12話

三人はサイラスの執務室へと呼ばれた。中へ入ると、サイラスとエレーンが待っていた。緊急なので、皆立ちながらでの話し合いとなった。


「緊急故、このような雑多な所で申し訳無い。」


「いや、此方こそ時間を取らせて申し訳無い。それで、我々は如何にしていれば良いのだろうか?なにぶん、海賊との戦闘は初めて故、不得手なもので。」


アレクシスはサイラスに被せる様に答える。それを聞いたロバートが驚愕の表情をしている。サイラスも、予想外の突然の申し出に驚いていた。


「いえ、王子殿下を戦闘へと送り出す訳には参りませんので、今ならまだ相手は沖ですので時間も有ります。」


その話しの内容を予想し、アレクシスは苛立った。


「時間が有るから、何だと言うのだ。」


怒気を孕んだ態度を気にも留めず、サイラスは続ける。


「今の内に、エレーンと共にお逃げ頂きたい。夜に紛れて、見付かる事無く夜中には温泉町まで抜けるでしょう。」


予想通りの答えに、アレクシスは自分の表情が固くなるのが分かる。


「ウェリントン国王子が、ウェリントンの民を置いておめおめと逃げろと仰るのか!」


サイラスを睨む。が、直ぐに冷静になった。


「…すまない。公が悪い訳では無いのに。」


サイラスは大きく溜め息を付いた。アレクシスに向き直し、その目をじっと目を見つめる。


「殿下もお分かりの様に、今回お忍びで参られておるので、何か有りましたらマルシュベンの不義理が疑われます。何かしら国から嫌疑や報復が有りますれば、我等の民の気性故、国との戦いも視野に入れなければなりません。」


「サイラスどの、発言には注意なされませ、これではその用意が有ると疑われますぞ。」


ロバートを手で遮り、アレクシスはサイラスに向かい合う。


「エレーンの故郷だ。そんな事は用意している訳もない。今のでどれだけこの地を大切にしているのも分かったつもりだ。サイラスどの、忙しい貴殿の時間をこの様な話で割いていても仕方無い。結論から言えば、俺は敵前逃亡などしないし、怪我をする訳でも、ましてや死ぬつもりも微塵も無い。自分の身くらい自分で守れるしな。…今、俺の所につい先日の剣術大会で入賞した者が二人も居るのだ。それらを手放しで放ると仰るか。」


その強い眼差しに、サイラスは黙って見据えていた。が、ゆっくりと首を横に振った。


「…これは只の剣術大会ではございません。剣も有れば弓も、時には炎も降りかかるのです。万が一…という事が有るのです。ここは我等の地。我等が守るのは当然の事。ウェリントン国王子ならば、その生を王城で終わらすが宜しいのでは。」


その言葉に、サイラスが強い意志で応えたのが伺えた。それなら、更に強い意思で返さねばなるまい。アレクシスは拳に力を込めた。


「なんと言われようと、ここがウェリントン国である限り、この地も俺の大事な一部だ。仮に俺に何かあってたとして、……処理が面倒ならば、海にでも棄てて無かった事にすれば良い。知らぬ存ぜぬで通せば良い。王子は旅の途中で消息不明だとな。」


「坊、流石に言葉が過ぎますぞ。いい加減になさい!」


余りの発言の内容に、ロバートが声を荒げた。それに動じる事も無く、アレクシスは静かにロバートを見返す。その様子は、何時もの幼さが何処にも無い。


「じい。俺はこの国を見てこいと送り出されたんだ。今見ないで何を知るんだ?帰って危なかったなと王城で胸を撫で下ろすのか?その様な腐った王子、俺なら国に要らない。それこそ海にでも棄てろと言うな。」


ロバートは複雑な表情で急に大人びたアレクシスを見ていた。次いで黙っていたルーカスが口を開いた。


「殿下~、諦めて帰りましょう。屈強な戦闘の民マルシュベンが、こうも殿下一人を守れないと弱腰になられちゃあ、大丈夫なのも大丈夫じゃ無くなりますって。王都に帰って、マルシュベンは名ばかりかと話せば良いんですよー。」


ルーカスの言葉に、サイラスは一瞬驚愕した表情をする。が、ルーカスはそのまま無視して続けた。


「だって、そうでしょ?この堅牢な街の堅牢な城の奥まった所に居る、た~った一人を守れない、そう言ってるんですよね?あっ俺は超守りますからご心配無く。今回三位でしたけど、西の大会では二位取ってきましたから。あ、一位じゃないのかよ!って突っ込むの無しでね。まあ~、だから、こんな子供の命くらい自分が守りますから~。そんなに怯えないで下さい。」


サイラスは余りの無礼な発言にななななっと言葉にもならない。怒りからか徐々に顔が赤くなって行く。しかし、怒りを露わにしたのは別の人物だった。


「こんな子供って何だ!こんなって!!」


「殿下、突っ込む所はそこではありません……。他に有るでしょう、もっと他に…。」


最早収拾の付かない事態に、ロバートは辟易した様だ。さっきの大人びたアレクシスは幻と化し、遠い彼方へと消え去ってしまったのだ。彼の心中は複雑なのだろう。


ずっと静観していたエレーンだったが、この非常時に笑いが込み上げて、抑えられない。そのまま、重苦しい空気に割って入る。サイラスは愉しげな娘の様子に怪訝な顔した。


「エレーン、何が可笑しい?」


エレーンはそれでもにっこりと微笑んで、父を見つめる。


「父様…。…もう諦めましょう?」


予想だにしなかった娘の申し出に、サイラスは比べるべくも無く、今日一番に驚いた。何を言っているのだ、我が娘は、と。そう言葉にせずとも、エレーンには父の心境が手に取る様に伝わった。


ええ、そうでしょうとも。エレーンは内心独りごちた。


「何を言ってるのか分かっているのか?賊との戦いに参ったは無いのだぞ。この地で育って、良く分かっているのでは無かったか!!どんなに想定しても覆る時が有る。それを知っている者が知らぬ者に教えないでどうする!」


語気の強さにも、エレーンは怯む気は毛頭無い。だって、きっと誰も説得出来やしないのだ。そう、あんなに強い意思を宿した彼を。ならば、自分に出来る事は決まっている。


「こうなったらこの方達は何を言っても無駄なんです。知っても知らなくても同じ事をやってしまう。なら、置いて守って、父様はさっさと指揮を取りに向かわねば。ここで粘れば、朝になってしまいます。当主がここで悪戯に時を過ごす中、民に戦わせたままで何とします。そうなればマルシュベン切っての恥さらしです。」


サイラスは娘の言い分に開いた口が塞がらない。


「お前は殿下の身が心配では無いのか?」


問われたエレーンはゆっくりと首を振る。勿論、心配に決まっている。


「私は殿下のお陰で剣姫等と名も貰いましたが、元々私は殿下の剣に成るべく、問われた身。殿下の意志に添わずして、何が剣となりましょうか。」


「ならば、お前が殿下を守ると?」


矢継ぎ早に詰問される。だが、エレーンは既に覚悟を決めていた。あの宴での演説を聞いて、そう思わない剣士が居るだろうか。


「私がお守りして、それでも殿下の身にお怪我一つでも負わせましたら 、この身の髪の先から足の爪の先まで私の持てる全てをかけて責任を負いましょう。」



『『なんだって?!』』



場の男達は声には出さなかったが、一斉に驚いた。


「エレーン、それは…ちょっと……撤回しなさい。」


サイラスがいきなり弱腰になる。

父の変化に、エレーンは何故なのか不思議に思ったが、好機を逃すまいと説得に全力で当たる事にした。


「父様、これは私の剣士としての覚悟です。それを無視して、私の申請を聞かぬと仰るんですか?!」


サイラスはもう気が気じゃ無い様子。娘の言葉を最早聞いていない。


「分かった、分かったから。殿下の護衛もきちんと付ける。約束しよう。だから、お前が全て責任を取らんで良いから!!」


慌てる父を見て、更に謎が深まる。が、説得には成功した模様で、エレーンはほっと胸を撫で下ろした。


「……殿下、分かっておりますな?」


一方でサイラスはアレクシスを睨む。当人は一瞬ビクっと肩が反応したが、黙ってゆっくりと頷いた。


エレーンはそのやり取りに内心疑問が浮かんでいた。一体全体何の事だろうか。しかし、問う前に場はサイラスによってお開きとなってしまった。


「……では、これからどうするのか検討致しますので、一旦部屋へとお戻り願いたい。私も状況を判断しなければなりませんので。」



一行はサイラスの執務室を出て、充てがわれていた部屋へと戻った。ルーカスは移動中肩を震わせて何やら挙動不審だったが、着いた途端に大笑いし出した。


「あーっはっは……はー…エレーンちゃんマジ最高~!!痺れる!」


エレーンはなんの事かと首を傾げた。先程から、空気が微妙なのは分かっているものの、原因が分からないのだ。


「私、そんなに変な事をしました?」


聞いても、ルーカスは笑っているし、ロバートも苦笑いだ。アレクシスに至っては目すら合わせてくれない。父の様子も変だったが、一体何がそんなに可笑しいのか。


「あの…アレクシス…?」


イスベルに来て、あまり私情で話す事が無かったので、意を決して久々に名前を呼んでみる。が、返事が無い。見つめてもアレクシスはエレーンを頑なに見ようともしてくれない。


……そんなに失礼な事をしてしまったのだろうか?


エレーンは更に不安が募って来る。


「あの、ロバートさん…私、何か失礼な事をしましたか??」


ロバートは困り顔で首を振る。


「私からお伝えしても良いのやら…」


「じい!言わなくて良い、知らずに言ったんだろうから。無かった事にすれば良い!!」


エレーンは気になって気になって仕方無い。


「ルカ先輩……。」


チラっとルーカスを見るが、アレクシスとエレーンを見比べて、また爆笑する始末。


何も応えてくれない男三人に、エレーンの不安が一周回って怒りへと変貌して来た。


何なんだ。こちらが礼を欠いたのなら、そう言えば良いのに。


立ち上がり、アレクシスの前に立つ。それでも顔を背ける彼の顔を、両手でしっかりと挟んで、自分の顔へと向けさせた。それを見て、大人二人は驚いた。でも、今のエレーンはそんなのはお構い無しだった。


「こちらが尋ねているのに、顔を合わせず無視するとは、いくらアレクシスでも礼を欠くとは思わないの?」


アレクシスは大きな瞳をぱちくりと開けて、真っ直ぐ見つめている。青い瞳の中に、自分の顔が写り込む。ああ、やっぱり綺麗な瞳だな。と、何処か別の考えが頭に浮かんだ。エレーンが呑気にそんな事を思っていると、途端に手の中の顔がブワーっと真っ赤に赤くなる。一瞬で最早茹でタコ状態だ。


「えっ?えっ?」


何だか分からないが、顔を押さえているからか、熱が伝わり自分まで赤くなるのが分かる。勢いに任せたものの、よくよく考えてみれば、この体制なんだかとても恥ずかしい。この後どうすれば良いのか考えていなかった。


「………知りたいか。」


エレーンが内心慌てていると、アレクシスがぼそっと呟いた。


「えっ…は、はい…」


何かとてつもない結果になりそうな雰囲気に、一抹の不安が過り、返事に戸惑ってしまった。しかし、聞きたい意思は変わりない。


「……さっき言ったエレーンの剣士の誓いな……。」


思わずごくりと息を飲む。


「あれは、エレーンは俺に求婚宣言したんだよ!お父上の前で!!」


言いつつ、これ以上無い程アレクシスは真っ赤になった。



………アレクシスは今何と?エレーンは頭が真っ白になった。


いやいや、自分は剣士の心意気を宣言したので有って、何をどうしたらそんな事になるのか見当が付かない。


身動き一つ出来ずに固まっていると、アレクシスはエレーンの手から逃げつつ、そっぽを向いて続けた。


「…あれは、同性同士の主従関係なら命を賭けた誓いだが、異性同士だと責任持って結婚するって言ってる意味になるんだ……。…男女置き換えて考えて見ろ。騎士と女性で。」


「………。」


自分は何て言った?!傷を負ったら責任を負うと……確かに言った。


「えぇぇぇぇ?!」




エレーンの驚きの叫びが部屋に響いた。



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