17話

リンとロイに連れられた兵士二人は、親衛隊第二番隊の弓兵だった。歳は二人共に五十を越えている様に見受けられたが、長年の経験で腕は間違いないとの事

一人は筋肉ムキムキの髭が逞しいアーガスと、背が高くお腹が立派なネルグだ。ふくよかなお腹回りを見て、良く制服が有ったものだな。と、ルーカスは心の中で一人感心した。


多くの人数が、門に攻め行っているとはいえ、船の中はまだ敵が潜んでいる。


侵入時に上から矢を放たれては面倒だ。塀からは距離が有り風も強く、敵船までは矢が届かない。そこで、燃え盛る商船の横に隠れつつ、ルーカス達が侵入するまで援護して貰う。後は合図が有るまで二人は物影で待機だ。


「じゃあ三人で侵入だ。」


リンは散々戻る様に抗議していたのだが、ルーカスがあまりに頭を掴むので諦めた。頼みのロイも一言も発しないので、分が悪く、しぶしぶといった感じだ。


敵の流れが止まったのを見計らって一気に駆け出す。鉢合わせする敵を交わして突き進む。進むに連れて、三人の後ろに上から敵が降ってくる。矢に射たれてバランスを崩し落ちてきたのだ。ルーカスは口笛を吹いて感心した。さっきは心の中で突っ込んで申し訳なかったなと一瞬だけ反省もする。


ルーカスに続くリンとロイの動きも良い。


リンは小振りなナイフの両手使いだ。体も小柄なので良く跳ねて相手を翻弄する。

逆にロイはやや大きめのカトラスを巧みに使い、一撃で相手を伸す。上から振り切る力技は、一発で致命傷だ。


ルーカスだって負けてはいられない。手持ちのロングサーベルは長いとして、良く使われると言うカトラスを借りた。小振りな感じが使いやすく、決定打にはやや軽いが切れ味は有る。カトラスでの実戦馴れはしていないが、これなら上手く使えそうだ。躊躇無く邁進するルーカスを見て、リンとロイも驚いていた。


渡し板も無事に渡り、もう船の入り口は目の前だ。どんな奴が待ち構えているのか、非常事態だというのに、ルーカスはまるで誕生日のプレゼントが待ちきれない子供の様に、高揚感を抱えて乗り込んだ。








「これで本当に侵入出来るんだろうね?」


イスベルが海賊に押し入られる遥か前、海上沖の遠い島で商船が停泊していた。中は死体が転がり、惨たらしい状況だ。しかしその中に対峙する男女は気にするでも無く、話しを続ける。


「はい。きっとお役に立つでしょう。」


女は訝しげに男を睨む。


「そりゃ、あたしらにとっては良い話しさね。だが、どうも胡散臭い。あんたらに何か得る物が有るのかい?」


男は顔の下半分を布で覆い、表情が見えない。しかし、目は笑っているようにも見える。


「これが成し得たら、私共には大きな利益が舞い込んで来るんですよ。商売柄ね。考えてもみて下さい。あのイスベルを落としたら、どれだけの人数が手に入り、利益が生まれると思います?何より貴女方はイスベルに怨みが有ると聞きました。これはまたと無いチャンスなのですよ?資金も、人材も此方から提供すると申しております。何を躊躇するのです?」


女は苛立たしげに親指の爪を噛む。


「確かに、先の大討伐でうちらは壊滅状態だからね。全く、まさか海に逃げなきゃならなくなるとは夢にも思わなかったよ。奪ったこの船でとんずらしようと思ってたけど、まさか乱闘中に話し掛けて来る奴が居るとはね。あんた、心臓に毛でも生えてんのかい?」


女は噛んでいた爪を噛み千切るが、表情は楽しそうだ。


男はじっと女の動作を見ていた。


「……此方こそ、私共だけで準備をしていたのですが、まさかこんな出逢いが有るとは、人間どう転ぶか分からないものですね。自分達だけでは、どうにも実戦力に欠けていると思っていたのですよ。何せ、私共は争い事には不得手ですから。」


女は聞いているのかいないのか、一点を見続けまた爪を噛む。返事の無いまま、男は黙っていた。暫く間が有って、女は男に視線を移した。


「分かった。やってやろうじゃ無いか!」


「そう仰って頂けると思っていましたよ。」


男は目尻を下げて答えた。


「それにしても、この船の男共を殺っちゃって良かったのかい?あんたらの商売道具なんだろう?」


男は辺りを見回す。


「良いんです、私共は丁寧に調教した上質な商品しか扱いませんので。この様な肥えた体では、まず痩せさせるのも一苦労ですから。」


男は転がっている死体を一瞥して溜め息を吐いた。そんなもんかね。女は吐き捨てて、出口へと向かって行った。


「……これは本当なのに。」


ぽつりと呟いて、男は女の後をゆっくりと追った。








クロードは視界に映る火事を見ながら、苛立ちを隠せなかった。此方の守りも大事だが、南側の火事も気にかかる。火で攻めようとする奴も今までいたが、南側は燃やす物も少ない為、炎が上がるのは異例な事態だ。動向は伝令に聞いたし、何より母イザベラが親衛隊第二番隊及び編成隊を引き連れて事にあたっているので守りに心配は無いが、やり方に違和感が拭えない。


南側からの風で煙が街へと充満する。此方までは匂いしか届かないが、門前はさぞかし視界が悪くなっているだろう。堪らず、近くに待機していた兵士を呼んだ。


「副隊長!レオナルドを呼び戻せ!代わりに二、三班と共に消火に当たれ!消火後、直ぐに帰還し西の警備に就くように!」


風は益々勢いを増して、クロードのマントを大きく揺らしていた。






エレーンに怒られながら、アレクシスは取り合えず部屋へと戻った。慌ただしい城内だったが、ダニエルもとうとうクリシュナの隣で眠ってしまったらしい。


「……やはり南側からでしたか。」


報告を受け、ロバートは一人思案する。


「まさか、商船を囮にするだけでは無く、用途を二転三転させるとは、中々の計画です。いや、作戦指揮の方とはお話ししてみたいですな。」


アレクシスは暢気なロバートに何とも言えない表情をする。


「何を言ってる。大体、元一個師団率いる軍師なら、先手先手を予想出来る筈だろう。」


ロバートは髭を撫でながら目を伏せた。


「まさか、皆立場と言うものが有りますからな。私がでしゃばる訳には行かぬのです。それに私はもう歳ですよ?大方、商船を燃やすぐらいしか策も考えていませんでしたからね。」


「えっ、今商船は燃えていますが……」


エレーンはロバートの言葉に驚いた。ロバートはエレーンの言いたい事を察して笑って首を振る。


「いやいや、私の場合は商船を燃やして煙で視界を遮り、混乱に乗じて火矢や油樽で門に直接火をかける……と在り来たりな策です。まさか船ごと突っ込むなど、予想外過ぎます。この様な突飛な輩を相手取るイスベルの方々に、私の助言など必要無いでしょう。」


今回の件はイスベル生まれイスベル育ちのエレーンでさえ初めての経験だ。ちょっとイスベルを買い被りすぎだと思う。


「今回は今までとはちょっと変わっている槍口だと思いま……思うの。」


まだ不慣れな言葉使いに、エレーンは恐る恐る話す。


「そうね、周到だと言うか……。賊っぽく無いのよね。」


セシルも肯定する。先程のエレーンの怒りを目の当たりにした辺りから、何やらニヤニヤしながらエレーンとアレクシスを見守っていたのだが、今は神妙な面持ちに変わっていた。


アレクシスが賊っぽいとは?と訊ねた。それに、エレーンは真っ直ぐ見つめて答える。


「まず、盗賊ならこんなに事を荒立て無いんです。見張りの隙を伺って侵入を謀るとか、入ってもここまでの破壊行動せずに盗って直ぐに逃げる。海賊なら商船を襲えば成果は得られるし、やはり深夜にこっそりと侵入を謀る事が多い。なのに今回は夕方にわざと注目を浴びせ、突破も派手だし……。」


ロバートはふむとまた考える。


「何が目的か……と言うことでは?」


「目的……。」


「賊はとにかく盗みが専門です。食べて行けるだけ盗れば自分達が傷を負うことはとにかく避けたい筈。だからこっそり動く。しかし、盗みが目的ではなく……そうですね、例えば単なる殺戮が目的だとか、この街を乗っ取るとか……ここは豊かな街ですからね。そう言った目的違いならこの様な行動になるのかも知れませんね。」


エレーンは説明されても何だか腑に落ちない。只殺人を犯したくて攻めて来るなど、自身を危険に晒してまでする事なのだろうか。


「……怨みが有る。と言うのも有るかも知れませんね。そうなると、とにかく痛手を残せたら良いので、派手になりがちです。個人ではなく、街相手を怨んでいるのなら殊更でしょう。」


怨み……そうなのだろうか。いつかの退治した賊の残党が、徒党を組んで攻めて来たのだろうか。


「後は……いえ、何でもありません。私の考え過ぎでしょう。」


言いかけて、ロバートは口をつぐんだ。後は何だろう。目的違いなら、この先死者が多く出てしまうのだろうか。突破を許してしまったら、城目掛けて押し寄せて来るのだろうか。一体何が目的で。最終目的はやはり城の財産になるのか。財産など多くは無いのに。


「……まさか、他領や他国が関係していないだろうな?」


アレクシスがぽつりと溢した。ロバートもそこを考えていたのか、表情が曇る。


「……可能性は無くは無いです。が、それは国を巻き込む大事。無い事に賭けたいですな。それこそ、王子に何か有ったら取り返しがつきません。」


ロバートの言葉に、エレーンはますます不安が募った。


しんとした部屋の空気を変える様に、さて、と言ってロバートが立ち上がり部屋の扉へと向かう。


「……もしも目的が本当は別の所に有るとすると、ここものんびりとしていられませんね。相手は街を乗っ取ろうと画策しているかも知れないんですから。もしかしたら、南側にまた第二、第三の襲撃が無いとも限りません。坊、先程の様にお一人で不用意に外へ行ってはなりませんぞ。」


アレクシスも立ち上がり、後ろに付いて行く。


「流石に一人ふらつくつもりは無いが、城の奥ですら危険だとすると、何処へ居ようとも変わらないだろうな。それなら、部屋の中で下手に間合いを詰められるより、広々した所で待ち構えている方が幾らかましだ。」


エレーンも慌てて立ち上がる。

あーだこーだ言いながらも部屋を出て行こうとする二人を追いかけた。


「セシル姉様は此処に居て下さいね。扉の前に護衛は付けてありますから!」


セシルは小走りで部屋を出て行く妹に気をつけてと声を掛けて見送ったのだった。


「さっき自ら危険に飛び込む様な事はしないと、約束したばかりなのに……。」


エレーンは二人の一番後ろへ付き、小言を言う。言わずにはいられるものか。ロバートはくすくす笑いながら、ぷりぷり怒る少女を見下ろした。


「……ロバートさん、何が可笑しいんですか?」


笑われ、憮然としながらエレーンはロバートを睨む。


「いえいえ、エルさんもすっかり慣れてしまったのだなと思いまして。文句を言いながらも、止めないあたりが。」


エレーンは大きく溜め息をつく。そうだろうとも、自分でもどうしようもないと分かっているのだ。


「さすがにお二人が動き出したら、止めても無駄だと分かりましたから。」


アレクシスもにやりと悪戯に笑う。その様子を見て、エレーンは気を引き締めた。


「でも、本当に危ない時は、引きずってでも部屋にお戻り頂くので。」


はいはいと生返事が返って来て、エレーンはまた溜め息をついた。けれど、部屋で不安と戦うよりも遥かにましな気がした。父に知れたら大目玉かも知れないが、何処にいようともお守りする意思は変わらない。確かに、外へ出たら倍以上危険に晒されるのだが。


それにしても、ロバートは当初イスベル残留は反対だったのでは無かったのか?今こそ、王子殿下を奥へ奥へと隠そうとしても良い筈だ。


エレーンはちらりとロバートを伺う。すると、ロバートが不思議そうにエレーンを見返す。


「……ロバートさん、アレクシスを匿わなくて本当に良いんですか?あんなに反対していたのに。」


ロバートは口許を緩めた。


「適材適所と言うものが有りましてな。私はあの時、ああしなければならない立場だったんですよ。」


ロバートの返答に、あれは振りだったのかと脱力した。エレーンはあれから考えて、ルーカスが父に噛み付いた理由も何となくだが察していた。ロバートといい、ルーカスといい何処まで考えているのか分からない。しかも、大切な主人を危険に晒すと言うのに、振りまでしてイスベルに留まったとは。


「私はどうも坊に甘くて。」


笑いながら、アレクシスへ視線を移す。アレクシスはふんと相槌なのか分からない返答をした。


衛兵に部屋の護衛を任せ、三人は歩き出す。取り合えず、廊下の十字路で待機する事にした。城は相変わらず殺伐としている。まだ見ぬ敵がどこまで迫っているのだろう。エレーンは只々皆の無事を願った。





一方港では。


商船はすっかり炎に包まれてしまった。これは消火するよりも燃え尽きるのを待つ方が懸命だ。しかし、煙が酷い。風に飛ばされ留まる事は無いが、とにかく視界が悪いし目に染みる。


「早く雨降らないかしらねー?」


言いながらもイザベラは矢を放つ。

思っていたより敵は多く無かった。とは言っても、二百人は越えていたとは思うが。


敵は粗方片付いた筈だが、この視界の悪さでは取り零しも多かった。奥へ進めば、また第二、第三とイスベル兵が待ち構えているので心配はさほどしていないが。敵船には信用を置けるメンバーを送ったが、そろそろ増援を送るべきか。向こうはそろそろ逃亡する算段かも知れない。


それにしても、余り士気が高い相手では無かった様な気がする。勢いが良いのは最初だけで、後は防戦一方に見えた。

賊は上の立場にある者は縛り首が習わしだ。捕まれば命は無い。情状酌量も有るにはあるが、今回は火付けもしたため立場関係無く、全員が極刑になるだろう。そうしなくても、既に突入を図った時点で此方の反撃を受けて大抵命を落とす。それなら、抗うか命乞いをしても良いだろうに、それも無い。


「イザベラ様!此方を!!」


倒れた敵を調べていた兵士が叫ぶ。


イザベラは直ぐ様駆け寄った。もう息を引き取った敵兵は、服が破れて背中が見えている。 右肩辺りに何やら紋章が浮かんでいる。


「……これは……。」


肌には奴隷の焼き印が痛々しくも刻まれていた。予想外の相手に、イザベラは戸惑った。殆ど殲滅してしまったが、これでは大抵の者に襲撃の狙いを問うたとしても、答えは望めないだろう。首謀者が船に居れば良いのだが。







「もー!ルカ兄ちゃんサクサク進まないでよー!!」


敵船の中、三人は残党を相手取り暴れていた。

思っていたよりも多目に残っていたが、ルーカスは疲れも無いのかペースは変わらず次々倒して行く。しかし、こんなに人数がいると手間取っている間に敵の頭は逃げてしまうかも知れない。今の所小舟を降ろした音は聞こえないが、万が一この船を沖へと移動されても困る。船首は大破して、動くかは微妙だが。


舵を壊しておこうと下は二人に任せ、甲板の台へと上がろうとした時だった。ルーカスの顔目掛けて何かが飛んで来る。間一髪避けたが、直ぐにまた飛んで来る。仕方無く、剣で受ける。ぶつかった瞬間、じゃらじゃらと鎖が巻き付いた。


「!」


ぐいぐい引っ張られ、鎖の先にやっと相手の顔を確認する。憎々しげに睨み付ける女が、鎖を握りしめてルーカスと対峙する。


「まさかこんなに早く突入されるなんてね!」


女は鎖を力一杯引く。さすがに力負けはしないが、剣が持って行かれそうだ。此方も下手に力を入れたら、刃が折れるかも知れない。


「…思ったよりも計画は進まなかったー?残念だったね。」


ルーカスは軽口を叩きながらも鎖の先を握り、緩めながらも決して離さない様に慎重に引く。


均衡していた鎖だったが、不意に女が走り鎖が緩む。ルーカスは片手で鎖を引っ張り、直ぐに刃を抜いて後ずさる。つい今いた所、首辺りに鎌が通りすぎた。鎖鎌とは何とも渋い。と、関係ない事が頭を掠める。

女は台から飛び降りた勢いで直ぐに第二、第三と鎌を振る。すれすれで避けつつ、鎌を剣で弾く。外側へ弾かれ、女の前ががら空きになった。直ぐに体勢を低くして前に出る。そのまま拳を女の腹に打ち込む。呻き声を漏らし、女は後ずさった。


生かしたまま捉えたいと思っていたせいか、どうやら踏み込みが甘かったのか、蹴りの入りが浅かった様だ。勢いを止めない様に、更に一歩前に出る。が、直ぐに鎖が飛んで来て、後ずさる代わりに腕で受ける。強く引っ張られ腕が締め付けられた。


「……あんたの格好……イスベルの兵士じゃ無いね?!」


お互い引っ張りながら、じりじりと移動する。


「……だったら何?」


ルーカスの侮蔑の表情も気にせず、女は片方の口角を上げた。


「じゃあ、今お宝は城の中だね?」


何の話しだ。腕が更にきつく締まり、ルーカスは少しだけ顔をしかめる。


「奴の言った事は本当だったってこった!」


女は鎌をルーカス目掛けて投げつけ、自身も突っ込んで来る。直ぐに剣で叩き落とすが、次いで腹部に蹴りが来る。が、直ぐに跳んで避ける。腕に巻き付いた鎖を横へ勢い良く振る。女は振られて宙に浮いた鎌を掴んだが、ルーカスはそのまま勢い良く手前に引っ張る。

女が力負けしてバランスを崩し、前によろける所を顔面目掛けて下から蹴り飛ばした。踏ん張りが利かず、女が吹っ飛ぶ。壁に当たると、そのままずるずると崩れ落ちた。


鼻の骨が折れたのか、大量に出血している。しかし意識は有る様だ。


女の精神力の強さに驚きながらも、ゆっくり近付く。まだまだ聞かなければいけない事が多すぎる。早い所拘束しなければ。


が、突如女は一人笑い始めた。頭を打っておかしくなったのかと、女の笑い声に薄ら寒くなったが近付かなければ仕方無い。ルーカスが目の前まで行くと、不意に女が手を動かした。隠し武器かと慌てて距離を取ると、女の周りから火が上がった。隠していたマッチを擦ったのだ。


「!何をっ」


ルーカスは思わず叫んでいた。女は血塗れの顔で心底可笑しい様に笑った。


「……盗賊はどうせ縛り首だ。イスベルに痛手を与えられたらそれで良い。……門は開いたからな。」


元々油を撒いていたのだろう。女の周りから床や柱に一気に炎が走り抜ける。火の回りが早い。


二人が駆け寄って来る。撤退だ。口を割れなかった事が悔やまれる。リンがちらりと燃え盛る炎の中の女を確認した。そのまま外まで駆け抜ける。


渡し板を降りた所で、弓兵の二人が待っていた。撤退を伝え、一行は直ぐに門へと引き返す。門前はまだ殺伐としていたが、突入した敵兵はおおよそ鎮圧出来た様子で、門の横に夥しい死体が積み重なる。火事が収まり次第、南側の門は閉じるだろう。


リンはイザベラと合流し、敵船での経緯を報告する。女に見覚えが有ったのだ。


「……盗賊?」


イザベラは困惑しつつ、リンの話しを聞く。


「はい!あの女頭領はこの前の討伐対象に間違い無いです。あの時、仲間と共に逃げたのは分かっていましたが、まさか海賊に転職したなんて、俺びっくりです!」


リンの言葉にイザベラは少し考え、指示を出す。


「火が収まり次第門を閉ざす!再度、襲撃が有るかも知れない!怪我を負った者は運び出し、手が空いている者から順に巡回に当たれ!!」


直ぐにリンに向き合う。


「残党狩りに戻ろうと思っていたけれど、そうも行かないみたい。私は此処に残って更なる襲撃に備えるから、リンは報告をお願い。ロイもお願いね?後、ルーカス君を城へ送り届けてね。盗賊の残党が、この短期間にあれだけの兵力を持って報復に来れるとは思えない。別の何かが混じっているかも。あの人に宜しく伝えてね?」


リンは勢い良く頷いた。早速ロイとルーカスと城へ戻ろうと思ったが、辺りを見回しても当のルーカスが見当たらない。


「……ルカ兄ちゃんまた一人で行っちゃったの?!」




リンとロイの二人は城へ向かって駆け出した。

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