第43話タケル編【舞花からの手紙】

 僕が手渡された手紙を持ったまま動けずにいると、


「それ、舞花からです。いつかここでお墓参りしている車椅子の人が居て、私が知っている人だったらその人が舞花の大好きな人だから、この手紙を渡してほしいって頼まれていました。ここに来る前にそれがタケルさんだったんだって分かったけど、舞花の前で渡そうと思って、施設では渡しませんでした。」


と静かな口調で牧野は言った。僕はまだ固まったままだった。そんな僕を見て牧野は、


「私、管理事務所に行っています。手紙、読み終わったら来てください。」


そう言うと、僕に会釈をしてその場から離れていった。僕は牧野の後ろ姿をぼんやり見つめていたが、何が起きているのか、正直理解出来ずにいた。

 ひとりになり、ようやくさっき牧野が言った言葉が蘇って来た。舞花は誠也と僕、ふたりとも好きだと言ってくれた。でもさっきの牧野の言葉が本当だとしたら・・・。僕は信じられない気持ちだったが、受け取った手紙をここで読むことにした。


【タケルへ

 この手紙がちゃんとタケルのもとに届くことを願って書いてます。私は多分、もうそんなに永くは一緒にいられないと思います。誠也と一緒にクリスマスのイベントを考えてくれていることは分かっていたけど、当日のお楽しみなんだろうと思って気付いてないフリしてるんだよ。ホントはメチャメチャ教えてほしいけど。私、クリスマスまでは生きていられない気がします。だから、私の気持ちを手紙に書くことにしました。口ではちょっと恥ずかしいからね。それに、誠也にも悪いかなぁ?って思って(笑)

 私は、タケルの事が大好きです。初めてライブを見に行った時は実は誠也の方が「素敵だなぁ」って思ってました。だけど何度か見に行っているうちに気付いたらタケルの事ばかり見ていました。タケルの表情、声、仕草、全部愛おしかったよ。この手紙をお願いしたかすみは最初からタケルの事が好きだったから、私はかすみに自分の気持ちを伝えられませんでした。それどころか、タケルと誠也と交流があることも言えませんでした。私のお墓の前で偶然会ったら渡してとだけお願いしてました。かすみはどんな顔してるかなぁ?って想像しながら「ごめんね」って思ってます。】

「ひでぇなぁ。どんな顔想像して謝ったんだ?」

僕は自然と手紙にツッコミを入れていた。

【私は、高校でタケルを見かけた時、ちょうど治療が週末になった頃で、ライブに行けなくなった私に神様がサプライズプレゼントをくれたんだと思いました。タケルは全然気付いてなかったよね。それで、神様からせっかくプレゼントをもらったんだから思い切って近付いてみようって思いました。ライブの練習場に顔を出すようになったのも私と言う存在に気付いてほしいって思ったから。先生はいつも怒ってたけどね(笑)そりゃ、夜遅く病院抜け出す患者を怒らないわけないか。けど、いつも付き添ってくれたヘルパーさんはそっと抜け出すために先生が紹介してくれたんだよ。先生、私に甘かった!

あ、練習場に行き始めた頃は、外でヘルパーさんが待っていてくれていました。全然気付かなかったでしょ?】

「全然気付かなかったよ。」

僕は振り回されていたヘルパーさんとやらが気の毒になったが、気の毒がってるくせに顔は笑ってしまっていた。

【解散はとっても残念だった。出来たら二人でも続けてほしかった。私ね、ふたりにカバーしてほしかった曲があるって言ったの、覚えてる?その曲って私たちがまだ生まれる前の曲で両親が好きで聴いていた曲だったの。私が生まれてからも良く聴いてて私も覚えちゃったんだけどね。”かすみ草の詩”ってタイトルの曲。この手紙読んでるってことは私はもう居ないから、どんな曲か知りたかったら自分で探してみてね♪(私、無責任かしら?)】

「自分で突っ込んでる!無責任だなぁ、ホント。てか、教えてくれてたよ。舞花の前でちゃんと披露したよ。舞花こそ覚えてるか?最後までちゃんと聴いてたか?」

【そうだ!私ね、初めて私が入院してること暴露した時のエレベーターでのキス。あれ、ファーストキスだったんだぞ!タケルだったからすっごく嬉しかった。手紙だと結構素直に言えるもんだな。タケルが大好き過ぎて、それを誠也にも段々気付かれ始めた時はどうしようかと思ったけど、誠也は気付かないフリしてくれてたんだよ。気付いてた?多分タケルは鈍感だから気付いてなかっただろうなぁ。一度誠也ともキスをしました。けど、誠也は私の気持ちを分かってたからそれ以上は求めて来なくなったんだよ。誠也の中ではタケルに託すって気持ちになってたんだと思う。そんな気持ち、タケルは全然分かってなくてさ。そんな鈍感なところも大好きだった。いつかこの気持ちをちゃんと伝えられたらいいのになぁって思ったけど、私には未来がない。だから何も言わないでいくことにした。】

僕は読みながら自分の鈍感さに呆れていた。ホントにまったく気づいていなかったのだ。さらに続きを読んで、僕は自分の性格に腹すら立ってきた。

【私は多分、もうすぐ死んじゃう。けどね。お願いがあるの。ちゃんと前を見て次に進んでほしい。タケルの事だからずっと私の事を現実にまだいるとか、もしかしたらお墓に来てもここに舞花は居ないとか言っちゃうんじゃない?この手紙を読んでいる時点で私はもうこの世にはいないんだよ。ちゃんと認めなさいよ!私がこんなことを言うのはどうかと思うんだけど、この手紙を渡してくれた子、牧野かすみって名前です。彼女も私と同じようにタケルの事が大好きです。私と同じように癌だけど、彼女はきっと治ると信じてる。タケルが手紙を読んでいるってことは彼女はちゃんと治ったってことだもんね。もし、タケルがこの先彼女と仲良くなることがあるなら、私は全力で応援したい!って思ってる。手紙渡されただけで恋に落ちるかどうかは分からないけどね(笑)

鈍感なタケル君!目の前にあなたの事が大好きな人が居ますよ!私は彼女にも、タケルにも、誠也にも幸せになってもらいたい。私が見られなかった未来で幸せになってもらいたい。そしてそれを私に教えてほしい。天国に行けるかどうか分からないし、死んだあと、タケルの事を見ていられるのかも分からないけど、大好きなタケルが幸せになったところを見せてほしい!

あ、なんか、近所の世話焼きおばちゃんみたいになってる?そろそろ手がしびれて来たから手紙もこれで終わりかな?


最後に!

私を好きになってくれてありがとう。私はとっても幸せでした。

タケル、大好きだよ。


舞花】


 舞花は全部お見通しだった。今日墓に来てからの僕の気持ちや行動、この手紙を書いている時には予測していた。僕は手紙を握りしめ、


「一つだけ舞花の予測に反してるよ。僕、もう前を向いているみたいだ。」


と呟いた。そして、手紙を封筒にしまうと、管理事務所に向かって進み出した。管理事務所からは僕に気付いた牧野が出て来た。僕は、


「牧野さん。僕は、君の事が好きです。舞花からの手紙でそう思ったんじゃない。ずっと君を見てきて、今、ようやく気持ちがハッキリ分かった。舞花と友達だって告白の後、よそよそしくなったことにイライラしてた。最後の敷地外体験が終わったら離れてしまうことにイライラしてた。それで素直に前みたいに話せなくなってた。でもこのイライラは君の事が好きだったからだってようやく分かった。僕と一緒に前を向いてもらえませんか?」


と伝えた。牧野は小刻みに震えていた。何か言おうとしてはいるが声にならない・・・そんな感じで口だけが動いていた。しばらく続いたがようやく、


「私もこの体験が終わったらもう逢えないって思って辛かった。舞花が好きだった相手がタケルさんだって分かった時から私は舞花には一生勝てないって思って辛かった。だから、タケルさんに対しても冷たく接して、退所したら忘れようって思ってました。・・・私、忘れなくていいんですか?」


と言った。僕は、お互いに退所後のことで躓いていたんだと気付き、


「忘れないでください。」


と伝えた。牧野は、


「ありがとうございます。」


とその場にしゃがみ込み泣き出してしまった。僕は焦ってしまったが、しゃがんでくれたおかげで高さがちょうどよくなった。僕は牧野の両手を取り、


「これからもよろしくお願いします。」


と笑顔で伝えた。牧野かすみも泣き顔のまま笑顔で、


「はい。」


と答えてくれた。


 舞花。君は本当にすごいね。今、ここで謝っておくよ。僕は舞花より、牧野を好きになるかもしれない。けど、それでいいんだよね?僕は前を向くことにするよ。僕が道を間違えても、舞花から言われる前にきっと気付いてみせる。いつか舞花が「もう心配ないね」って思ってくれるまで頑張って前に進むよ。

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かすみ草の詩 あかり紀子 @akari_kiko

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