「オレに逆らう気かよ、いい度胸だな。今ここで決闘してお前を名簿から抹消してやれるなら本望だが、どうだ、受けるか」

「ちょ、ちょっと待ってよ、たしかに僕は規定色のローブは着られないけど、それは僕自身の問題であって君とは関係ない……」

「ほう、認めるんだな! 《はぐれ色》は魔術師のなり損ないだと!」

「ど、どうしてそうなるんだよ!?」

 吠えるようなシウルの声になんとか言葉を返しながら、キアノスは途方に暮れた。青いローブを受け取った時点である程度の覚悟はしていたつもりだったが、こんなに早くローブの色が災厄を呼び込むとは思ってもいなかったのだ。


 その時、キアノスに天の助けのようなひらめきが走った。

「そうだ、ローブの色については確かに僕の未熟さの表れだと反省しているけど……このままここで僕なんかに構ってていいの? 『旅立ちから丸一日のうちに学院の敷地を出られなかった卒業生は、魔術師の資格を失い永遠に森を彷徨うことになる』……ぼ、僕なんかのせいで君まで失格になってしまったら申し訳ないし」

 キアノスも自覚するほどのわざとらしい言葉に、シウルは顔をしかめた。

「チッ、言うと思ったぜ……そんなことはわかってる。じゃあ、オレの貴重な時間を浪費しないために、素直に言うことを聞けよ?」

 シウルは片足を引いて下草を踏みつけると、大仰な身振りで半円を描くように体を開き、背後の道を指した。

 灰色の瞳が、再びキアノスを射る。

「今すぐ、ここから学院に戻れ!」

「も、戻る……!?」

 シウルのあまりに突拍子もない命令に、キアノスは思わず声を上げた。

「卒業した以上、招かれざる者が二度と学院の門をくぐれないのは君も知ってるだろう?」

「ふん、関係ないね。自分は未熟で、一人立ちするには早いのでもう何年か居させてくださいって土下座しろよ」

「そうそう、あなたリーン先生のお気に入りだったそうじゃない。喜んで迎えてもらえるかもしれなくてよ?」

 突然背後から聞こえた滑らかな声に、キアノスは弾かれたように振り向いた。


 いつの間にか、二本ならんだ大木の薄暗い陰に真っ赤なローブを着た二人組がいる。一人はすらりと長身で、もう一人は頭ひとつ分背が低い。

 そして、二人のドレスのようなローブが輝くように映えて見えるのは、どうやら目の錯覚ではないようだ。

(あれが彼女たちの“魔力の色カウェル”か!? だとすると……)

 耳を刺す甲高い嘲笑が不協和音を作る。

「シウルのことがやっとわかるようじゃ、とてもあたしたちのことは知らないよ、姉様」

「いいわ、自己紹介してさしあげる。私はカトルール・ドレップ、見てのとおり赤ローブの魔術師よ」

「アラニー・ドレップ。覚えてもらわなくて結構」

 木陰から朝日を背に受けて悠然と歩み出た二人とシウルに左右を挟まれ、キアノスはじりじりと後退した。

「ど、どうも……キ、キアノス・コルバットといいます……」

 律儀に名乗り返す言葉が、尻すぼみに消えていく。

 途端、アラニーと名乗った背の低い少女が、けたたましく笑った。

「ご丁寧にアイサツしちゃって、バッカじゃない? あのね、できるんならあんたなんか『無かった』ことにしたいの、あたしたち」

 アラニーは鼻で笑いながら、腕の半分ほどの長さの、小振りの小杖ワンドをくるくると弄ぶ。

 キアノスは不本意ながら、教科書としてマスターした基本の魔術書を心の中でこっそりめくり始めた。

「悪いわね。数少ない同窓の身、仲良くしたいのはやまやまだけど……シウルがね、《はぐれ》の存在自体目障りなんだそうよ」

 カトルールという長身の魔術師も危険な笑いを浮かべてローブの袖をまくり、薄手のアームカバーをつけた細い腕を露わにする。

 指先より長くゆったりとしていた布地が二の腕あたりの金具で留められるのを見て、キアノスはさらに数歩後退した。

(あの二人とはざっと十歩ってところかな……)

 困惑した表情を強張らせたまま、そっと距離を見積もる。

 視界の隅では、名簿を鞄に納めたシウルがさり気なく動いて獣道を塞ぐ。

「学院に戻る気が無いっていうなら、今ここでローブを脱げよ。二度と魔術師を名乗らないと誓うなら見逃してやる」

 たっぷり二呼吸ほどの間、沈黙が流れた。返答を躊躇っているキアノスを見て、シウルはおもむろに額に手をやった。ヘッドバンドを僅かにずらし、ツヤのない焦茶色の前髪を上げる。それが視界を最大限に確保するためだと、キアノスは気づいた。

「さっさと選べよ。オレが選んでやろうか?」

「多数決でもいいよ、あたしたちはね」

 右からはロングコートをマントのように肩の後ろに跳ね、戦闘準備万端といったシウル。左には小杖を両手で持ち、ステップを踏むように軽く足踏みをするアラニー。

「が、学院に戻るか、ローブを脱ぐ……それ以外の選択肢は、無いのかな?」

 もちろん時間稼ぎなのだが、さて稼いだ時間で何ができるのか。キアノスの頭の中の魔術書は、幾つかの呪文スペルの書かれたページを開いていた。

「往生際の悪いヤツだな」

「ええと、例えば……」

「例えば何だよ?」

 睨めつけるシウルの眼力に押されるような格好で、キアノスは一歩、また一歩と後退りを続ける。

 そうしながらブーツごしの足の裏に神経を集中させ、背後を確認してそっと息を整える。

 シウルが次に口を開こうとした瞬間、キアノスは右手を突き出し叫んだ。

「例えば、こうだ!」

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