第27話 どうも犬君です。心遣いが憎いです。

去った巌丸の後は誰も来ません。私はここぞとばかりにカワズさんに、今後の計画を言っておきます。

カワズさんは面白いものが大好きな協力者、面白い物を見るチャンスを逃させるのは心苦しいですし、他の人にはただの蛙に見えるわけですから……ちょこまかしてても誰も気にしません。


「……そんな事本当に起きるのか?」


カワズさんは私の話を一通り聞いてみて、そんな馬鹿な真似をあの屑が本当にするのか、と疑問しかないみたいです。

しかしこの犬君には、原作と言う心強いものがありますので……ヤツがやりそうな可能性は否定しないのです!

だってあの野郎は、葵上さまで満足せず、他所の女をどんどん欲しがるわけですから。

いや、あんたがちゃんとしてないんだろ、それにお前の方が立場が決定的に弱いんだからな、という再三の突っ込みをくわえる人がどこにもいないので、仕方がないです。

そしておそらく、奴の下半身は爆発寸前です。非常に下ネタな感じがして嫌な言い方ですが、葵上さまは今ご妊娠中。男の相手なんてとてもできない状態です。

だいたい、妊娠中にそんな事したら流産の危機になりませんかね。この世界でなくったって、お産は命がけの行為なんです。

まして奴は跡取り娘も息子もいない状態。妻子ともども死ぬなんて珍しくないのですから、そんな危険な行為をあの葵上が許すはずがありません。

それに色々な事をやらかし過ぎた下半身屑は、葵上さまのきついしつけを受けていて、他所の女性のもとに行くのもままならないと言う状態です。

私からすれば、ざまあみろ、と言う感じがしていますが、あの自分可愛い野郎がそんな反省するわけもありません。

花の宴と言う、出会いの場と言ってもおかしくない行事で、やつが新たなる被害者を見つけないわけがありません。

原作ではそれが朧月夜様だったわけです。

え、拒まなかった彼女が悪いって? おいおいよく考えてくださいよ。

ちょっと楽しい気分で、歌を歌いながら廊下歩いていたら、誰だかわからない男に引き寄せられて、誰もいない部屋に押し込まれて、深窓の令嬢が悲鳴をあげられると思いますか? 怖い事から皆が守ってくれていた本物のご令嬢ですよ? 悲鳴なんて出せるわけないじゃないですか、悲鳴って本当に怖い時は出せないんですよ?

それにその時間軸の朧月夜さまって、入内前というすごく大事な時期のお姫様ですよ? 

男性問題が起きたらそれだけで大ごとな時ですよ? 女房達が運悪く周りにいなかったから、守ってもらえなかったんですよ彼女。

怖くてパニックでそれでも、男の服に染み付いた、金持ちの匂いから相手が誰か察して、大騒ぎを起こせないって思ってもおかしい事じゃないですよね? 

その男と関係を結んだって知られたら、入内の話は流れます。家の期待を一身に背負っているお姫様が、家のためと日夜精進する頑張り屋さんの女の子が、騒いでその現場を取り押さえられたらどうなります?

……歯を食いしばって、男のなすがままに任せないと、色々なものがつぶれちゃう状況に持っていかれたんですよ。


「最悪の可能性をどんどん潰していくんですよ、カワズさん」


ああ考えるだけで業腹です。奴を再起不能にし過ぎると、葵上さまがかわいそうかもしれませんが、やっぱり奴は非モテ男子だった私からすれば許すまじな男です。

関わった女を全て不幸にした男ですからね! 好きな女の一人も幸せにできないやろうなんて、この犬君にしてみれば敵一択!


「さて、宴は明後日ですね、明後日何を着ましょう……」


そんな事を言いつつ、私は多分ほかの女性のおさがりとかのきれいなのを、借りるんだろうなと思ってました。

……思ってたんですよ、真面目に。想定外の事が起きてしまったけれども。


あくる日、明日が宴という事で皆どの衣装を着るか、どの衣装を借りるか、新しくするかで盛り上がっています。

着物の造り自体が、洋服と違って複雑じゃないからでしょうか。サイズもゆったりした感じがいいからでしょうか。

新しくするのに、そこまで時間がかからないんですよね。


「犬君、がんばってるわね」


「姫様の! 衣装です! 一針一針心がこもってるんです! ついでに言えば皆様も内親王様のお衣装のために張り切ってるじゃないですか!」


「だって内親王様可愛いんだもの」


「だって藤壺様衣装の作り甲斐があるんだもの」


この藤壺殿は、全く持って皆似たり寄ったりの気質の様です。我君大好き、我君最高、異論は認めないぜって感じです。


「で、犬君本人はどんなもの借りたいの」


「皆さまがそうやって、私に衣装を貸してくれるのが本当にうれしいです」


「だって犬君には当てがないじゃない。家族もいないし男もいないし」


「そうそう。衣装にまつわるものをこれまでずっと、私たちから借りてきてるんだもの。慣れているわ」


「あなた、ほかの人の引き立て役にぴったりな着方するし!」


「そりゃあそうでしょう、皆さまのようなきれいな方々と、姫様への気持ち以外釣り合わないですよ、私」


「ぶれない犬君、貴方が素敵よ」


皆で我君の衣装を作っていた時です。大体仕上げも終わってますし、これだけ綺麗に作ったわけですから、姫様も藤壺様も宴ではほめたたえられる……なんて思っていたその時です。


「もうし、もうし」


どこかから荷物が届きました。荷物自体は珍しくありません。女房の皆さまに、ご実家から色々なものが送られてきますから。


「誰にかしら」


声をかけてきたお使いに近い所にいた方が、荷物を受け取ります。

そして。


「犬君……驚きだわ」


彼女はなんとも言えない顔で、私に荷物を渡しました、え、私宛? 誰から。


「蛍帥宮様からよ……手紙付きだわ」


「どれどれ」


私は皆さんの前で手紙を開きます。中身はとても簡単で、姫様のお付きとして公になるんだから、これ位の衣装で気合を入れなさいと言う物でした。

荷物は事実衣装で……新品です。つやっつやの新品です。

でも、品のいいさりげない感じで、人を引き立てる色の組み合わせでした。よし、これなら誰からもやっかまれません。


「よかったわねえ、犬君。あなたが真新しい衣装を着られるなんて、一年に一度あるかないかだわ」


「蛍帥宮様も、弟子が可愛くていらっしゃるのね」


「これは私たちは着ない空気の物だわ。まさに姫君を引き立たせる女房のための衣装ね」


「旦那や実家からこれを送られたら、怒るわね」


「蛍帥宮様から、弟子の犬君に贈られるから許されるものね」


私の心の中と、皆さまの意見が一致してほっとしました。

明日はこれを着ましょう。さて、最後の最後です。

私は更に気合を入れて、姫様の衣装をしたて終わりました。

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