エピローグ 『終わりと始まりと○○と』

 


 大狼王キングウルフとの激戦から一夜明けた夜、私たちは宿屋に併設された酒場で行われる祝勝会に招かれた。

 町の危機を救った私たちに感謝を込めて、フォレストの住民たちが盛大な祝勝会を開いてくれたのだ。


「乾杯!」


 合図と共に、飲み物が入った器を酒場に集まった皆が軽くぶつけ合う。騒々しいが、心地よい雑音に包まれながらご飯を食べ始める。

 私たちの机には私にライ、エン君に、フェイちゃんとガイさんの五人がいた。

 ウィンさん達は、長身の男やその仲間の今後や、町の復興、大狼王キングウルフについてなど、ギルド管理局としてやる事が沢山ありすぎて、参加したいが直ぐには来れないとの事だった。


「それにしても、ここの料理はやっぱり美味しいにゃ~!」


 ライの目の前に山盛りあった料理は皿だけになっている。


「もう食べたの!? 乾杯から一分も経ってないのに!」


「まぁ、ここの料理は別腹にゃ」


「別腹ばっかで、あんたのメインの腹はいつ使われるのよ!」


「デザートに使われるにゃ!」


「本来の使い方と入れ替わってる!? 普通はデザートが別腹でしょ……」


 ライは一体何個の胃を持ち合わせているのか、昔からの付き合いとはいえ、本当に気になってきた。


「ライさんの言う事も分かります」


 エン君はそう喋りながら、目の前の皿にある料理を手を動かさずどんどん消費している。


「だから、それ本当にどうやってるの!」


 まぁ、昨日の夜みたいに殆ど動けない状態から回復したのは良かったが、エン君の食べる様は相変わらず凄すぎる。



「……でも……美味しい」


 そう言いながら、焼き菓子の葉クッキーリーフのチョコサンドを食べるフェイちゃん。目の前には甘い匂いで酔いそうな程、大量のデザートが並んでいる。


「相変わらず甘いのしかない!?」


「フェイ、いつも言ってるがお前はもうちょっと野菜を食べて栄養をだな……」


「そう言うガイさんは肉も食べて下さい!」


 フェイちゃんに栄養を語るガイさんの前には野菜しかない。


「いや、そうは言うが野菜は体に良くてだな……」


「そんなに緑一色の野菜ばっか食べるのは芋虫くらいですよ!」


「誰が芋虫だ! 誰が!」


「ガイは芋虫だったにゃ!?」


「……びっくり!」


「僕も驚きました……」


「少年まで!? お前ら本当に分かってないな! 野菜はこの世界で唯一無二の……ぐぉっ!」


「そんな話はいいから、これ美味しいから食べるにゃ!」


 野菜について話始めようとするガイさんの口に、ライが甘い爆弾スイートボムを丸ごと突っ込む。それ、地味に種が大きかった気が……?


「その勧め方は止めなさいよ……」


「げほっ! ごほっ! お前いきなり口に突っ込むんじゃねぇよ!」


「……あっ」


 咳き込みながらガイさんは近くにあったコップを手に取り、一気に飲み干す。


「あめぇ……」


「……私の……お気に入り……」


 確か、砂糖の花シュガーフラワーのジュースだったか? 空になった器を見て、フェイちゃんが目を見開きながら絶句している。


「……酷い……」


「いや、これはだな……」


「僕も酷いと思います!」


「俺も悪気があった訳じゃ……」


「ガイ最低にゃ!」


「誰のせいだよっ!! 何で原因を作った猫が俺を責めてるんだよ!」


「まぁ、ライには後から私がキツく言っておくんで勘弁して下さい」


「ごめんにゃ! てへぺ……いだだだだだ!」


「ちゃんと……謝りなさい!」


 ふざけようとするライの頭を片手で掴む。


「わ、分かったから頭を鷲掴むのは止めるにゃ! いだだだ! ガ、ガイ! 悪かったにゃ! 本当にすみませんでした……」


「分かったならいいが」


「ガイさんも経緯はどうあれ、ちゃんとフェイちゃんに謝って下さい!」


「いや、でも悪いのは…………わ、分かったから片手を見せながら徐々に近付いてくるのを止めろ! すまん、フェイ! この通りだ!」


「………………」


 両手を合わせて頭を下げるガイさん。


「悪かった! 王都に帰ったらお前が行きたがってたデザートの店に連れてくから!」


「……それなら……許す……」


 デザートの店と聞いた瞬間、フェイちゃんの顔が満面の笑顔になる。何この子、ちょっと可愛すぎるんだけど!


「……近い……」


「あっ、つい!」


 可愛すぎて思わずフェイちゃんを抱き締めていた。


「つい……で抱き付けたら、魔王はいらないにゃ! 王都の魔王さぁーーん! ここに変態がいるにゃ!」


「誰が変態よ! 私はただの!」


?」


「全く別の言葉じゃない! いよいよ字数も違うし、一文字も合ってないわよ!」


「……また……始まった」


「そうだな」


「本当に二人は仲良いですね」


 私たちの言い合いを聞きながら、エン君たちはそんな事を言っていた。





「ガイさんたちは帰ったらどうするんです?」


 祝勝会が始まってから大分経って、ご飯も食べ終えた私たちはのんびり過ごしていた。そこで、気になっていた事を聞いてみる。フェイちゃんたちは明日の朝には王都に帰るらしい。聞くなら今しかないだろう。


「そうだな。とりあえずは大狼王キングウルフの事について呼び出しが何度もあるだろうし、それの対応が主になるだろう」


「そうですか。折角ですし、また一緒に依頼にいけたらいいんですが……」


「あぁ~、どちらにしても近い内には…………」


「うん?」


 何かを言い掛けたガイさんが急に黙り込んだ。見ると、フェイちゃんがガイさんの服の裾を掴んでいる。


「どうしたのフェイちゃん?」


「……ナイショ……」


 フェイちゃんは人指し指を小さな唇に当てながら、私にそう言ってくる。


「ぐおぉぉぉぉぉーーー! 可愛すぎる!」


「急にどうしたんだよっ!?」


「いつもの事だから、まともに相手しちゃダメにゃ」


「そうか。まぁ、いずれ分かるから待ってろ」


 ガイさんはそれ以上は何も教えてくれそうにない。


「そうなんですか?」


「……待ってて……」


「フェイちゃんがそう言うなら」


 そして、二人と連絡がとれる通信用の魔法石と、よく訪れる王都のギルド名を書いた紙を私に渡して、明日の朝に備えてフェイちゃんとガイさんは部屋に戻っていった。


 少し落ち着いたので、ゆっくりとしながら考える。

 大狼王キングウルフとの戦いは終わったが、素直に喜べない事もあった。


 大量の戦狼キラーウルフを呼んで倒れた大狼王キングウルフは、事態が解決した後も気絶したままだった。そして、そのまま鎖に繋がれた大狼王は王都まで連れていかれたのだ。そもそもの原因を作ったギルド管理局が大狼王をどうするつもりなのか私には分からないが、ロクな事にはならないのだけは分かる。

 そしてもう一つ気になっていた事がある。本来ならこれは素直に喜ぶべき事だが、こんなに大きな事件にも関わらず、事だ。

 いくら、私たちが頑張っていたとはいえ、ここまで大事になって誰も犠牲になっていないのは不自然な気がする。

 洞窟で倒れていた魔王や、魔ノ者、凍らされた長身の男の仲間二人も、ライが泉で救いだした人たちも憔悴しきっていたが、皆生きていたらしい。

 フォレストの住民や、消火活動に参加していた人たち、王都からの応援も、皆怪我はあったが、まるで私たち以外の大きな何かが守ったとでも言うように誰も死ぬ事はなかった。

 信じられないような話だが、死者は一人もいないとのだから信じるしかない。


「………………」


 まぁ、これ以上私が考えた所で分かる事はない。素直に誰も死ななくて良かったと喜んでおこう。


「ライ、何してるの?」


 私の口に甘い爆弾スイートボムを押し付けていたライに質問する。いつの間にか私の口の周りは甘い汁でベタベタだった。


「これ、美味しいにゃ」


「その勧め方は止めなさいって言ったでしょ!」


「わ、悪かったにゃ! 呼んでも返事がなかったからつい……」


「ついじゃないわよ! 明らかに悪意あるじゃない!」


 ライに突っ込みを入れつつ、口元を拭く。


「嬢ちゃん!」


「ドロシーお姉ちゃん!」


 背後から声を掛けられ振り向くと、そこにはドンさんとリンちゃんがいた。隣にはウィンさんもいる。


「ドンさん、リンちゃん! 調子はどうですか?」


「あぁ、大丈夫そうだ。嬢ちゃん本当に、本当にありがとう!」


「いえ、私は約束を守っただけです! それに皆が協力してくれましたから……」


 全てが終わった後、私たちは急いで泉まで戻り、エン君達の力を借りて月の涙ムーンティアをもう一度作ったのだ。そして、出来上がった月の涙は……


「ありがとうドロシーお姉ちゃん」


「良かったね、リンちゃん……」


 抱き付いてきたリンちゃんの頭を撫でながら伝える。病気とは無縁に見える健康な顔色に、私も嬉しくなる。どうやら、月の涙ムーンティアはリンちゃんの病気をちゃんと治してくれたようだ。


「そういや、何でドンさんとリンちゃんはここに?」


「二人は今から王都に戻る事になったから、最後にドロシーくんに挨拶したいって」


 横にいたウィンさんが代わりに答える。


「あっ、そうなんですか! ドンさんも、リンちゃんも二人ともお元気で……」


「うん! ドロシーお姉ちゃん大好き!」


「ぎゃあぁぁぁぁーーーー! 可愛すぎる!」


「奇声を上げるのは止めるにゃ!」


 リンちゃんが大好きなんて言いながら、力強く抱き付いて来たせいで、危うく意識を失う所だった……


「嬢ちゃんには正直感謝してもしきれない。絶対に何があってもこの恩は返すつもりだ」


「そこまで言ってくれるのは嬉しいですが、あんまり気にしないで下さい」


「二人ともそろそろ……」


 ウィンさんが申し訳なさそうに言ってくる。


「はい。行こうリン」


「うん! またね、ドロシーお姉ちゃん! それに皆も!」


「リンちゃんまたね! ドンさんもまた!」


「またにゃ!」


「またです!」


「…………あぁ! 皆、またな!」


 少し考えた後、晴れやかな笑顔でドンさんが返してくる。また会おうね! という再会を望む別れの言葉――今のドンさんにとって、その言葉はとても貴重なのだろう……

 酒場から出ていく大きな背中と、小さな背中の親子を見送りながら考える。

 ウィンさんは悪いようにはならないと言っていたが、ドンさんはどうなるのか?

 今でもドンさんがしたことは間違っていないと思う。

 でも、そのせいで傷付いた人も沢山いるのは確かで、それが分かっていたからドンさんは苦しみ悲しんでいた。

 この事件が解決して直ぐも、ドンさんは逃げたりせずにウィンさんに自分から罪を認めていた。きっと最初から、全てが終わったら自分がやった事の責任をとるつもりだったのだ。

 私があれこれ考えても仕方ないのは分かるが、あの親子にとって、いい結果になる事を心から望む……





「エン君!」


 騒がしたかった祝勝会も一旦お開きになり、ギルドの前で夜空を一人で眺めていたエン君に声を掛ける。


「あっ、ドロシーさん……あれ? ライさんは?」


「ご飯代がギルドやフォレスト持ちなのをいいことに、上でまだ食べてるのよ」


「そ、そうなんですか……」


 流石のエン君も苦笑いしている。長く一緒にいる私ですら呆れているから、その反応は当然だろう。


「エン君はこれからどうするの?」


 全てが終わった今、もうここにいる理由はない。だからこそ気になっていた。


「僕は…………」


 俯き静かになるエン君。


「ドロシーさんはどうするんですか?」


 私にそう聞いてくるが、何やら考えている様子だ。


「私は変わらないよ。王都に戻って依頼をこなしながら、記憶を戻す方法がないか探すと思う」


「そうですか……」


 また沈黙が訪れる。俯いたり、空を見上げたりを繰り返していたエン君がやがて口を開いた。


「僕は故郷に帰ろうと思います!」


「そう……」


 心の底から悲しい話だけど、それを顔には出さない。エン君自身が考えて決めた事なら、私がとやかく言える事はない。


「一つ話を聞いてもらえますか?」


「勿論!」


 落ち込んでいる事を悟られないよう、元気な返事を返す。


「僕の親友は最後にこう言ったんです――自分の眼で脚で、色々な物を見て様々な事を知りなさい。あなたがそうやって成長して、大事な者を見つける事が、今の私の願いです……って」


「うん」


「この町に来て、色々な物を見て、様々な事を知りました。そして、ドロシーさんや、ライさん、ガイさんにフェイさん、友達とも仲間とも呼べる大事な人たちとも出会えました」


「エン君……」


 ゆっくりとだが、自分の気持ちを語っていくエン君。


「でも、それはまだまだ親友が望んだ事のほんの一部でしかないと思うんです。だから……」


「もしかして?」


「一度故郷に戻って、じっちゃんを説得して、今度は王都に親友を生き返らす方法がないか、調べに行こうと思っています!」


「エン君!!」


「ドロシーさん苦しいです……」


 嬉しくなって思わずエン君を抱き締める。また一緒に色々な場所に冒険に行けるかも知れない!


「あっ、そうだ!」


 エン君を解放して、向かい合う。


「な、何ですか?」


 じっと見つめられ顔を赤くするエン君に、真っ直ぐ手を伸ばす。宿屋の時や、大狼王キングウルフとの決戦の時とは違う、今度は横向きに伸ばした手。


 エン君は少しも迷うことなく私の手を握った。その手を私の両手で包み、もっと力強く握手する。


「エン君、これからもよろしくね!」


「はい! ドロシーさん、こちらこそよろしくお願いします!」


 握った手は熱く、これからどうなるのかはまだ分からない。

 だけど、きっと沢山の良いことがあると何故だか私は確信していた!



 これが、子ども好きな魔王と少年と沢山の仲間たちと○○な物語の終わり!



 そして、子ども好きな魔王と少年と沢山の仲間たちと○○な物語の始まりでもあった……







 暗くなったフォレストの町を大樹マザーの頂点から見下ろす。


「せっかくのに、大狼王キングウルフじゃ、この程度か……」


 町の被害は全くなかった。これじゃ、計画は少しも進まない。実験に使われ、強化されていたから、もっと俺たちの助けになると思っていたんだがな……

 所詮、下等な魔ノ者のする事だ。余り期待し過ぎても良くはない。


「だが、流石にあの時は焦ったな……」


 戦狼キラーウルフの歯形が山ほどついたローブを見る。馬車で西入り口に向かう途中、戦狼の群れに襲われた時は思わず、本来の力を使いそうになった。

 確か名前はガイだったか? あいつの位置からは俺は食い殺されたように見えただろう。

 死んだ事にする方が動きやすくなる事は分かっていたので、戻る事はしなかったが……


「これだから下等な魔ノ者や魔物は大嫌いなんだ!」


 ローブを空に投げ捨てる。ローブは風に強く煽られ、肩についた王都の紋章を醜く歪ませながら、遠くに飛んでいった。


「まぁ、潜入にもそろそろ飽きていたし、丁度良かったかな」


 長い間、ギルド管理局や色々なギルドを見てきた。必要な情報は大分集まっただろう。痕跡は全く残していない。

 フォレストで直接俺にあった奴らからも、既に

 目の前で俺が殺された事すら、馬車に乗っていた奴らはもう覚えていない。


「計画は進まなかったけど、面白いものが見れたな」


 人間でありながら、自ら魔力を生み出し扱う少年――俺たちが必要としているのはああいう存在だ。

 自分がすべき事を再確認し、腕に巻いたをキツく巻き直す。

 少しずつでもいい、着実に計画を進めていく。


 全ては世界の為に……


「さぁ! 次の計画を進めよう」

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子ども好きな魔王と少年と○○と~○○はあなたが決める物語~ 要 九十九 @kaname-keniti

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