第8話 勇者姫

時は過ぎていく。僕がゲーム世界に来てから、一年近くが過ぎ去ったことになる。あと九年間、ゲートは開かない。しかし、ミルクという例外もいる。そう考えれば、何があっても不思議ではない。姉さんの情報によると、空人と海人の戦いはやや鎮まっている。サッツとミルクの連携が、上手くいっていると考えていいだろう。

そして、僕とキツキツは戦いを繰り返す。データソードの強化のためのトレーニングだ。もちろんそのデータは強化班へ伝わり、最終的には販売班からのボーナスゲットとなる。キツキツ強化町の復興にもなる。リサ姉さんも本気だ。班長としての仕事を、そつなくこなす。

キツキツが疲れた声を漏らす。

「今回は俺の勝ちだなあ」

「そうだな。虹のビームも強化されたしな。これでキツキツとは十三勝十一敗か」

と、僕は今のところ勝ち越していることをアピールする。どうでもいいんだけどね。

クルミは知識を深め、知識の果てへと向かう準備をしているってどころか。十年前のカエル暦五百十二年、ゲーム世界に来た売る者のメンバーは、僕だけということになる。メンバー達は今、何をしているだろう? 姉さんでさえ、全てどころかほんの少ししか把握出来ていない。

売る者の理想は、リセットボタンで世界を再生することだ。いつの間にか当たり前になっていた任務達。僕が見たもの達は、何処へ消えていくのだろう? リセットの効果はどの範囲だろう? 世界は生まれ変わる。それは、正解なのだろうか? いつの間にかそんな疑問を僕は持っていた。

しばらくして、僕に通信が入る。姉さんとはナンバーが違う。これは、誰のだっけ? ああ、思い出した。戦闘班の班長だよ。戦いの実力は、リサ姉さんをも少し上回る班長。で、今頃何の用だ? 戦闘班のメンバー達との交流は、この世界に来てからは少なかった。

班長は言う。

「売る者の任務を俺達は失敗した。大岩には、やってもらいたいことがある。売る者も、それほど完璧な存在ではなかったということだ。ミルクは強い。俺達で追い詰めたんだが、ウシダのじいさんによって逃げられたって状況だ」

「班長でも仕留めきれなかったほどの実力なのか。あのミルクがねえ」

「俺も、ミルクを殺してはいけないという直感が働いたんだ。あれは何だったか解らないが、売る者自体はミルクの死を望んでいる。俺はゲーム世界に、自力で行くことは出来ない。しかし、俺のデータを送る。そのデータドールは、最近開発班で作られたものだ。俺の実力の七十五パーセントぐらい発揮できるらしいな。頭の方は、任務が主の詰め込まれたデータに過ぎない」

「解った。ミルクを追ってみるよ、班長」

「頼んだぞ、大岩」

ここで通信は切れる。真っ先にクルミの声がくる。

「私はもう、ミルクには会いたくないのよ」

僕は、はっきりと言う。

「僕の任務だ。キツキツ達は関係ない」

キツキツもきっちり返事をする。

「今さらだぜ、大岩。正直言ってミルクとは戦いたくないがな」

その時、ミルクが声を上げる。

「班長のデータドールとやらも、行ってしまったみたいね」

「おいおい、作戦も出来ていないってのに」

と、僕。

売る者の技術も上がってはいるが、現時点ならまだスキはあるようだ。えーと、確か売る者は、侵入者であるミルクが存在すると、計画が狂うという話だったな。僕とキツキツ、そしてクルミはデータドールを追う。そして、反乱軍のメンバー達に留守番を頼むこととなる。

班長のデータだけあって、データドールは強い。破壊族を蹴散らしていく。その分、僕達は楽が出来るわけだ。そして、ニセ売る者のリーダー格が立ち塞がる。ここで、ミルクは巨大モニターを見つけた。

「ミルクは、恐らくこちらの行動を監視している」

「その通りだ、クルミ。そして私は、知識の果てへと向かうのだ、フハハハ」

と、ミルクがモニターに映る。

リーダー格の女性は、ミルクに文句を言う。

「ミルク様、ゲームをプレイしているようにしか見えません」

「うむ、ミカンよ。よく聞いてくれた。テレビゲームこそ知識の果てにふさわしい」

いつもの通りのミルクだった。

そして、ミカンと呼ばれたリーダー格は、更に不満をぶつける。

「ミルク様はサッツ様の副官なのですよ。逆にスケジュール管理をサッツ様にしてもらっているなんて……。少しは働け!」

そして、ミカンとデータドールの戦いが始まる。

ミルクはモニター内でゲームプレイに集中する。何のためのモニターだよ! 僕が冷静さを欠いていると、キツキツとクルミが言う。

「どうする、相棒?」

「とりあえず様子を見ましょう」

僕達はクルミに従うことにした。それにしても、ミカンは僕達が戦ってきた他のリーダー格より強い。

しかし、ミカンはデータドールに剣さばきで押される。ミルクはゲームプレイに集中している。データソードは、情報を力へと変えていく。データドールは僕達に告げる。

「どうやらミルクを今落とすのは、難しいと判断する。情報とデータを集めて、撤退をお勧めする」

データドールも、最近はこんな機能も持っているのか。データドールへ、班長から連絡が入る。

「仕方ねえな。ミルクを仕留めるのは今回は諦めよう」

と、班長の声が繋がった。ミルクの能力が、班長の予想を上回ったらしい。

ここで最良の策は、恐らくサッツとミルクのビジネスとやらを少しでも暴くことだろう。ミルクはニヤリとしながら、こちらに話しかけてくる。その視線は、ゲームプレイ中のモニターにある。

「私はお姫様に過ぎない。父です売る者と契約を結び、ビジネスを成功させた。母はそこそこ有名だったアイドルだ。二人はいつも家には居なかった。じい様の魔法とゲームソフト達が、私を作り上げたのだ。家では剣の修行もやった。しかし、じい様は剣術など詳しくない。私は我流で強くなったのさ。魔法も助けになった。そして、この腐った雷の剣もな。外に出ることの少なかった私は、まるで物語によくある。囚われの姫だよ」

僕はミルクに問う。

「何で僕達にそんな話をするんだ、ミルク?」

ミルクはゲーム機のスイッチを切ってから答えを返す。

「社長との契約、つまり目的達成となれば、私はもう自由だ、もて余してしまうほどのな。テレビゲームの象徴、勇者は世界を救うというお話は、有り余るほど存在する。これは、キサマらが知識の果てに行くためのヒントだ。私は自分と大切な人を守りたい。だから、大戦士に過ぎない。私は、世界などしったことではないのだ。だから、勇者の証のある知識の果てに届かない。つまりは、知識の果ては自らの憧れに届いた時辿り着く。どういうことかというと、私の場合、自分を勇者にふさわしいと思えば、そこでいい。キサマらも、理想に届けば辿り着くのだ。要は、知識の果てとは、一人一人違うのだよ」

僕は、知識の果てが結構予想外の場所にあることを知った。僕は何を理想としている? 解らない……。キツキツは言う。

「ミルクの中二病だろ。信用する必要はない」

「私もそう思う」

と、クルミも同調する。僕は考え事をしながら、キツキツとクルミの二人に言う。

「僕はミルクを信じる。というか、正しいようにとれる」

「私は、ミルク様が制御出来る自分こそ知識の果てであると」

と、ミカン。

データドールとミカンのバトルは続くが、二人とももう本気は出していない。ミカンの野望を僕達は知った。ミルクは少し艶のある声で僕に語る。

「私の知識の果て、すなわち勇者の証は、大岩の中で育っているのさ。いつの日か、私にそれを譲って欲しい。それで私は人生の目的を遂げる」

僕はミルクに言葉をぶつけた。

「ミルクよ、自分の力で手にしてこそ勇者ではないのか? それは、今と大して変わらない勇者姫に過ぎない」

ミルクはそれを聞いて、少し吹き出した。

「プププ、大岩よ、今の認識はそれでいい。言っておくと、大岩に勇者は似合わないのだよ。そしてもう一つ、勇者の証を譲るという意味をキサマらは解っているのか?」

クルミは呆れた表情で言う。

「さっきからバカな会話を続けて……。海の記憶、大地の記憶は退屈と言っているわ。これ以上、あんた達の相手をしてられないわ」

キツキツは少し戸惑う。

「まるで違う世界にいるようだ。話しについていけない」

僕は、ミルクに再び言葉をぶつける。

「僕もキツキツほどではないが、よく解らないな。勇気のある大戦士こそ勇者ではないのか? ミルクはすぐにでも勇者になれる」

「確かにその通りだ。しかしさっき、今の自分は、勇者にはまだふさわしくないと言った。勇者はいつか巨大な天使に乗り、最後の戦いと足を手に入れる。それは、檻という名の自由だ。私の求めているものだ。姫でも勇者姫でもない。自分の足で歩くマップとコンパス。星という名の檻の中で、精一杯生きた証だ。つまり、ごく普通の人間さ。実はそれこそ今の時代、珍しいのだよ。前時代の遺物、それこそが真の勇者だ。要は、いつか大岩が私も求め、私は大岩を求めるだろう」

と、ミルクは熱く語る。

ミカンは感動してしまう。

「ミルク様、凄まじい妄想力です」

クルミは、もう話は聞きたくないという感じで言う。

「中二病、悪化しているわね。自分の世界を他人に押し付けないで!」

僕は何をしに、ここへ来たんだっけ? 僕は、目的に達すればそこが知識の果て、というミルクの考えは、しっくりくる気がする。知識の果てには、それぞれ求める大切なものがある。かつての僕とクルミが遺したものは、次世代の僕達には、辿り着かなければならない訳ではない気がする。

売る者の知識の果てこそ、リセットボタンつまり最強の兵器だ。どちらが正しいか、悩みに悩んで辿り着く。それでいい。そこにこそ、僕の求めるものがあるはず。ミルクは、僕と身近な存在のように感じるよ。

クルミは自らの考えを、僕とキツキツに語る。

「私の知識の果てにたどり着けば、答えは見つかると思う。残念だけど、ミルクの言ったことはある程度正しいと思うの。私は、大地と海の記憶にもっと触れたい。大岩とキツキツが、ミルクの考えか私の考えかどちらについてくるか解らないし、二人ともこれからでしょう」

「そうだな。俺達は俺達の身近なところから片付けていく!」

「おうよ」

キツキツの気合いに、僕も続く。そしてキツキツは、モニター内のミルクに向かう。ミカンも、もう戦う気はないらしい。因みに、データドールは充電中だ。キツキツは遂に思いを言葉へと変えていく。

「ミルク、サッツの情報が少しでも欲しい」

「ビジネスには触れるなと言ったであろう。そうだな、私に今言えることはチャンスを待てというぐらいだな。では、ゲームを再開する」

ミルクはそう言い残してモニターを切った。

キツキツは残念そうに言う。

「ちい。大した情報は得られなかった」

それに対してクルミは言う。

「ミルクは大ヒントをくれたようね。キツキツと大岩はバカだから気付かなかったと、大地も海も言っているわよ。つまり、今サッツに手を出すと危険ということよ、何かは知らないけど。今は、町の強化なり知識を深めるなり、出来ることをやるのがいいと思うわ」

「そうだな」

と、僕とキツキツは答える。

ヘルは小声でつぶやく、僕達には聞こえないレベルの声で。

「私はこの星のブレーン、つまり星の考えそのものということです。私の知識の果て、つまり求めるものは、リセットボタンではありません。売る者の死なのです」

とりあえず、収穫はあったということでいいだろう。

私は妖精ヘル。サッツの乱も、終わりの足音が聞こえ始めた。そんな中で、リサさんに異変が起こる。大岩さんもキツキツさんも、売る者の異変に気が付かない。サッツは自らの心を『弱い』と認め、新たなる世界を求める!その世界とは。人々を縛り付け生きやすくする世界。




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