35話

噂は瞬く間に王城を旋風し、ある者は意気消沈し、ある者は狂喜乱舞し喜んだ。


あの謎多き深窓の令嬢が、強い者が好みで、しかも今度の騎士団及び兵団の合同訓練内容は、その御令嬢の目の前で行う模擬試合と言うでは無いか。これは自分を売り込むまたとない好機!


諸手を挙げて、参加する者が後を経たなかった為に、訓練の為の予選模擬試合まで開催される始末だ。

今回はルーカス・ヘンベルク子爵並びに、ロイ・ザクス騎士爵は監督側に回り不参加らしいし、既婚者はお呼びでない。ここに来て勝率がぐんと上がったのだ、腕に自信があって、それでもこれに参加しない奴など、只の馬鹿者だろう。後世まで笑い者になる事必須だ。王城のそこかしこの水面下で、異様な熱が上がっていた。


リンは屋根裏で騎士達の様子をこっそり観察していたが、余りの熱気に一人身震いしていた。


「こっわ!王城怖い!」




数日白熱を期した予選会により、合同訓練当日は八人の準決勝者が残った。その割合は、参加者の人数で考えれば、既に地方の剣術大会よりも格上なのは明白で、更に腕前は比較にならない程確かであった。



……しかし、参加者達にとって予想外だったのは、既婚である者も堂々参加し、その上準決勝まで進んでいる者が少なく無いと言う事であった。確かに、訓練なのだから参加は自由であり、腕試しの場であるから、既婚だろうと独身だろうと誰一人文句は言えないのだが。独身者にとっては勝ち進める席が減ってしまい、恨み言の呪詛を吐き出すのだった。







「……予想外の者が居るようだが?」


開会の挨拶もそこそこに、特別観覧席に用意された肘掛け椅子に、どっかりと座る第二王子は、右横に佇む騎士団長、エドワードに視線を投げた。それもその筈で、八人の準決勝者の中に本来ならば参加すらしないであろう者が混じっていたからだ。


「……さて、誰の事でしょうか?」


「白々しい。何でハウエル侯爵子息が参加している。興味が無い筈だろう?」


ハウエル侯爵及び辺境伯爵は、王国北側の国境を守るノーマン公爵領の隣に位置する、要的領地を守護する侯爵家である。家の歴史は古く、其れを傲らず誇りとし、忠義に厚く、王に尽くすその在り方は、古来より王と共に建国に尽力してきた臣下そのものであり、貴族の模範足る一族である。

……が、如何せん忠義が厚すぎるのだ。それ故に、自治領を好ましく思っていない。治める領地は王の物であり、自ら発展こそさせても、只の一一族が所有して良い物では無い。と言うのが信条で、隣のノーマン家と表面化はしていないが、一物抱えているのは、明らかだ。


必然的にマルシュベンにも良い感情は持っていない。況してや、過去ノーマン家とマルシュベン家は婚姻を結び、王族に対して力関係等お構い無しの所業をして見せたのだ。それは、ハウエル家であっても無くても、当時上級貴族の間では酷く非難された様だが、独立した自治領の長には関係無い事であったし、そもそも当時の王から了承されていたのだから、口を出す事でも無い。

しかし、それを口に出すのがハウエル家始め、自治領反対派閥の貴族達である。長年、彼らは自治領取り止めを王に進言しているのだ。なまじ力があるので派閥解体等出来る筈もなく、そもそもが忠義心激厚過ぎ故の思想である(他の思惑の者も多いが)から、無下にも出来ない。


「……わざわざ自ら自治領縁者に近付いて何がしたい?……これ以上騒ぎを起こされるのは御免なんだが……」


「殿下、ハウエル家の方をそう邪険になさらないで下さい。彼は優秀ですし、この訓練は自由参加ですから、参加の賛否について私から何かを申す事はございませんので。」


「邪険にしているつもりは無いのだがな……。」


アレクシスは怪しむ様に、注意深くハウエル侯爵嫡男、レイニード・ル・ハウエルの試合の動向を見つめていた。


今回、エレーンは第二王子殿下護衛としてアレクシスの斜め後ろにぴったりと寄り添い、静かに会場を見下ろしていた。王城勤務の勉強として自治領反対派閥については教わっていたし、今まで自らその管轄に近寄る事もしなかった。別段、城内ですれ違ったぐらいではちろりと視線を向けられるだけで、何か言われた事も無い。


参加事態も、特別おかしい話しでは無い。あくまで、エレーンを狙う者が己の強さを見せつける格好の機会なだけであって、これで婚約者を決めるなんて一言も名言されていないのだ。

噂はどうあれ、単に純粋に訓練として腕試しを。あるいは見学の第二王子殿下に腕を認めて貰える可能性に掛けて参加する者もいるだろう。彼もその一人であるのかも知れない。


ロバートの指示によって、婚約者がいる者は噂によって相手に疑念を抱かせてはならない……と、参加をしないよう注意を呼び掛け、既婚して家庭も安定している者には、殿下の御前で腕を披露する絶好の場だと積極的に参加する様に促していた。

その経緯を鑑みれば、そういった者が少なからず参加しているのは当然の事だし、触れ回ったお陰で、準決勝者八人中五名が既婚の中隊長や小隊長の者達で、その他の隊長クラスは運営として監督側に回って貰っている中、油断は出来ないものの既婚者が五名残っていたのは利運であった。


ルーカスが参加するなんてカレイラ嬢の手前大問題であったし、ロイが参加して勝っても、エレーンが始め提案した様な事態になるのは明白で参加はさせられず、後は既婚者組に頑張って貰いたい所だ。どうせ、もし独身の者が勝ったとしても、サイラス公爵が認める筈も無いのだから、誰が勝っても心配は要らなそうではあるが。


しかし、


「ハウエル家の方が勝ってしまわれるとちょっと厄介かも知れません。」


ロバートはエドワードの隣で試合の模様を眺めていたが、エレーンにそっと近付いて耳打ちした。


「これは正式な婚約を決める決闘では無いですが、似た様な場であるとは周知の事実。もしも、ハウエル子息が勝ち、万が一にもエルさんに婚約を申し込みでもしたら、サイラス公爵どのでも断り辛いかと思われます。」


「……ノーマン家に被害が及ぶからですか?」


「……特別何かをけしかけては来ないでしょうが、領地間の関税を上げるくらいはしそうですね。派閥内の方々はそれぞれ有力な貴族ですから、その方達に通達して、関税吊り上げもそうですが、マルシュベン領地からの流通品は極力買わない……等も考えられます。」


「他の領地の流通が滞る……ですか。」


「そうですね、手間が倍以上かかるかも知れません。と言っても、貴女と婚姻したからと言って、マルシュベン領地に対して口出し出来る訳では無いですので、自治領はそのまま続行されるのですし、わざわざそんな事をするとも思えませんが、どう対処するか考えておきましょうか。」


「……はい。」


「大抵の事は庇えるとは思いますので、慌てない様に心の準備だけしておいて下さい。」


「ご迷惑をおかけします……」


「勝手にこの様な場を設けたのは此方ですので、エルさんはどーんと構えていて下されば、宜しいのですよ。」


ロバートはウインクしてみせた。が、エレーンにとっては、どーんと構えるには少し気が重かった。実家に迷惑がかかる事も勿論気掛かりだが、


『正式な場では無いけれど似たような場である。』


この事実が重くのしかかる。優勝した者が、交際を申し込みに来るかも知れない。勿論、体よく断れば済む話である。が、強い者が好みだと触れ回っているのに、その強い者を袖にしたら、その後どうする?結果が関係無いのでは無いかと憤慨する者、逆手に取ってまた言い募る者、混乱を招く行いをした……等と噂になったら、第二王子の評判まで落とすのでは無いだろうか?


それだけは、何が何でも避けたい!ならばどうする?どうすれば……。


結局、今の所一番強いルーカスに恋慕している……なんて話しになったら……。駄目に決まっている。ロイ……も駄目だし、リン……も顔を知っている人は限られているし、勿論駄目に決まっている。……アレクシス……は……ううん、何を考えてるのだ、自分は。一番迷惑を掛けたくないと先程思ったばかりでは無いか!


モヤモヤとした思考の中をもがいていると、歓声と怒号か一度に沸き起こった。


件のハウエル侯爵子息が、肩に掛かる輝く白金の髪を振り乱し、相手を地に叩き落とした所だった。



「嘘……。」



エレーンのか細い呟きは周りの声に掻き消え、この瞬間、ハウエル侯爵子息が、本日合同訓練の優勝者に踊り出たのである。

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