どうも犬君です。アルハラ禁止です!!!

事実その後の屑の行動は、かんっぜんに私からしてみればアウトの世界でした。


「ああ、ありがとう」


どこかから用意されてきたお酒をもらった屑が、流れるように髭黒様に勧めていくのです。

自分も多少は飲んでいるのですが、舐める程度。

髭黒様をアルコール中毒にしたいかのようなやり口です。

そして断られそうになると、


「おや、父上の所から用意されてきたお酒の味が、何か不具合が?」


なんていうんです。髭黒様は困ったような顔をしながらも、お酒に強いのでしょう。飲んでいきます。

屑め、よほど髭黒様を酔っぱらわせて、醜態を演じさせたいのですね。

ならばここは犬君の出番でしょう。

狼童の本気を舐めるな!

私は姫様の周りを見回します。よし、常識的にして良識的な皆様が、姫様を守るように囲っております。

これなら少しの間だけ、犬君が席を外しても気取られません。

ああ、こういう時のために、時々席を外す気質を演じていてよかった!

私は可及的速やかに席を外し、局の方に駆け足で戻り……誰も駆け足で女房が進むと思っていませんから、大丈夫! 十二単で跳ぶように走ったらそれは妖怪……、衣装びつの中の男物を引っ張り出します。

そして特急で着替え、表に出ます。

表に出るのは基本的に男性なので、女性がまさか男装して、現れるとは思われません。

つまりそれだけで、身分詐称が出来てしまうという便利さ! 

私は顔をあらわに、基本的な公達とはやや違った歩幅で、お酒を勧められて困っている髭黒様と、どんどん飲ませていくアルハラ屑の所に行きます。

流石に飲ませ過ぎでは、と周囲も困惑気味なのでしょう。しかし帝の可愛い息子君を誰も止められないでいたのです。

そこに颯爽と犬君は現れました。

そして無遠慮に、がつっ、と髭黒様によこされた酒の盃を掴みます。


「え……?」


横からとられるとは想定外でしょう。犬君はこれまた躊躇ない、一種上位身分の傲慢さに似た演技を行い、不敵に微笑みます。

そしてどかりとやや乱雑に座り、盃の中身を飲み干します。喉を鳴らす様も研究しました! 見よ、この男にしか見えない飲みっぷりを!

そして飲み干し、口元を手の甲でぐいとぬぐって、にいやり、と言う音が聞こえそうな動きで唇を下弦の月に似た形にします。


「酒ならこちらによこしてもらおう。喉が渇いて仕方がない」


若干どすの聞いた声で、さらに酒焼けしたような響きを作って、男にしか聞こえない音で言います。


「まずは一杯」


そのまま盃を突き出し、酌をしろ、と言いそうな顔で屑に顎をしゃくります。

周りは突如現れた、非常にぶっ飛んだ男の一挙一動にはらはらしています。当たり前だ! 帝の一番溺愛している息子に酌をしろっていう非常識普通居ない! その普通じゃない感じこそ犬君の目指す演技です!

屑は呆然としてぷるぷる震えています。屈辱だろ? と言いそうな感じで視線を向け、なんだ、と問います。


「さっきはそこの男に、頼まれもしないのによそっていたのに、俺にはできないのか? 何だ、お前、この男のとりまきか」


ざわっとざわつく皆さま。屑が髭黒様にお酒を勧めていた、それを絶妙に言い換えると、頼まれもしないのにお酌をした、と言う言い方になるのです。

この言い方をすると、屑が髭黒様より下の感覚で、媚を売っている、と思われます。

印象操作ですよ! ざまあみろ! 


「……」


こうなりゃ意地と言わんばかりに、屑がお酒をよそっていきます。犬君はがんっがん飲んでいきます。

蟒蛇じゃないですし、どんどん顔が熱くなっていくのもわかります。しかしここは根競べ、相手が犬君を散々不気味に思えば勝ちなんです。

そしてこれで、髭黒様から意識をそらすのも目的です。

屑はもう、早く私を泥酔させたくて、こっちに集中しています。

それはもうドン引きの量のお酒を、盃に注いでいます。

流石にちょっと、と皆様遠巻きになっていますし、その隙に髭黒様は屑と私から距離を取り、姫様の方の御簾に近くなってます。

そしてひそやかに話しています。


「彼を誰か存じているのか」


「とても堂々とした方ですけれど……同じ部署の物ではなさそうなのだが……」


「雅やかとは少し系統が違うのですけれど……なんだかとても目が離せないのではありませんか?」


「装束もそこまで高級なものではないだろうに、何故か光君より皇子っぽくも」


「親王様のお一人?」


「ああいった感じのお方がいるとは聞かないが……」


「まさか桜に見とれて現れた鬼か天狗か……?」


よしよし、正体不明っぽさが一層現れてきましたね。

私は杯を傾けます。独特の危険な匂いがしますね……よし。

屑が何か期待したような顔で、私を見ています。てめえの思う通りになると思うなよ! です。

私は傾ける寸前、手を止めます。

そしてぐいと屑に、盃を差し出します。


「いい酒だ。お前も飲め」


「え……?」


「お前は一度も飲んでいない。このまま酒が空になる前に、一杯くらい恵んでやろう」


かっかっか! と笑います。普段の犬君だったら死んでもそんな笑い方しません! ますます犬君と思われない! よし!

さらに屑は屈辱で真っ赤です。まさか帝の息子相手に、恵んでやろうなんて言う傲慢な言い方の男はいないでしょう!


「恵んでもらわなくても」


「まさか飲めないのによそ様には進めたのか? ははあ、呪符の粉でも入れたか?」


この当時から色んな呪いが存在しますからね。安倍晴明とかあれの時代ですもの。

屑は身をこわばらせました。そして周りの誰かが助けに入らないか、と見回しますが、皆屑の一挙一動を面白がってみております。

割って入る勇者はいません。そして優しい髭黒さまも、ご自身が同じ酒を飲まされた可能性に気付き、目を見張って様子を見てます。

御簾の向こうの姫様も、様子を見てます。

屑は固まったのち、汗でおしろいも禿げつつ、盃を受け取り、ぎゅっと目を閉じて一口飲みました。

よし、飲み込みましたね。

しかし、飲み込んだ屑は、油汗をかいてそのまま、ぱったりと倒れました。

あたりは大騒ぎに包まれます。犬君はそこでひょいと建物の屋根に飛び上がり、それからひょいひょいと、屋根を飛び越えるような動きで皆さんの視界から去ります。

皆さんのほとんどが、倒れて痙攣する屑に騒いでいるので、犬君が飛んで逃げた事に、気付く様子はありません。

そして私は歌舞伎の役者さんの真っ青な早着替えを行い、御簾の中に戻ります。


「姫様、大丈夫ですか……? 先ほど光君様にお酒をお渡ししていた殿方は……?」


余りの事に呆然としている姫様を支えながら、いかにも皆さんと一緒に見てました、と言う顔で聞きます。

すると女房の皆さまもはっとして、いない、と言います。


「いないわ」


「さっきまでそこにいらしたのよ?」


「まさか本当に鬼で、光君様を?」


「桜に魅入られてきたのでしょうか? 今宵の桜は特に美しいですけれど」


私もその会話に入っていきます。姫様はしばし口を閉ざした後、言いました。


「犬君……」


「はい」


「髭黒様が、あのお酒を飲まなくってほんとうに、よかった」


「はい、光君様が倒れたのですから、髭黒様も倒れたでしょう」


「鬼は光君様に罰を与えたのかしら、それとも髭黒様を助けに……?」


「どちらにしろ、お酒が毒物ではないのは、確かだと思いますよ」


酒の中に入っていたのは、大変苦い味でした。あれはおそらく炭です。白くなるまで焼いた奴。そんな匂いと味でした。どうせ呪符とかいう、嘘か真かわからない物を焼いて粉にしたものを混ぜたんでしょう。

そして屑はプラシーボ効果でぶっ倒れましたね。ふふん。


「毒だったら、一口めで鬼らしき御仁も、倒れていたでしょうから」


「そうね……毒だったらそうだわ。それに同じ盃で飲んでいた髭黒様も、倒れているはず」


「つまり光君様は……度胸がなくて鬼に負けて気絶したんでしょうね。鬼に試されて、鬼のお眼鏡にかなわなかったのでしょう」


お眼鏡にかなえば、きっと素晴らしいものが手に入ったのでは? 

白々しく言ってみます。そうね、あちこちから聞くお話では、鬼に勝つと素晴らしい物をもらえるものね、と女房の皆さまが納得しています。

声が聞こえたのか、周囲の皆さまもそんな流れになって行きました。

そして、鬼に負けた光君情けない、という空気も流れだしました……


「途中から変な苦い灰なんて入れるから、負けるんですよ」


口に出さずに、犬君は思います。ただ酒を飲ませて酔っぱらわせるなら勝っていたでしょうけど、そこで余計な物を混ぜて、しっぺ返しを食らう事をするから、馬鹿ですね。


「戻りますよ、皆さま」


姫様が気分を害した声で言います。騒ぎを聞きつけ、あちこちから警邏や検非違使も現れます。


「せっかくの宴だったのに、光君様のせいで台無し」


非常に辛辣な声で、姫様が背中を向けます。


「……髭黒様はお優しいわ」


そして、背後を振り返って見えた光景に、姫様が頬を染めました。

髭黒様が、薬師や陰陽師やその他もろもろに指示を出し、屑の応急処置をしているところです。

あんな目にあわされていても、自分が毒を飲まされたかもしれなくても、倒れている相手の手当が出来る心意気がいいですね。二重丸。

あれくらいの度量の男ならば、姫様を守ってくれるでしょう。いろんな意味で! 

ここから、姫様とのラブロマンスが始まってくれれば御の字です。

心の中でこぶしを握り締めていた私は、気付かなかったんです。

こっちを見ているらしい、一つの視線に……

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