第35話タケル編【苦戦から得るもの】

 施設での生活が始まって2週間が過ぎようとしていた。

朝は6時起床。病院とは違い検温などはなかった。各部屋に取り付けられてるであろう学校で言うところのチャイムや放送などが聞こえるスピーカーから6時を知らせる放送が入る。僕は最初の1週間はどうしてもその声が聞こえず、結局誰かしらが起こしに来てくれていた。大音量ではなく静かに”6時になりました。”と言うだけなので熟睡しているとまったく聞こえなかった。


熟睡・・・


 そう。僕は自分でも驚くほどよく眠れていた。昼間のリハビリは病院のそれとは比べ物にならないくらいハードだったせいだろう。バリアフリーの病院でのリハビリなどここでのリハビリに比べたら準備運動にもならないほど緩かったと思い知らされた。それでも「退院したらもっと不便がたくさんあります。このくらいは軽くクリア出来ないと退院も許可が下りませんから頑張りましょう。」と言われてしまえば頑張らないわけにはいかない。ここは病院と名はついているが退院の時期は自分次第なのだから。


 ようやく誰にも起こされずに起きられるようになったが、起きてからの着替えや洗顔などの準備はまだまだ苦戦していた。どうにかコツを見つけながらやってはいるがいまだに『これだ!』と言う方法は見つけられない。すべての準備が整わないと食堂には行けないから空腹と支度の手間との闘いの毎日だった。退院したらすべて自分でやらなくてはいけない現実が待っている。だから出来るだけ誰かに助けてもらうことをしないようにと自分の中で決めていた。

 それでもあまりにも遅いとやはり牧野(僕の中で”かすみ”と言うと舞花を思い出してしまうので勝手に名字で呼ぶことにした)が様子を見に来てしまうのだ。着替えが終わっていれば問題ないが途中で様子を見に来られてしまうと、やはりバツが悪く更に手伝ってもらわなくてはいけなくなるとなかなかの屈辱もあった。相手が自分の元気な頃を知っているということがこの屈辱の原因なのだろうが、最初に宣言した通り、牧野は仕事をてきぱきとこなしてくれた。ONとOFFをしっかりと切り替えられる彼女を見ているとますます自分もしっかりしなくてはと思うのだが、頭で描いたイメージ通りには動けず、毎日毎日・・・いや毎分毎分苦戦は続いていた。


 僕はちょうど入院2週間目の日。6時より早く目が覚めた。これなら誰かが来る前に準備が出来ると意気込んでいた。洗顔の前に着替えをすると結局びしょ濡れになるからパジャマのうちに顔を洗いに行き、部屋に戻ってから着替えをするというコツも身に付けた。こんな単純なことならもっと早く気付けと自分にツッコミを入れたくなったが、まぁそこはスルーしてもらいたい。

 廊下には誰も居なかった。僕はいつも出遅れるため洗面台の順番待ちをしていたが今日はひとり占め出来る状態だった。


『もっと早く早起き出来るようになれば良かったなぁ。』


よく考えればこれももっと早く気付くべきことだった。何もかも気付くのが遅すぎる自分にかなり呆れてしまった。


 洗顔も無事に終わり、いつも通りびしょ濡れになったまま部屋に戻り、着替え始めた。ちょうどその時、”6時になりました。”と放送が入った。なかなかいい感じで食堂に行けそうな予感もしていた。少し早めに準備が出来る・・・たったそれだけなのに僕はその日、とてもワクワクした気分だった。

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