第7話 隠密と観察眼

 書物庫には様々な本があり、今の真一にとっては宝の山であった。

 真一はセリーヌから書物庫の使用許可証を貰ってはいたが、国王や宰相に報告が行くことや受付の兵士とのやりとりが面倒であるため、異能隠密で気配を消して忍び込んでいた。



 真一は、自身の気配を消す能力と魔力を視る能力を《異能》と判断し、それぞれ《隠密》と《観察眼》と名付けた。

 ちなみにセリーヌにはほとんどバレているが、基本的に他人には《観察眼》のみ申告して《隠密》は隠し通すことにした。

 騎士団長だろうが国王であろうが気配を消して近づいてブスリと出来てしまう《隠密》は危険すぎる《異能》だ。

 話したら警戒されるのは勿論、下手したら拘束されたり殺されたりする可能性すらある。



 真一は、書棚からこの世界の地理や他国の情報がわかるものを選んで読み進めていく。

 こちらの言語を読んだり話したりできることは不思議であったが、加護的な物なのだろうと深く考えないことにした。

 柚月達を探しに行くためには、地理や各国の文化、法律、治安などの情報はあるだけ良い。

 ちなみに本では得られない最新の情報等はセリーヌから聞いて補完しようと目論んでいた。


 真一が本を読み始めてしばらくしたところで、真一は部屋に誰かが入ってくる気配を感じた。

 きょろきょろしながら本棚と本棚の隙間をうろつき始めたのは、眩いばかりの魔力を放つ少女、セリーヌであった。

 何かを探しているのだろうか、そう思った真一はセリーヌに小声で話しかけた。


「セリーヌ」

「ぴゃいっ!!?」


 セリーヌが漫画のように跳ね上がり、若干涙目でこちらを恨みがましそうに見つめてきた。


「シンイチ、驚かさないでください!」

「いや……最初からここにいたんですけどね……」

「あ、そうでしたの……失礼しましたわ」


 セリーヌはおほほと口元に手を当てて目を逸らした。

 実際は真一が《隠密》を発動していたから見つけられるはずはなかったのだが、真一は知らぬふりを通す。


「セリーヌも読書に来たんですか?」

「え、えーっと、私は……そう、読書に来たんですの! シンイチこそ、皆さん魔術の訓練をされているのに一人で読書ですか?」

「あー……僕には必要ないので……」


 今度は真一がそっと目を逸らした


「必要ないとはどういうことですの? シンイチの世界には魔術はなかったのですよね?」

「必要ないというか……使えないというか……」

「使えない?」

「……無属性だから」

「え?」

「僕は無属性だから、魔術を使えないんですよ」

「無属性……私、無属性の方を初めて見ました……き、希少価値ですわね!」


 セリーヌが悲しげな顔で真一を慰める。

 真一は苦虫を噛み潰したような表情で目頭を押さえた。


「セリーヌ、無理しないで……」

「で、でもシンイチには《異能》があるから! 魔力低い人なんかはほとんど戦闘では使わなかったりするし、魔術が使えなくても大丈夫だと思います!」

「そうですね。ありがとうセリーヌ」


 この悲しき話題はもうやめようと、真一は話題を逸した。


 セリーヌと雑談したりこの世界の情報を聞いたりしているうちに、いつの間にか外が暗くなりはじめていた。


「もうこんな時間ですか。そういえばセリーヌ、読書をしに来たのに僕の話に時間を割いてしまってすいませんでした」

「いいんですの! 私の目的は果たせましたし!」

「目的?」

「い、いえ、こちらの話ですわ! そろそろ食事の時間ですし、行きましょうか。またお話しましょう」

「はい、また」


 真一と分かれ、自室に戻るセリーヌの頬は少し緩んでいた。



 真一達が異世界に召喚されてから約一ヶ月が経過した。

 真一は昼間は騎士団による訓練、夜は書物庫で情報収集かセリーヌとの雑談、もしくは翔と一緒に模擬戦をするというような日々を過ごしていた。


 異世界人であっても成長率に補正がかかっている訳ではないようで、真一達は地道な訓練を重ねていた。


――カンッ! カカンッ!


 木刀と木刀のぶつかり合う乾いた音が訓練場に響く。

 魔術が使えない真一にはせめてが近接戦闘をきっちり教えてあげたいと騎士団長であるヴェインが提案し、真一の訓練はヴェインが受け持っていた。


 真一は果敢にヴェインに斬り掛かるが、全て綺麗に受けられていた。


 真一が緩急をつけて先程よりも深く踏み込み、ヴェインの木刀を強く打ち付ける。

 木刀から発せられたミシリという鈍い音にヴェインは軽く目を見張ったが、即座に真一の木刀の持ち手を蹴り上げ続けて胴にも蹴りを叩き込んだ。


 左手を挟んでいたとは言え強力なヴェインの蹴りを受け、真一が膝をついた。


「ハァ……ハァ……これでも駄目か……」

「うん、今のは中々良かったぞ。それにしても真一、木刀の欠けている部分に良く当てたな。狙ってやったのだろう?」

「……はい。欠けているところを狙えば折れたりするかなと思ったんです。逆に気が緩んでその隙を突かれてしまいましたが……」


 ヴェインの持つ木刀は、真一が打ち込んだ箇所に大きな罅が入っていた。


 この木刀の弱点の見極めは、《観察眼》によるものであった。

 真一の《観察眼》は魔力が見えるだけかと思いきや、物や人の弱点や弱っている箇所が見えるという能力も備えていた。

 真一はヴェインの木刀の弱点を視て、そこに攻撃を打ち込んだのだ。

 本当は最初から弱点を狙っていたのだが筋力や技術が不足しているため中々当てられず、ようやく当てても木刀を砕くまでには至らなかった。


 真一はやはり基礎能力が圧倒的に不足していると、自らの現状を考察する。

 ヴェインの扱きのお陰で徐々にレベルアップしているはずだと信じたいが、ヴェインとの実力は隔絶されすぎていて未だに一本も入れられていなかった。



 夕食を終えて部屋に戻ろうとした真一であったが、キョロキョロと何かを探している翔が目に入った。

 真一は心当たりがあり、そっと翔に話しかける。


「翔」

「うおぁっ! あぁアサシン、探してたんだ」


 ずっと近くにいたんだけどなと真一は思ったが、いつもの事なので特に突っ込まないで先を促す。


「またちっと相手してくれよ」

「あぁ、構わないぞ」


 腐った女子が聞いたら勘違いしそうな会話であるが、そういうことではない。


 二人はそっと庭に出て、戦い始めた。模擬戦である。

 武器を持ち出すことは禁じられているため肉弾戦だ。


 翔が蹴りを放つ。翔の異能豪脚が力を発揮し、風を切り轟音を立てながら真一に襲いかかる。

 真一は《隠密》で、ゆらりとそれを回避した。

 そのまま翔の側面に回り込み、昼間の訓練で痣になっていた脇腹に掌底を入れる。


「グハッ!?」


 翔が衝撃に息を吐き出しつつ飛び退く。

 《豪脚》により高められた脚力は回避にも発揮され、常人の三倍以上の距離をバックステップで移動していた。


「いっつつ……いつの間にか避けられて当てられたくないとこに攻撃してくんだもんなぁ……これならどうだっ!」


 翔はまたもや《豪脚》で地を一蹴りして、一気に真一との距離を詰める。

 咄嗟に横に飛び退いた真一に向かって翔はスライディングタックルをかます。


 驚愕を顔に浮かべた真一はジャンプしてそれを躱したが、空中で動けない真一の足を翔が掴み地面に引き倒した。

 やった! と喜色で染まった翔の顔面に、真一が土を掴んでぶちまけた。

 目に土が入ってしまった翔は、またもやバックステップで距離を取りつつ涙が浮かぶ目を擦った。


「おま! それは卑怯――」


 抗議の声を上げた翔の視界から《隠密》を発動した真一の姿が消えており、それに気づいた瞬間には翔は脚を掬われて地面に倒れていた。


「うぐっ!?」


 翔が目を開けると、真一が倒れた翔の鳩尾に膝を置き首に手を添えていた。


「チェックメイト」

「土は酷くね!? それに何カッコつけてんだよアサシン?」

「……言ってみたかっただけだ」


 真一は若干顔を赤らめつつ、手を掴んで翔を立たせた。


「次は容赦しないぜ?」

「お手柔らかに」


 翔は、身体能力では真一に勝っていると思っていた。

 しかし何故か攻撃が当たらなかったり、いつの間にか回り込まれたりして、勝ち負けはイーブンである。

 そんな自分とは異なる性質の対等な力を持った真一との模擬戦は、昼間の兵士達との訓練を実戦に落とし込む良い鍛錬となっていた。


 そしてそれは、真一にとっても同じであった。

 真一は、翔との模擬戦を自身が持つ異能隠密の実戦運用の実験として考えていた。

 《隠密》の認識阻害能力は、近接戦闘にも活用できるものであった。

 騎士団長が相手であるとすぐに《隠密》に気づかれそうであるため、戦闘勘が薄い翔との模擬戦は《隠密》の実験に最適なのであった。

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