第11話 討伐依頼

 真一はクリアリザードが目撃された森の入口に来ていた。大きな山の麓に当たる場所で、森は少し斜面になっていることがうかがえる。

 そこには小さな小屋が一軒建っており、中には三人ほどの人が居るようだ。恐らく冒険者ギルドに依頼をした木こりだろう。


 一応依頼主であるし挨拶をしておこうと真一は小屋の扉をコンコンと叩くと、中から身長二メートル程の大男がぬっと出てきた。


「おん? どうした坊主、迷子か?」

「いえ、冒険者ギルドからクリアリザードの討伐を依頼されました冒険者です。これから討伐に森に入りますのでご報告をと思いまして」

「あ? 坊主みたいなひょろっちいのがクリアリザードを倒すだって? 危ねぇぞ」

「ギルドから本依頼への適性を認められて受注しておりますのでご安心ください」

「ちっ! 冒険者ギルドも人手不足か。こんな子どもを怪我させるようなことしやがって! 坊主、悪いことはいわねぇから帰れ。ギルドには俺から減点しないように言付けしとくからよ」


 大男は、ガラの悪い顔で不器用に真一に笑いかけてそう言った。

 これは本当に心配してくれているだけの優しい人なんだなと真一は思ったが、言うことを聞いてのこのこ帰る気はさらさらなかった。


「ご心配いただき、ありがとうございます。では僕はそろそろ行きますね」

「おう、気ぃつけて帰れよ」


 帰るとは一言も言っていないんだけどな、と真一は思いつつ《隠密》を発動して森に入って行った。


 真一は《観察眼》を発動して魔物を探しながら森の中を歩いていく。

 クエストボードに討伐依頼があった魔狼が時々いたため、真一はついでに倒して牙を回収しておいた。

 一応毛皮も一応売れるのだが、皮剥に慣れていない真一が何匹も剥ごうとすると日が暮れてしまうため諦めた。


 そうして森の奥に進んでいくと、他の魔物より少し大きな魔力反応が《観察眼》に映った。

 《隠密》を発動したまま近づいていくと、なにもないように見える場所に魔力だけが浮遊していた。

 真一がその場所を集中して視ると、薄っすらとカメレオンのような姿が浮かんできた。

 こいつがクリアリザードだな。


 真一はクリアリザードにそっと近づき、おもむろに陽炎で喉を斬り裂いた。

 強力な火属性魔力を秘めたナイフ、陽炎は豆腐を斬るかの如く何の抵抗もなくクリアリザードの鱗を断ち斬った。


「グッ!? グギャアッ!! グギャァァァ……」


 クリアリザードは一瞬大きな鳴き声を上げて手足をバタバタとしたが、そのままビクンビクンと痙攣して力尽きた。

 討伐証明部位の舌を切り取るためには口を開けなきゃいけないのかと真一がげんなりしていると、周囲からいくつかの魔力反応が近づいて来ていた。

 《隠密》を発動したまま木の陰に隠れて様子をうかがうと、そこに現れたのは先程と同じくらいの体躯の個体が一体、小さめの個体が二体の計三体のクリアリザードであった。

 恐らく先程の鳴き声で仲間を呼んだのだろう。


 先程のは親だったのかもな……


 真一の心がチクリと痛んだ。

 しかしクリアリザードが残っていると、また木こりが犠牲になるかもしれない。

 真一は自らの頬を一度叩いて気合いを入れ、クリアリザードに近づいていった。


 大きな個体の喉を同じように斬り裂き、そのまま素早く小さな個体の脇を走り抜けながら同じように喉を斬り裂いて行く。


「呆気ない物だな……」


 戦いとも呼べないような一方的な暗殺を終え、真一はひとりごちる。

 ギャァァというクリアリザード達の断末魔は、しばらく真一の耳に残っていた。


 真一は討伐証明部位の舌を四つ切り取り、ついでに皮を一体分剥ぎ取った。

 クリアリザードは中々見つからない貴重な魔物で、その皮で作った防具は若干であるが視認阻害能力があるそうだ。


 いくら真一の《隠密》であっても、攻撃をしたり面と向かって戦う場合は認識されざるを得ない。

 そういう時にクリアリザードの防具を身に着けていれば、《隠密》による認識のズラしや視線誘導からの気配遮断もより効果的になるのではないかと真一は目論んでいた。



 真一がパンパンに膨らんだ革袋を背負って森から出ると、先程の大男と背の低い髭面の男が切り株に座って酒を飲んでいた。


「どうも、お疲れ様です」


 真一が一応挨拶すると、大男は少し驚きつつこちらを向いた。


「おっ!? おぉ、坊主か。今度はどうした――おい坊主、いま森から歩いて来なかったか?」

「はい、クリアリザードを討伐してきましたので。これからギルドに報告に行きますが、もう山に入っても大丈夫だと思いますよ」


 そういって真一は、中身が一杯になった革袋を少し持ち上げて見せた。

 それを見た大男と髭男は目を丸くした。


「な、なんだと!? 坊主がクリアリザードを倒したと!?」

「若いのに中々やるのぅ」

「冒険者ですから」


 そういうと大男は真一の肩をバンバンと叩き、大笑いした。


「がははは! すまねぇ、見た目で判断しちまった! お前は本当の男だ!」

「本当に助かったわい。もし家具を作る機会とかあれば言ってくれ! 最高の木材を提供してやるぞい!」

「ではその時はお願いします」


 真一はペコリと木こり達に頭を下げて、街へ帰っていった。



 カランカランと鈴を鳴らし、真一は冒険者ギルドの扉をくぐる。

 受付に向かい、やはりこちらに気が付かない受付嬢に声をかける。


「すいません」

「――ッ! お、おかえりなさいませ、シンイチ様」


 もう二回目で声を出さないほど順応するとは、流石プロである。


「クエストクリアしましたので、査定をお願いします。あと、ついでに狩ってきた魔狼のクエストもお願いします」

「……え? クエストキャンセルではなく?」


 受付嬢は呆けた顔で首を傾げた。

 真一もそれを見て同じように首を傾げた。


「? いえ? これが討伐証明部位素材です」


 真一は受付の横にある素材カウンターにクリアリザードの舌四本と魔狼の牙十五本を置いた。

 それを見た受付嬢は口をあんぐりと開け、素材と真一を交互に見る。


「え? えぇ!? こんなに早くクリアリザードを倒したんですか……!? しかも四体!? ついでに魔狼を十五匹も!?」

「あぁ、クリアリザードは子持ちだったようです。一体倒したら仲間を呼んで三体追加で出てきました」

「いやいやいやいや!? クリアリザード三体も来たら普通逃げますよね!?」

「いや、普通は倒すと思いますが」

「え!? ふ、普通……普通とは一体……」


 受付嬢が俯いてぶつぶつと何やら呟きはじめた。


「それで、査定は……」

「あ、あぁ、はい。かしこまりました、少々お待ち下さい……」


 受付嬢は何やら書類を持って奥の部屋に消えていき、暫くすると随所に赤く文字が書かれた書類を持って戻ってきた。


「ええと、今回のクリア条件のクリアリザード一体に加えて三体が追加されておりましたので、クリアリザードの舌三本分の買取報酬およびギルドポイントを追加加算いたしました。また魔狼討伐クエストについても問題なく条件が満たされておりますので、クリア報酬およびポイントを付与いたします」

「はい、ありがとうございます」


 真一が受付嬢からクリア報酬を受け取り立ち去ろうとしたところ、受付嬢に引き止められた。


「あの、もしよろしければ私を専属受付嬢に――」

「あぁ、申し訳ないです。明日にはこの街を出る予定でして……お気持ちだけいただきます、ありがとうございます」


 上目遣いで近づいてきた受付嬢を、真一はにべもなく断って早々に冒険者ギルドを後にした。

 真一が立ち去った冒険者ギルドでは、呆然と膝をつく受付嬢が他の受付嬢に慰められていた。

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