第36話タケル編【前が見えた】

 施設での生活も気付けば3ヶ月が過ぎた。

僕は施設の敷地内ならどこでも移動可能と言われるまでになっていた。この施設には移動出来る範囲が段階に分かれていて、自分の部屋と廊下、食堂のみと言うのが最初の段階。そこからフロア全体、建物全体、敷地内全体・・・という具合に行動範囲が広がっていく。敷地内全体の許可が出るとそれで問題がなければ退院に向けての最終段階である敷地外体験と言うものが待っている。

敷地内は多少の段差はあるものの、そこを難なく通ることが出来たとしても施設を退院した生活がここでの生活と同じように不便なく出来るかと言えばそうではない。

外にはもっと車椅子にとって不便なところがたくさんある。それを実際に何度か体験をしてみて生活に問題がないと判断されたらいよいよ退院と言うわけだ。


 この施設外体験にたどり着くまでにはやはり半年くらいはかかるらしい。あくまでの平均的な期間だが。幸い僕は敷地内全体まで来るのに平均より早いらしい。最初は難しいと感じていた車椅子の操作も気付けばしっかりとコツをつかんでいた。今までスポーツはおろか、筋トレなどもやったことがなかった僕はこの車椅子生活になって最初にぶち当たったものが”筋肉痛”だった。我ながら情けない話だが、とにかく手動の車椅子と言うものは手で漕がなければ前にも後ろにも進まないという事実に奮闘してしまった。


『自転車だって一度漕げば何もしなくても前に進むのにどうして車椅子ってやつは一度の漕ぎで進める距離がこんなに短いんだ?』


なんて思いながらの毎日だった。いくら筋肉痛でもそれを漕がなければ何も出来ない現実を、僕はいつの間にか受け入れていて、いつの間にか筋肉痛の代わりにマッチョとまではいかないにしても腕と胸、背中に立派な筋肉を手に入れていた。

 気付けば施設内は不便なく移動が出来るようになっていた。多少の段差もタイヤを持ち上げたり、そのまま進むことも出来るようになった。この先足が動くようになることはないと診断を受けた頃の僕に”何とかなるからそんなに不安になるな!心配するな!”と伝えてやりたいくらいだった。あの頃は舞花を失い、自分の人生まで失ってしまうと思い何度も舞花を追っていきたいと思っていた。多分、自分がラクになりたいと、それしか考えていなかったような気がする。”舞花を追っていきたい”と言いつつ、実際、舞花が元気になったとしても多分”死んでしまいたい”と言う気持ちに変わりはなかったと思う。舞花を利用して”死”を正当化しようとしていたようにも思える。とにかくただただ弱い人間だったなぁと過去を思い出すといつも最終的にはそこにたどり着いた。


 それが今はどうだろう。

”死んでしまいたい”なんてことはいつの間にか考えなくなっていた。今の目標は施設外体験で最終段階にプログラムされている【自分でルートを決める】で舞花のお墓参りに行くルートを何とか調べて、この施設からでも可能かどうかを調べることになっていて、舞花に前を見ることが出来るようになったことを報告したい!とそればかり考えるようになっていた。

よく【人はたくましい】と言うが、たくましいという言葉自体自分には無縁の言葉だと思っていた僕が、自分でも『僕ってたくましいな』と思えるようになっている現実に驚いているくらいだった。


 季節は舞花を失った12月から7月になっていた。

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