一章 再開には右ストレートがつきものらしい。

木々の間から、優しさがこぼれ落ちているようだった。

結城竣は木漏こもれ日に目を細めながら、桜並木を眺めていた。満開の桜が、道の両側を埋め尽くすように立ち並び、散った花びらがピンクの絨毯じゅうたんを作っている。それは、郊外の街並みをあざやかにいろどっているようだった。

こんな近くに桜並木があったなんてなあ、と竣は思った。


竣がいた東京湾近郊の町は激戦により焦土しようどと化し、桜どころか安易航空基地以外ない。そこから少ししか離れていないはずのこの街は、そんな事を全く感じさせない長閑のどかな雰囲気に包まれていた。そこからは、水面下で敵の侵略しんりゃくを食い止めている航空隊の、活躍がおのずとわかる。


眼前で桜の花びらが一陣の風に舞う。

「……キレイだな」

つぶやくと、彼は自分が迷子になっている事をすっかり忘れて、天然の絨毯の上を歩き出した。


竣は、最寄もよりり駅から徒歩三十分ともかからない目的地に、二時間かけても辿たどり着ことができず、同じ場所をぐるぐると回り続けたに、ここに出たのだが、目的地を探していたことをすっかり忘れて桜に見入っている。


そんな彼に抗議こうぎの声を上げるかのように、不意にジャケットの胸ポケットで電子音が鳴り響いた。

竣はやや驚いて、ポケットからスマホを取り出す。ディスプレイ見て首をひねった。

知らない番号だった––––いや、正確に言えば、覚えている電話番号などない。彼はひどく機械音痴なのだ。

出るのに四苦八苦しながら、やっとの思いで、電話をとった。

「もしも––––」


『おにーさん、おっそい!!』


「––––うわあ」

スピーカーから聞こえたとんでもない大声に、思わず耳からスマホを遠ざける。

しばらく耳を押さえて悶絶もんぜつした。

耳のダメージが抜けたところで、電話に出直す。今度は、耳から少し離した。

『もしもしおにーさん?あれ……もしもーし、ねえ聞いてるの?』

「ああ、聞いてるよ。彩乃あやのか」

『そうだよ、もう。ずっと待ってるんだからね』


彼女の声は相変わらず大きい。電話の向こうに声が聞こえているのか心配なのだろう、機械音痴は遺伝するのかもしれないとさとった。

彼女は、結城彩乃。竣の一つ下の妹だ。今年で16になる。


「ごめんごめん」

『それで、いつ着くの?』

「……わからない」

『わかんないってどういうこと?」

「それが途中で道に迷って、自分がどこにいるのかわからないんだ」

さっきまで道に迷っていたことすら忘れていたとは、到底とうてい言えない。


『もー、全くおにーさんはなにも変わってないんだから』

短い溜息がスピーカーかられ聞こえた。

「うぐっ、本当にごめん」

ダメージカウント1。

「彩乃は変わったな」

『当たり前でしょ、四年も経ってるんだから。むしろ変わってない方が

「うっ、」

改心の一撃。竣のHITPOINTは、レットゾーンの突入した。なんともうだつの上がらないおにーさんである。


『それより、おにーさん。いまどこに––––周囲に何が見える?』

竣は辺りを見回して、

「桜並木」

陳腐ちんぷながら、それしか目印になるようなものはなかった。

『なんだ、すぐそこじゃない』

どうやらそれだけで、彼女にはわかったらしい。

ここはそれだけ有名なところなのかもしれない。


『ねえ、歩いてて公園みなかった?』

「いや、公園なんてなかったぞ」

『じゃあ––––そのまま真っ直ぐ、桜並木の下を歩いて行ってみて』

「わかった」

電話をつないだまま、言われた通りしばらく先に進んでいく。

すると、右手に公園が見えてくる。

「あ、あったぞ」


入り口に着くと、わきに看板が出ていて、名前が記してあった。

「……なみき……並木公園?」

『そうそこ、その公園で待って、私が迎え《むか》に行くから。それまでそこから動かないでね。また、迷子になるといけないから』

竣は子供じゃないんだぞ、そう言ってやりたかったが、図星だったので返す言葉がなかった。そしてなにより、もう電話は切れていた。

スマホをポケットの戻しながら、嵐のような妹だな、と竣は思った。


園内に入ると、ベンチを除いて遊具が何一つなかった。そういうおもむきの公園なのだろう、代わりに一面に天然芝が生えていて、楕円形だえんけいの公園を囲むように、桜が行儀ぎょうぎよく並んでいた。


この公園の名前は、園内と外の桜並木からきているのかもしれない。

竣はそう当たりをつけながら、ベンチに腰を下ろした。

足元を、まるまると太った明らかに栄養過多えいようかたはとが、首を振りながら闊歩かっぽして行く。

ふと、この鳩が空を飛ぶ姿が見たくなって、ぼんやりと視線で追う。その先の光景を見て、思わず眼をひんかせた。













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