恋の重さ

灯花

恋の重さ

「ねぇねぇ、私ってさ、重いかな? 」


「うん、重い。早くどいてくれないかなぁと思う」


 そうじゃなくて、と言いながら私の背にもたれかかっていた少女は、向かいの椅子に座った。窓の外では野球部やサッカー部が熱心に練習に励んでいる。


「そういう物理的な『重い』じゃなくて、なんて言うの? ほら、愛が重い、的な意味で『重い』かどうか、ってこと」


 むむむ、と眉間にしわを寄せて彼女は言った。


「……まぁ、普通の人よりは重いんじゃない? 京香きょうかはよく言えば一途だからね」


「……悪く言えば? 」


 不機嫌全開。可愛い顔が台無しだ。とはいうものの、可愛い子はしかめっ面でも可愛いからズルいと思う。


「うっとおしい」


 答えたと同時に蹴りが飛ぶ。何気に痛いのでやめてほしい。


「女の子が人を蹴ったりしないの」


「男女差別だぞ。今の世の中、平等に生きなきゃ」


 相変わらず口は達者だ。


「そういうことじゃないでしょ。あと、足を開かない! スカートはいてる自覚を持ちなさい!」


 えー、と不満顔で彼女は言う。


「下に体操服のズボンはいてるから大丈夫だって」


「そういう問題じゃない! 」


「残念美人」というのは京香のためにある言葉だと思う。


 つややかな黒髪がトレードマーク。大きな瞳はいつもくるくると忙しく動き回っている。ものすごい美人、とまではいかないものの、普通に可愛いのだが……。


「? 」


 かわいらしく小首をかしげている。これは100点満点。


 ただ。


 中身は非常に残念。もう少し素行に気を遣ってほしい。

 うん。大和撫子やまとなでしこを目指せとまでは言わないから。


「で、どうしたの? 急に重いかどうか訊いたりして」


 そもそもはその話だった。いかん、彼女と話していると、話が大きく脱線してしまう。


「なんか、最近いろんな人に『京香って重いよね』みたいなこと言われるの。だからそんな言うほど重いのかなぁと思って」


 まぁ……その意見は正しい。


「私、そんなに重い? ねぇ、優翔ゆうとに重いって思われてたらどうしよう」


 ちなみに優翔は京香の彼氏。


「それ心配してる時点でもう重いと思うけど」


 すかさず私は突っ込む。


「嘘! これだめなの? 」


 心底驚いた!という顔の美少女。いやそんな顔されても。

 そもそも『重い』の定義があいまいなわけで。


「じゃあ、自分のバス逃してでも優翔待ってたり、授業中もずーっと優翔のこと考えてたりするのは? 」


 真面目な顔ですごいことを言っている。


「……京香、それわざと言ってる? 」


「何が? 」


 こういうやつだ。


「もはや重いとかいうだけの問題じゃない気がするけど。まぁ、それだけ京香は優翔のことが好きってことなんでしょ? 」


「……ううん。『大』好き」


 ……頭が痛い。帰りに薬局に寄ろう。


「私は、優翔のことが大好きなの。でも、優翔が私のことをそこまで好きじゃなかったらどうしよう、とか、勝手に一人で心配して優翔に迷惑かけたらどうしよう、とか……。好きになった分だけ怖くなる。ねぇ、どうしたらいいの? 」


 話がかなり重くなってきた。こういうところだよ、と言おうとして、私は言葉を飲み込んだ。


 京香の大きな瞳は、ひどく揺れていた。


「……大丈夫。優翔だって、京香のこと大好きだよ。部活の時だって、いつも『京香待たせてるから』って急いで帰るし、口を開けばいつだって『京香が』とか『京香は』とか、京香のことばっかりだし。私の知ってる中で一番のカップルなんだから、自信もちな」


 まったく。私も物好きだ。片想いの相手と彼氏がうまくいくように相談に乗ってやるなんて。


「……うん。ありがと。いつもごめんね」


「帰ろっか。優翔が待ってるよ」


「なんか気まずいなぁ……」


「それは京香だけでしょ」


 困ったお姫様シャイガールだ。


和雅かずまさって、女子みたいだよね」


私たち以外だれもいない廊下を歩きながら京香が言った。


「何を突然」


「女友達と同じ感覚で話せるから楽ってこと」


 あなたがそう思ってる限り、私の恋は実らないね。


「それ、誉めてるの? 」


何ともリアクションに困る発言だと思う。


「褒めてるよ! 私の中で最大級の賞賛だよ」


半ば向きになって彼女は言う。なぜ。


「ま、誉め言葉として受け取っとくよ」


「それでいーの。あ、優翔だ。優翔ー! 」


 彼女は私を置いて走り出す。その背中を無意識のうちに目で追いながら、私はふっとため息をついた。


 きっとこの恋は叶わない。


 そんなこと、とっくの昔に分かっていた。それでもいい。どんな形でも、彼女のそばにいることが許されるなら。彼女のためなら、どんなことだって……。


「……『重い』か。人のこと言えないな」


 私のつぶやきは、誰の耳に届くこともなく、見上げた暮れの空に吸い込まれていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋の重さ 灯花 @Amamiya490

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ