突如、キアノスの右腕から輝く白煙のような光が噴き出す。

「ラテイア・ワド(光よ、爆ぜよ)!!」

 キアノスの掌に現れた強烈な光球が、一瞬にして弾けた。真夏の太陽をまともに見た時のような焼けつく光が森の木々の肌を不気味に白く照らす。

 キアノスを睨んでいた三人は、光の直撃を受けて完全に視力を奪われた。

「くそっ、《共有魔術トランシェント》ごときで!!」

 毒づくシウルの声で自分の魔術が意図した効果を生み出したのを確信し、キアノスは心の中で謝りながら左手を手刀のように勢いよく挙げた。

「シュラッツァッパー(風に舞え)!!」

 魔術による突風が巻き起こり、キアノスとシウルたちの間の落ち葉を大量に舞い上げる。シウルのコートが煽られ、黒い表面と白い裏地が激しく入れかわる。

 キアノスは素早くシウルたちに背を向け、ローブの裾を払い、森の斜面を飛び降りるように走り出した。

 掌に残った魔力カウェルの余韻が体を駆け巡り、右腕が仄かに白い煙をまとっている。


「畜生、目が……カトルール!」

「心得ていますわ!」

 焼けつくような白色が網膜から退いていく。舞い上がった枯れ葉もゆっくりと落ち、元の薄暗い森の景色がシウルたちの目に戻ってくる。

 ただ、キアノスの青いローブ姿だけが消えていた。

「ちょっとシウル! あいつ、《はぐれ》のクセに腕が立つじゃん! どうなってんの!?」

 アラニーはヒステリックに悪態をつきながら、頭やローブのフードについた木の葉を払い捨てた。

「お前……レドゥ先生の魔術史の授業、真面目に受けてなかったのか? さっきのは“白”の《共有魔術》だろ。あの程度、誰でも使えるんだよ」

 シウルは目頭を押さえながら応じる。


 《共有魔術》――トランシェントと呼ばれるそれは、過去の魔術師たちが苦心して大系づけてきた魔術の基礎であり、それなりの訓練を受けた者なら誰でも使えるように矯正された類の技である。

 一人前の魔術師が編み出す、独自の“色”をまとった魔力の発動――《独創魔術オリジナル》とは異なり、使用する時は白・赤・黒のいずれかを強制的にまとうことから、かりそめの魔術とも呼ばれるものだ。


 おのれのわずかな油断に苦い顔をしたシウルは、アラニーの背後から歩み出たカトルールの指さす方を見た。樹間に、淡く輝く巨大な蜘蛛の巣が出現している。その直径は、小柄なシウルの優に二倍ほどはあるだろう。

 その下端に、絡め取られた羽虫のように引っかかっているのが……


 絶妙のタイミングで逃げ出したはずのキアノスだった。


 キアノスは、勢いよく頭から魔術で編まれた糸に突っ込んだまま、身動きが取れなくなっていた。首さえ回らず視認はできないが、草と落ち葉を踏むゆっくりとしたブーツの音が近づくのはわかった。

「なんとも無様な門出だな」

 奇妙に静かな声が頭の上から聞こえ、シウルが魔力の網をまわりこんで自分の正面で立ち止まったのがわかる。もう少し身動きがとれたなら、シウルの瞳が他者への軽蔑の色から微妙に変わっているのが見えたことだろう。

「あぁあ、ここが学院の敷地でなけりゃ、シウルも姉様ももっとハデにブッ放せたのにね。んで、こいつが跡形もなくこの世から消し飛ぶっていう新しいができたのに」

 明るい栗色の髪を指で梳きながら、アラニーはキアノスに当てつけのように言い放つ。

「で、シウル、こいつどうする気?」

 シウルはそれには答えず、思案するような目でキアノスを見据え、先ほどの静かな声を継いだ。

「よくもまあ、堂々と初歩中の初歩の魔術でオレを出し抜こうとしたもんだ。オレより早く森を出ようとしたわけか」

「いや、別に出し抜こうとしたわけじゃなくて……」

「ふん、ただこの場から逃げようとしただけか」

「ま、まぁ……あまり深く考えている余裕はなかったから」

 至近でありながら、互いの表情が見えないままの会話が続く。

 キアノスにはシウルの黒いブーツしか見えていなかったが、シウルにそれ以上近づくつもりのないことはわかった。そして、それが自分をすっ飛ばすための魔術を用意しているからではないことを祈った。

「……そもそもシウル、僕らはハイ・クラスの先生たちに認められて卒業したはずだ。それは君も、僕も同じはずなんだ。それを僕だけ出来損ないのように言われるのは、納得がいかない」

 かなり逡巡したあげく、キアノスは語気を強めた。シウルの様子から、まだ自分と話を続ける気があると踏んだからなのだが、シウルはそんなキアノスのなけなしの勇気を元の口調であっさり粉砕する。

「オレとお前を同列にするな! お前は教科書に書いてあることだけはできたんだろ? たが、所詮それじゃないか」


 事実だった。


 キアノスの《共有魔術》の成績は極めて良く、誰が見ても模範的な優等生だった。しかし、三種類の《共有魔術》を自在に操る恵まれた器用さと“力”がありながら、なぜか自分の魔力に“色”を見出すことはできなかった。

「だいたい、《独創魔術》をひとつも編み出してないヤツがハイ・クラスを卒業できること自体、どうかしてるぜ」

 シウルの吐き捨てる言葉が、次々とキアノスの胸に刺さる。

「答えられるなら答えてみろよ、お前の“力”は何だ? どんな色で、何ができる? お前にしかできないことをひとつでも言ってみろよ」

「そ、それは、まだ……」

 その後に何と続けるつもりだったのか。

 キアノスは窮した。


 学院にいた4年間、特にハイ・クラスで学んだ2年間、自分の魔力を探求しない日はなかった。必須科目以外にもあらゆる授業に参加し、様々な教官たちに教えを請うた。学院生の中でも稀なことに、一流の魔術師や教官たちの《独創魔術》が実際に発動する場を間近で見たこともあった。

 それでも、自分の魔力の色については手がかりすら見つからないまま卒業、旅立ちという区切りを迎えてしまったことに、キアノスは申し訳なさすら感じていた。

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