に剣呑な雰囲気が蔓延っていた。隙あれば利用してやろうと、兄たちが画策し、互いに警戒している。

 

 対して、今のところクローネスに危険は差し迫っていない。

 それに、近くにはペルイたちもいる。

 

 レイドは仲間たちにお手製の武具や装飾品を授けていた。

 それは鍛冶神の加護を込めた特別性で性能が優れているばかりでなく、特殊な方位針を持って位置を探ることができた。

 

 確認して、レイドはほっと胸を撫で下ろす。

 クローネスの傍に、仲間たちがいること。

 

 更には、エディンが来ていない事実に――

 レイドはどうも、エディンが苦手であった。

 

 そもそも、年上の女性が苦手という理由もあるが、彼女を前にすると自分が情けない存在に思えてくるのだ。

 加えて、エディンはクローネスと仲が良い。それはとても素晴らしいことだが、些か厄介でもあった。

 

 クローネスが色々と話すものだから、エディンは間接的にレイドについて詳しくなってくる。

 

 それこそ、昔から今に至るまで。

 

 その辺りは仕方ないと諦めよう。気恥ずかしいものの、クローネスに相談できる相手がいるという嬉しさには及ばない。

 問題は、それでエディンが小言を言ってくること。それも耳が痛いことばかりで、否定のしようもないのが辛い。

 

 かといって、彼女の助言に従うのは悔しい以前に、内容が無理難題過ぎる。

 指輪の件がそうだ。どうにか教えられたサイズ通りに作ることはできても、教えられた台詞を口にするのは、どうしてもできなかった。

 

 結局、黙って差し出しただけ。

 それでも、クローネスは嬉しそうに受け取ってくれた。

 

 ――思い出だけでも、充分生きていける。

 

 何処の馬の骨ともわからない自分が、正統な血を引く彼女に近づいていいはずがない。

 

 自分の人生を振り返ってみろ――皆、死んだじゃないか。

 

 母も姉も、優しかったシスターも……。

 いつまでも、家族が迎えに来ることを信じてやまなかった自分を馬鹿にしていたあの娘さえ、オレを助けて死んでしまった。

 

 ――呪われている。呪われているんだ、オレは……。

 

 戦い方を教えてくれた、あんなにも強かったエルモアさえも、自分の我侭に付き合って死んだ。

 

 そして、アデュラリアも――!

 

 身を隠す為とはいえ、女装していた自分を笑わずに、友達みたいに接してくれた。

 些細な言葉一つで傷つけることを、傷つくことを教えてくれた。

 本当に大切だった。初めて、好きになった。

 

 ――なのに、護れなかった!

 

 アデュラリアも、レイドを庇って死んでしまった。強くなったと思っていたのに、彼女の尊厳しか守ってやれなかった。

 

 ――いつかきっと、クローネスもそうなる。

 

 だって、彼女のほうが強い。本当は守ってやる必要なんてない。

 本当に必要なのは……傍にいてやることだってわかっている。

 けど! 傍にいればいつか、クローネスは自分を庇って死んでしまう。

 そんな予感が拭えない。

 

 ――拭えないから……逃げ出した。

 

 失うことには慣れている。

 そう思っていたはずなのに、全然違った。

 

 ――怖い。

 

 ジェイルが死んでからというもの、心の何処かで常に恐れている。

 仲間を、クローネスを失うことを。

 振り返って、やっと気付く。

 

 あの旅は、かけがえのないものだった。

 自分にとっても、そしてきっと仲間たちにとっても――


「あぁ……そうか。そういうこと……だったのか」

 

 不意に、わかった気がした。

 レイドは遅れながらも、ジェイルが命を落とす羽目になった理由に思い至った。

 テスティアが何故、自分で考えて欲しいと願ったのか。どうして、あんなのにも憤っていたのか――全てわかってしまった。


「……ジェイル、おまえは馬鹿だ。オレも……大馬鹿だ」

 

 二人は同じだったのだ。失うことを恐れるあまり、間違った道を選んでしまった。

 

 そうじゃない――そうじゃないだろ!

 

 レイドは自分を叱咤する。

 まだ、間に合う。オレはまだ、後戻りできる位置にいる。ジェイルが教えてくれたから……オレはまだ、間に合うんだ!

 何故だが、仲間たちに会いたくなった。敷居が高いと感じていたはずなのに、急に会いたくなった。

 

 レイドは走る。

 慣れない甲冑を鳴らしながら、一番近い仲間の元へ――

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