Scene 6.




 むっつりと押し黙った一号が着席するのを確認してから、議長は改めて一同を見回して言う。


「それでは……皆様より一通り、意見は出されたようですが、ここでお互いの意見に対して質問、反論等ありますでしょうか。

この中継弁論を視聴している第三者が誤りのない判定を下せるよう、皆様にはこの場で議論を出し尽くしていただきたいと思いますが」


 議長の言葉に、しかし挙手する者も発言する者も現れない。


 そろって黙り込んでしまった弁論者たちを見やって、落ち着きを取り戻した一号は小馬鹿にした様子で鼻を鳴らした。


「意見がなければ、今回の弁論もこれで終わってしまうぞ。

もっとこの場にいる全員を、自分の意見で説得させる気で発言してみたらどうだ。

もっとも、何と言われようと私は自分の意見を変える気などないが」

「随分、強硬でいらっしゃるんですね、一号さんは」

「当然だ。

猫がスパイであることは事実。

奴らは愛らしい外見で我々を惑わし、洗脳している。

世界中の数々の現象がそれを証明している。

そんなものを地球上にこれ以上のさばらせておくわけにはいかない。

全ての猫は撲滅する! 私の意見は変わらない」

「感情的だなぁ……」

「何?」


 揶揄を含んだつぶやきに一号は鋭く声の方を振り向いた。

 発言者は案の定三号で、一号の衝立越しにもわかる険悪な視線をものともせずに、弁論者三号は冷ややかに言った。


「さっきからさ、あなたの発言、妙に感情的に聞こえるんですよ。

無茶な意見を主張するし。

何か猫に個人的な恨みでもあるんですか?」

「いや……私は、あくまで情報を分析してみた結果を、参考に……」


 感情的と言われて、とたんに一号は言葉を詰まらせた。

 そのうろたえた様子に三号は容赦なく突っ込む。


「その情報も、何か偏ってません?」

「私も……ちょっとおかしいかなって、思ってました」

「実は俺も……何だか、無理矢理なことばっかり言うし。

過激っていうか……」


 三号の言葉に二号、八号からも同意の声が上がった。

 カメラのとらえた雰囲気から察して、どうやら他の弁論者たちも口には出さないが同じことを感じたらしい。


「一号さん、猫アレルギーとか猫に嫌な思い出があるとか、そういう個人的な事情を意見に含ませてません? 

困りますよ、最初に言われたでしょう。

弁論者には、個人的な事情、感情等に基づいたものではなく、客観的かつ説得力のある発言を期待しますってね」


 議長の前口上を引いて三号は嫌味たらしく言う。

 それにすっかり勢いをなくした一号は、しどろもどろでつぶやくのが精一杯のようだった。


「ち、違う……私は……」

「弁論者一号、ただいまの弁論者三号の発言に異議はありますか? 

反論があればうかがいますが」


 議長の抑揚のない物言いがこのときは冷ややかに響いた。


 一号のシルエットが落ち着きなく周囲を見回す。

 やがて、事情聴取を受ける被疑者のような有様で、弁論者一号は体を硬直させながら発言した。


「……感情的になってしまっていたことは、認める。申しわけない。

だが、弁論の中に個人的な意見を差し挟んではいない」

「どうだか」

「本当だ! 

私個人としては、猫を嫌ってなどいない……むしろ……」

「むしろ?」


 うながされて、一号は音を立てて生つばを飲み込むと、意を決して胸にため込んでいたものをはき出した。


「私は……私は、猫が大好きだ!」

「……はあ?」


 突然の告白に、円卓中から気の抜けた溜息のような声がもれる。

 一号のシルエットがわなわなと震えながら、堰を切ったようにその思いの丈をぶちまけだした。


「子供の頃から大好きなんだ! 

実家では三匹の猫を飼っていたし、学校を卒業して一人暮らしを始めてからも、アパートは必ずペット可の物件を選んで猫と一緒に暮らしてきた! 

愛猫だけでなく、近所の野良猫の世話だってするし……いや、むやみに餌づけなどはしない! 人間の生活とうまく折り合えるよう、適切な世話をしているんだ。

今は七匹の猫たちと楽しく暮らしていて、画像フォルダも動画もうちの子たちのかわいい姿でいっぱいだし! 

〈世界猫検定〉の一級資格を持っているし、猫好きサークル〈I love CATS〉の会員証だって持っている! 

犬派猫派論争では当然猫派! これまでに何人もの犬派をことごとく論破してきた実績もある! 

もう、とにかく……私はにゃんこが大好きなんだ!」

「うわぁ……」


 思わず、といった様子で弁論者四号が引きつった声をもらした。

 怒濤のごとくあふれる猫愛の告白に、他の面々も言葉をなくして身を引いている。


「……個人的な意見は、だから、差し挟むなって……」


 三号の力のない発言を抑えて、弁論者五号が何とか衝撃から抜け出して一号に向かって尋ねる。


「あの、一号さん? 

あなたが猫を大変好きだということは理解したが……ならば、なぜ撲滅賛成派になっているんだ?」

「仕方ないじゃないか! 

反対派ばかりだと議論にならないから、賛成派に移ってくれと事前に頼まれて……嫌だったのだが、私一人の意見で判定がどうにかなるとも思えなかったし。

弁論に個人の意見を入れてはいけないのなら、むしろ賛成派の方がいいかと……猫を擁護しようとすると、どうしても感情的になってしまうし。

結局、私の意見がどうあれ、最終的に判定を下すのは第三者なのだし……」

「弁論者としては、ご立派な姿勢なのではないでしょうか……」

「しかし、賛成派としての弁論すればするほど、頭の中にうちのかわいいあの子たちの顔がちらついてしまって……。

それを振り払おうとして、かえって発言がかたくなに感情的になってしまって……申しわけない」


 本当に申しわけなさそうに頭を下げた一号を見かねて、弁論者二号が声を励ましながら言った。


「まあ、でも、ここに集まった皆さん、誰しも少なからず、同じ思いでいるのではないですか? 

猫を心底憎んで嫌って……なんて、そんな人いらっしゃらないでしょう。

あんなにかわいい動物なんですもの」


 二号のフォローに、確かに、と賛同の声がぽつぽつ上がる。


「でしょうねぇ……俺も猫、好きですし」

「自分も好きですよー」

「私も、まあ……どちらかというと猫派、ですかねぇ」

「僕は犬派ですが。……別に、猫も嫌いじゃないですけど」

「ねえ、皆さんそうですよね。

本気で猫を撲滅したいって思っている人なんていないんですよ」


 朗らかに二号はそう言った。


 だが――。

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