笑顔の可愛い女の子

「嫌われた……」

 机に頭を置き、動かない。動けない。体を動かす気力さえなかった。

 教室には物悲しい夕日が差し込み、僕をより一層悲しい気持ちにさせた。

「まぁ、そんなに落ち込むなよ。謝ったら許してもらえるよ……多分」

 指宿が僕を慰める。他の二人は気まずくなったのかどこかへ行った。

「けど、大嫌いって……大嫌いって……」

 明美さんの冷たい声を思い出す。

「えーっと……おい」

 教室の扉から声がする。机から頭を離さず、ずりずりと振り向くと、明美さんの兄……らしい、篝という男が立っていた。

「お義兄にいさん……何を……?」

「お前の兄になった覚えはないが……まぁ、なんだ。一つ昔話をしに来た」

「昔話……?」

「……明美の話だ。どうして顔を見られるのを嫌がるのか……分からんままじゃ、お前らも納得行かんだろう」

 そう言って、篝は滔々とうとうと話を始めた。

「あいつの能力はご存知の通り『透明化』なんだが……性能がちょっとピーキーでな。効力パワーがAで、操作コントロールがEなんだ。能力が目覚めた頃は苦労したよ。近くにある物、全部透明にしちまうんだから。特に自分の体は中々調整が難しいみたいでな。ほんのちょっとでも気を抜くと透明になっちまうらしい」

 先程、中庭の花が全て消えたのを思い出す。あんな現象が日常的に起こっていたなら……苦労するだろう。

「さて、一日中気張ってるわけにも行かない。透明人間であるあいつと日常的に付き合う人間……友達や家族なんかは、あの姿と付き合わなきゃならないわけだが……それができる人間は、俺以外に居なかった。母や父でさえ、明美の姿を拒絶した」

 一瞬だけ、篝の眉が忌々しそうに歪んだ。

「確かに、あの姿は。表情が見えないっていうのは、不気味だ。それは分からんでもないが……その拒絶があんまりに露骨でな。あいつは心に深い傷を負った……その傷を癒そうと、他の人間に擦り寄ったけれど、どいつもこいつも二言目には『顔見せて』だ。……それも当然っちゃ当然の反応なんだろうが……その時のあいつにとっては、少し辛い言葉だった」

 心臓がどきりと跳ねる。僕がした事は、その『他の人間』と全く一緒だったからだ。

「そしていつからか、あいつは自分の顔を見られるのを極端に嫌がるようになった……あいつには、ありのままのあいつを受け入れてやれる人間が、もっと大勢必要だったんだ……けど実際には、俺しか居なかった。いや、俺だって、超能力者として目覚めていなければ、ここまで親身なれたかどうか……」

 篝が、手のひらを見つめる。

「……はい。昔話終わり。……何度も言うが、お前らがした事はそんなに理不尽なことじゃない。見えない物を見たがるっていうのは、当たり前のことだ。だから、お前らを責めるつもりもない……けどさ。さっきの話を聞いて、理解したよな?分かったよな?納得したよな?あいつが、どんな思いだったか」

 篝の体から、火の粉がちりちりと舞う。

「分かってもらえたんなら、俺の妹に一言謝って欲しいんだが……」

 篝が、ぎらぎらと焼けつくような眼でこちらを睨む。けれど、そんな脅しのような真似をされなくたって、こちとら元よりそのつもりだ。

「はい……」

 力なく答える。指宿も遅れて、はい。と答えた。

 それを聞いて、篝の眼つきは元に戻り、火の粉も収まる。

「……ん。それじゃあ、明美を呼んでくる。お前らはここで待ってろ」

 そう言って、篝は教室から出ていった。

「……とんでもないことをしてしまった……僕は、好きな人を……傷付けてしまった……寄り添ってあげる事が、できなかった……っ!」

 自分の顔を、机にごりごりと擦り付ける。自責の念、というより、ただの八つ当たりだった。

「そ、そんなに自分を責めるなよ。事情を知らなかったんだから、仕方ないって。お兄さんも責めるつもりはないって言ってたし、誠心誠意謝れば大丈夫だって」

「そうだ……謝らなければ。土下座だ、土下座の準備をしなければ」

 椅子から立ち上がり、床に正座する。

「土下っ……まぁ、それぐらいはしなくちゃならんかな」

 指宿が僕の隣に正座する。これで二人でいつでも土下座できる。

 そして教室は、二人の正座している男と共に、神妙な静寂に包まれる。

 そのまま少し経った後、僕は口を開いた。

「……なぁ。ちょっと、僕の昔話も聞いてくれないか」

「……おう」

 断られたとしても、無理矢理聞かせるつもりだったが、指宿は素直に応じた。

 話を、始める。

「僕もさ。この能力のせいで友達を失ったんだよ」

 指宿の二の腕を指でつんと突き、能力を使う。すると、びぢっ、という嫌な音がした。

「いたっ……え、何、今のは」

「想像してくれ。大きな機械の中のたくさんの歯車の内、一つだけを加速させたらどうなると思う……周りの他の歯車は無理な動きを強いられて、多大な負荷を受ける事になる。今、お前の体でそれと同じ事が起きたんだ……この能力は、直接、人を傷つけることができる。しかも操作コントロールはC。格段に低いわけじゃないが、高いわけでもない。目覚めたばかりの頃は、上手く能力を制御できなかった。それで、一人、傷つけた」

 怯えたクラスメイトの顔を思い出す。

「傷つけた。って言っても、今のお前にやったぐらいの物だ。血も出ない、後遺症も残らない。正直、生身でデコピンした方が痛いくらいの威力だ。けど、あいつらは怯えて、僕は徹底的に孤立した。誰も、僕に近寄らなかった……純粋に、悲しかったよ。友達だと思ってた奴に拒絶されて、悲しかった……」

 指宿は少しだけ、気の毒そうな顔をした。

「だから、多分、僕はただ、自分に優しくしてくれる人が欲しかっただけなんだ。だから僕は、明美さんなら僕にも優しくしてくれると思って……都合いいよな。僕が明美さんにした事は、僕を拒絶した人間と一緒なんだから……きっと、被害者ぶることだっておこがましいんだ。僕に能力が目覚めず、他の奴に目覚めていたら、僕だってそいつを寄ってたかって拒絶したんだろうと思う」

「いや、そんなことないと思うぞ」

 指宿が口を挟む。

「お前も、優しいもん。だからそんな事は、きっとしない」

「僕が優しい……?」

「……俺の能力、『無効化』じゃん。しかも周りに超能力者も居なかったんだ。だから、上の人が来るまで自分が超能力者だって気付いてなかったし、輸送バスの中に放り込まれるまで、普通の高校生として生きてたんだ。だからまぁ、お前が俺の隣に座る前にも、他の奴に話しかけてお友達作りに励んでたんだけどさ。みーんなまともに取り合ってくれんかった。『話したくない』とか『近づかないで』とか……今思えば、お前みたいな経験をした奴ばっかりだったんだろうな。俺は思ったよ。『あーあ。これからこういう、怯えたり怯えられたりの関係ばっかで、仲の良い友達は作れねーのかな』って……そこに現れたのが、お前だ」

 指宿がビシッと、小指で僕の顔を指した。

「お前もまぁ、愛想良いとはお世辞には言えない態度だったけど……それでも、お前だけは、俺と対等に話してくれた。答えてくれたし、聞いてくれた……多分、人の良い悪いに超能力がどうとかは関係ないんだ。お前や、明美さんの周りの奴らが、元々そういう奴らだっただけだろ。少なくとも俺は、あの時、隣の座席がお前で良かったって思ってるよ」

 指宿がにこっと微笑む。

「でも、僕は、明美さんを……」

「あぁー!もう!うじうじすんな!別に取り返しのつかないことじゃないんだかさぁ!喧嘩なんて超能力が目覚める前にだってしただろ?そんで仲直りもしただろ?……いやまぁ、できんかった奴も居るだろうが……俺はしたぞ」

 指宿が僕の顔の前で手をぶんぶん振る。仲直り……できるだろうか。

 できたらいいな。

「……そうだな。全力で土下座しよう。顔を見たがったことを謝ってから、まずは友達になることから始めよう」

「おう!その意気だ!」

 指宿が僕の背中を叩く。きっと完璧な土下座をして見せよう。

「……けど、遅いな。篝と、明美さん」

 どかん、と音がした。

「っ!?」

 慌てて教室から出ると、別校舎の教室の一つから黒煙が上がっていた。

「あれって篝の能力か……?一体、何が……行くぞ!指宿っ!」

 呼びかけ、指宿が正座の姿勢を解く。

「お、おうっ……あだだだっ!あ、足が痺れてっ、走れないっ!」

「こんの役立たず!」

 指宿を置いて、教室から飛び出る。



・・・・・・



 黒煙が上がる教室に辿り着くとそこには、床に伏す篝と、水の触手に囚われている明美さんと。

「は、速見くんっ、逃げて!」

 水を操り、明美さんの身動きを封じている……水門が立っていた。

「……おや、速見さん。また会いましたね」

「これはどういうことだ……水門。お前がやったのか」

 床の篝は、動かない。気絶しているようだ。

 明美さんも、衣服が所々破れている。何らかの危害が加えられた事は間違いない。

「はい。計画の邪魔をされたので、排除しました。……僕が『液体操作』でそいつが『火炎操作』。相性は最高だったんですが……流石、オールA。上の奴らに危険視されるだけの事はある。倒すのに中々骨が折れましたよ。まぁ、結果はご覧の通りですが」

「……能力を解除しろ。明美さんを解放しろ」

「僕もそうしたいのは山々なんですけどね。拷問みたいなことにも疲れましたし。しかし、彼女に僕のお願いを聞いてもらうまでは、どうにも……」

「お願い……?」

「……速見さん、この水の触手が見えますか?」

 水門が、背中に束ねている複数の水の触手の内の一本を動かし、天井を指す。

「……見える。それがどうした」

「そうなんですよねぇ、いくら純粋な真水でもね。光の屈折とかが原因で、見えちゃうんですよ……でも、もしこれが『見えない触手』だったら、もっと強いと思いませんか?」

 水門が指を突き立て、それと触手の動きを連動させ、ゆっくりと振る。

 どうやら水門の『お願い』とやらは、能力の媒介となる水を『透明化』してもらう事らしい。

「まず、隠密性も上がりますから、溺死による暗殺がもっと簡単になりますし、戦闘の性能も上がります。見えないから防御も難しいですし、予想外の一撃っていうのは効きますからね」

「何だ……?暗殺とか、戦闘とか、何の話をしてる?」

「……速見さんは、このままでいいんですか?・・・超能力者が迫害され、下等な旧人類に管理されている現状に、何の不満もないんですか?……僕は、不満です。おおいに不満です。旧人類に分からせてやらねば気が済まない。どちらが、生物として上なのか」

 触手にごうっと波が立つ。水門の瞳は、まるで氾濫し、荒れ狂う川のように、乱暴で、黒かった。

「速見さん。そして、明美さん。おそらく、あなた方にもあるでしょう。旧人類共に迫害された記憶が……憎いでしょう。忌々しいでしょう」

 彼らの拒絶を思い出す。それだけは水門の言う通り、憎く、忌々しい思い出だ。

「わ、私は……」

 明美さんも同じように思い出し、同じような感情を思い出しているのか、言葉の歯切れが悪い。

「奴らの言いなりになるのはしゃくでしたが……僕にはあの輸送バスが楽園行きのように感じられましたよ。きっと同じ経験を持つ同志が、この学園にはたくさん居る……強者である篝さんの理解を得られなかったのは残念ですが……今こそ!僕ら超能力者は志を一つに、世界を支配し、超能力者の理想郷を創る時が来たのです!」

 水門が両手を広げる。

「これ以上、あなたを傷つけるのは、僕も不本意です。明美さん。そして速見さんも。手を」

「わ……私、は……」

 明美さんが水門の手のひらをじっと見つめる。

 僕は水門に手を差し出した。

「速見さ……」

 そして拳を握り、させた。

 次の瞬間、発動した僕自身ですら認識できないスピードで、拳が水門の顔面に直撃し、教室の壁まで殴り飛ばした。

 遅れて、ずどん、という音が脳に響く。

「はぁ……っ、予想外の一撃は、効くんだろ……?」

 水門は何も言わない。水の触手も全てただの水に戻って、床を濡らしている。どうやら気絶させることに成功したようだ。

 明美さんの方向へ振り向く、水の飛沫が明美さんの髪に降りかかって、その輪郭を映し出していた。

「ショートヘアなんだ……可愛い」

「え?」

「んんっ!!何でもない」

 大きく咳払いをして、誤魔化す。彼女の姿に関して、詮索してはいけないと聞いたばかりではないか。誤魔化すように明美さんに手を差し出す。

「さぁ、明美さん。早くここから……」

「は、速見くんっ、それ……っ!」

 明美さんが僕の手を見て驚く。改めて見てみると、腕の加速させた部分と、そうでない部分の境界線の肉が裂け、血が流れ出ていた。

 次の瞬間、身体がガクンと揺れ、力が入らなくなる。体の血の流れがちぐはぐになっているのが分かる。とある箇所は、少し動かそうとしただけで過剰に動き、そのしわ寄せか、別の箇所が眠っているように動かない。体のコントロールがまるで効かない。

 自分の体に『加速』を出力最大で使ったのは初めてだ。……そうか、に負荷がかかるのか。

「……ごめん。手を貸せそうにない。明美さんだけでも……」

「どうして……?」

 触手から解放された明美さんが、僕の言葉を遮って問いかける。

「どうして、そんな風になってまで、私を助けてくれたの?もしかしたら、速見くんもひどい目に会ってたかもしれないんだよ?私、あなたに大嫌いって言ったのに。あなたは、私の顔も知らないのに……」

「……顔は知らないけど、それ以外の事は知ってるよ。花が好き……とかさ。それに、君が捨て猫のために自分の身体を投げ出せる、優しい人だって知ってる。……僕も、そんな人間でありたかったんだ」

「速見くん……私……」

 明美さんが、何かを言おうとした瞬間だった。

 前触れなく、足元から水の触手が現れ、僕らを捕縛する。

「!」

「……いやぁ、いいパンチでしたよ。速見さん。もし予測できずに、触手による防御が遅れていたら、十数秒の気絶じゃ済まなかったでしょうね」

 教室の奥で、水門がゆらりと立ち上がる。

「……その口振りじゃ、僕が握手に応じないことは分かってたみたいだな。じゃあどうしてあの時、手を差し出した?」

「ええ、何となく分かってましたよ。あなたも僕を理解しないんじゃないかって……それでも、理解して欲しかったんです……っ!」

 触手の僕を締め付ける力が上がる。

「くっ……!」

「どうして!どうして!どうして誰も僕を理解しない!旧人類共はおろか、同じ超能力者であるあなた達でさえ!どうして僕を否定するんだぁっ!」

 水門が叫ぶ度に、触手の力が増していく。肺から空気を絞る。

 それを好都合とばかりに、僕も叫び返してやる。

「簡単なことだよ、水門……っ!僕は、そもそも、超能力者とか旧人類だとか、どっちが上とかどうでもいい!」

 体に力を籠める。

「ただ僕は!明美さんを傷つけたお前が許せない!」

「……黙れっ!黙れぇっ!あなた達もあいつらと一緒だ!力もないくせに、僕を迫害し、拒絶し、理解しない!あの愚かな旧人類共と同じだ!……支配してやる……っ!この僕がぁっ!」

 締め付けられ、息が難しくなる。段々と、意識が遠のいていく……。

 その時、水門の手元に誰かの指がびしっ、と現れ、水門の小指と結ぶ。

「っ、何だ!?」

「ゆーびきー……」

 この声、あの能力。指宿と秋空だ。

「……くっ!こんな指、すぐに切り離して……」

 水門が触手を刃状に変形させて、空中に浮く指を切り落とそうとする。

 が、しかし、その触手は全て直前で、飛んできた火球によって蒸発する。

「……っ、お前の、好きには、させない……っ」

 起き上がった篝が、その隙を突いて僕を捕らえていた触手も蒸発させる。

「今だっ!」

 僕は即座に水門の手元に飛び掛かり、指切りを加速させる。

「ゆきげまうつたはせぼのすびっ

  びりんんそいらりんんまゆきた!」

 指切りは一瞬で完了し、水門の能力が『無効化』される。僕が殴って数秒気絶させた時のように、もう一度触手がただの水に戻る。

「くっ……くそぉっ!」

 水門が逃げようとするが、教室の扉の前には、起き上がった篝が立ちふさがる。

「随分好き勝手してくれたなぁ……っ!」

「……っ!」

「お前はもう、謝っても許さない」

 どかん、と音がした。



・・・・・・



 肉が裂け血が出た所は、包帯でぐるぐる巻き。また、全身の筋肉痛がひどいので、湿布を体中に貼った後、

「数日絶対安静ね……」

 指宿が僕の横で、りんごの皮を剥きながらそう呟いた。

 僕が寮部屋で絶対安静を命じられてから、初めての見舞い者だ。

「ほい」

 指宿が剥き終わったりんごを切り分けて、僕の横のテーブルに置いた。

 うさぎちゃんカットだった。

「気持ち悪いなお前……」

「そういうお前は口が悪い」

 指宿が果物ナイフで僕を指す。行儀も悪い。

「その口の悪さに、入学一週間でサボタージュ。こりゃぼっちがするな」

 指宿が笑いながら、りんごに爪楊枝を刺した。

「いいんだよ。別に。もうお前が居るんだから」

 僕がそう返すと、指宿は目を丸くした。

「……お前そういうことも言えるんだなぁ」

「僕を何だと思ってるんだ」

 そこで、次の見舞い者が現れた。

「せんぱーいっ、大丈夫ですかうわ湿布くさっ!」

 秋空だ。

「黙れ」

 この匂いに一番辟易へきえきしているのは一日中ここでじっとしている僕だ。

「はー、筋肉痛。筋肉痛ですかぁ……」

 秋空が笑みを浮かべる。出会った時の、ニヤニヤと心底嬉しそうな笑顔だ。

「えいっ」

 秋空が僕の腹筋を突っつく。

「あだだだっ!」

 痺れるような痛みが腹筋から全身へ波及し、駆け巡る。迸る。

「おりゃおりゃ」

「あだだだっ、やめっ、やめろぉっ!」

「はいはい、やめますよー……」

 秋空が手を引っ込め、後ろで手を組む。

「そいっ『ワームホール』!」

 異空間を通し、背中を突っつかれる。仰向けに寝っ転がっているので、体重の分、深く指が刺さる。

「あだだだっ!」

「あはははっ!保健室での仕返しですよせんぱぁい!あはははっ!」

「おまっ、覚えてろよこん畜生……!」

「ははっ、はぁ……」

 秋空はしきりに笑った後、指を引っ込めて、次にいちごミルクを取りだした。「なっ、お前それはやめろ!今動けないんだぞ!」

「……何言ってるんですか?これはただのお見舞いの品ですよ。ほら、つまらない物ですが」

 うさぎちゃんカットのりんごの横に、いちごミルクが並ぶ。

「まぁ、その、お大事に。って事で」

「……そうかよ」

 そこでこんこんっ。とノックの音が鳴る。

「おやおや、本命が来たみたいだな」

「そんじゃ、私達帰りますねー」

 次の見舞い者と入れ替わりに、二人が出ていく。

「あ、えっと……こんにちは。調子どう?速見くん」

 明美さんだ。明美さんと、二人きり。

「ごめんっ!」

「えぇっ!?」

 土下座ができないので、せめても、と声を張り上げる。

「君の気持ちを考えてあげることができずに、君を傷つけた……ごめんなさい」

「いっ、いやいや!謝りたいのは私の方で……その、拗ねて大嫌いとか言っちゃってごめんなさい!それから……あの時、助けてくれて、ありがとう。速見くん」

 ありがとう。その一言が、胸に染みる。生きてて良かったと思える。

「僕を、許してくれるのか……?」

「もちろん!それに、速見くんは人を顔で判断する人じゃないって分かったもんね!花が好き。とか、ショートヘア。とかそういう所見てくれてたの、ちょっと嬉しかったな」

 明美さんがにこっと微笑ん……だ気がする。透明なので確証は持てないが、きっと笑った。笑ってくれたに違いない。

 何だか、良いムードだ。

「……あいつらがお見舞いの品を持って来てくれたんだけどさ。僕、今動けないから飲めないんだよね……その、明美さんさえ、良ければ、飲ませてくれないかな。いちごミルク」

「えっ……あっ、はい!」

 明美さんがいちごミルクを持つ。そして、ゆっくりと僕の口元へ近付いていく。

「そう、そのまま……」

 ゆっくり、ゆっくりと……。

「いや、もうちょい右。それからそこの穴に突き刺して、思いっ切り握り潰して」

 明美さんは僕の言う通りに動いてくれた。

「えいっ」

 すると、上の階の部屋からどったんばったんと物音が聞こえた。

「ぎゃあああっ!耳に!いちごミルクが!いちご耳ルクがっ!」

 ……やはり『ワームホール』で盗み聞きしていたらしい。

「ったく、あいつらは……」

「ぷっ、あはっ、あはははっ!」

 明美さんが笑う。それなら、あいつらのいたずらにも意味があったかな。と思う。

「……ねぇ、その、明美さん。僕と友達になってください」

「はいっ!」

 こうして、僕らの少年少女の物語ジュブナイルが始まる。



  -おわり-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超能力者学園ジュブナイル 牛屋鈴子 @0423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ